経営者の徹底したコミットメントが
「人」による差別化につながる

 今回、ネットフリックスと対比をさせる日本企業を考えたときに、ほかにもいくつか浮かんだ。たとえば、前述の伊那食品工業、あるいは京セラ[注11]もそうである。

 個人の能力を最大限発揮させ、生きがいを持って働くためことは「全員が経営者になることだ」と考え導入した「すべての計数、会計的な数字をクリアで、正確にする」京セラのアメーバ経営の基本には、「フェアであると同時に勇気があって、卑怯なふるまいをしない人をリーダーに据える」必要がある。

 また当然、社是「敬天愛人」の中心には「公明正大」がある。「いかに日本的といわれようが、ひざを突き合わせての談論風発に勝るコミュニケーションはない」との信念に基づいたコンパも有名だ。

「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」で創業者の江副浩正氏の言葉有名なリクルートもそうである。リクルートは、新人が「どうしたらいいですか?」という質問に対して、「あなたはどうすればいいと思う?」と返す風土を通じて、個人の自主性を育むことで成長してきた。

 リクルートホールディングスの峰岸真澄CEOは、「結果を出さないとやりたいことができない風土・文化です。自由と責任を両立できない者に、自由はない。個を尊重する風土・文化は言うほど甘いものではありません」と述べている[注12]。創業から10年ほどの間に最も時間を割いたのは、辞表を提出した一人ひとりとの面談だったという江副氏の言葉も意味深い[注13]

 ここで注意しなくてはいけないのは、これら企業に共通するキーワードである「自主性」「当事者意識」「情報共有」などは、業績が悪い会社、ブラックといわれるような組織のトップも頻繁に言及していることだ。

 東芝の悪名高き「チャレンジ」も、シリコンバレーでよく言われる「5%のアップでは改善で満足してしまうが、20%アップを目指すとイノベーティブな考えが生まれる」と同じ意味だといえなくはない。アイリスオーヤマの「なるほど家電」は、1990年代から2010年くらいまでに使われていた「目のつけどころがシャープでしょ」の2番煎じという人もいるであろう。

 また、日本企業の成長を阻害する要因として指摘されることの多い年功序列にしても、伊那食品では社員が安心して仕事に取り組める環境づくりにつながっている。アイリスオーヤマが改良を続けながら長年運用し、近年は多くの日本企業が採用を始めているといわれる「360度評価」は、サイボウズではうまく機能しないと判断されて「市場評価」に軍配が上がった。

 ネットフリックスの報酬は市場評価の上限を原則とするのに対し、アマゾンは下限であり、アマゾンに買収されたザッポスでは「当社のような素晴らしい文化の会社で働けるのだから、報酬は市場評価よりも低くてよい」と考えている。

 そうした点を大胆に簡略化してまとめたのが、下図である。

「人」の能力発揮を最重視する 

 本稿で取り上げたネットフリックス、アイリスオーヤマ、サイボウズの3社だけでなく、多くの企業が持続的な成長を目指して「人」の能力発揮を最重要課題としている。そして、そこには唯一の決まった手法や答えがあるわけではない。

 ただ、その成否を分けるものを探っていくと徹底したコミットメント、すなわちサイボウズの青野社長がどん底で気づいた「真剣」、「私は、アイリスオーヤマという会社に惚れています。だから、もっといい会社にしてやりたい」という大山健太郎会長の思いに相通じるものがある。最重要以外の余分なことは考えない、不満や非難を恐れてマイルドにしたり、保険を掛けたりしないといったほうがいいかもしれない[注14]

 ネットフリックスのヘイスティングスは、コミットメントを表に出すタイプではないが、共同創業者のランドルフからすら「共感力がない」といわれるほど[注15]徹底した合理主義を貫く。

“We want to entertain the world(世界中を楽しませる会社になる)”という目的のために、さまざまな危惧や批判を恐れず合理性へと徹底的に振り切ったのが、ヘイスティングス下のネットフリックスのように見える[注16]。トップのコミットメントは当然であり、差別化の必要条件でしかない。徹底した実行こそが必要十分条件なのである。

 徹底したコミットメントを測るうえでは、3つの基準があると筆者は考えている。1つは、企業理念や目的から外れる行動に対してどれだけ厳しく対処できるかである。それが「自由と責任」の徹底度を示す。

 ネットフリックスの苛烈さは、すでに述べた通りである。短気のベゾスは通常、怒る前に「5分待ってくれ」といって怒りを鎮めるのを常としているが、顧客サービスに関するミスには適用されない。サイボウズの「アホはええけど、ウソはあかん」もそうだろう。「これくらい大丈夫だ」とトップが思った瞬間に、組織全体の弛緩が始まる。「オフィスに落ちているごみを拾うかどうか」も含めて、割れ窓理論[注17]が示す通りである。

 2つ目は、リスクや反対意見があっても貫くことができるかどうかだ。誰かが賛成したからやる、反対したからやらないのでは経営者の価値はなく、失敗したら他人のせいにできる状況でコミットメントが生まれることはない。顧客の声を聞かなかったネットフリックス、株式市場の声を聞かなかったアマゾンとサイボウズ、非効率な会議をし続けるアイリスはそれを実行した。

 もちろん、人の意見を聞く必要はないということではないし、好き勝手をしていいということでもない。それが3つ目である。1つ目と重なるが、そのコミットメントが企業理念、目的と整合性があるどうかだ。

 人材育成に関しては多くの企業が問題意識を持っており、その方法論がメディアでよく取り上げられる。しかし、そうした「経営人材の育成」特集のほとんどは、制度面の一部を取り上げるだけで、文化、情報共有、ルールのあり方、そして、そもそもの企業の価値などにまったくと言っていいほど触れていない。

「ベストプラクティスを取り入れる」ことはよい。しかし、現実には「入れやすいところを入れる」、つまり「何がしか流行のものを取り入れる」ことが大事で、それが目的になっているケースが多い(第1回冒頭引用を参照)。

 有名な富士通の例では、「成果主義」の根幹を成すはずの「目標シート」は無視され、フィードバックはなく、しかも「一般従業員は厳しく管理、管理職は野放し」だったという。誰が考えてもうまくいくはずがないことを、人事部は多大な労力と資金をかけて取り組んだ。ルールや制度に頼ることが全体像を見失わせるいかに愚かなことかを、再認識させてくれもする。