失敗を認めることと
方向を変えることは違う

 ネットフリックスは新たな市場を創造するために投資を続け、資源が限られる中で構築した強みを武器に戦ってきたが、冒頭でも述べた通り、彼らは成功し続けてきたわけではない。 

 たとえば、2011年のストリーミングとDVDレンタルの分離・別料金化、それによる実質料金値上げは明らかな「失敗」であった。実際、その影響で顧客が大量離反し、株価は一時、発表前の5分の1近くまで暴落した。ヘイスティングスは顧客に謝罪し、クイックスターによる別会社案を撤回している(前回参照)。

 通常、こうした大きな失敗や危機に直面すると、組織は脅威硬直(Threat-rigidity)、すなわち縮こまって原点回帰し、投資を切り詰めることが、多くの研究で明らかになっている[注6]。好調時は「第二の柱が必要」「イノベーションが今後の中心」などと新規事業や多角化に積極的に出るが、業績が芳しくなくなると前言撤回し、手のひらを返したように多角化部門を縮小、売却しコスト削減を声高に叫ぶのは、その典型例である。

 しかし、ヘイスティングスはそれでも投資の手を緩めなかった。技術進化を踏まえたときにストリーミングが主流になるのは、音楽業界でレコードがCDになったように明白であり、そうした技術進化に乗り遅れたAOLやマイスペース(Myspace)のようにならないための分離策であった[注7]。また、DVDの現物を持たないことは、在庫管理や物流面でも収益性が高い。

 ネットフリックスが顧客の反応を読み違えたことは間違いない。だが、「多くの企業は顧客の声を聞きすぎて失敗する」[注8]という、クリステンセン教授の教訓をしっかり守った結果ともいえる。

 顧客は神様であるが、よい技術があるからといってすぐ飛びつくのは一部でしかない。企業であっても消費者であっても、顧客は「慣れたやり方」にこだわるため、技術力で勝る大企業が顧客をあまり持たない新興企業に敗れることが「イノベーターのジレンマ」の本質である。

 ヘイスティングスの凄味は、顧客の声、そして株主の声に右往左往しなかったことではなく、最初の失敗後もそのスタンスを変えなかったことにある。現実にはその反対の例が多いのは、顧客や株主の声を聞いて失敗しても「言い訳が成り立つ」と、経営者がどこかで思っているからではないか。

 なお、クリステンセン教授は「存在しない市場は分析できない。新しい市場がどの程度の規模になるかについて専門家の予測は必ず外れる」とも指摘している。「市場の大きさ」を新規事業参入の第一条件に挙げていることが多い大企業にとって、これは耳の痛い指摘であり、ネットフリックスの成功は、そうした手あかのついた考え方への警鐘ともとれる。

 利潤とは、不確実性に挑んだ起業家への対価である。失敗することは避けられないが、「失敗しないこと」ではなく「失敗への対応」が長い目で見た成否を分ける。

経営者は赤字に耐えて
投資を続ける覚悟を持てるか

 ネットフリックスが黒字を計上したのは、創業から10年目の2006年だった。ちなみに、アマゾンの創業は1994年で最初の年間黒字計上は2003年なので、同じく10年目である。当時よく「Amazon.com ではなくAmazon.orgに改名しろ(.orgは非営利団体につく)」とからかわれていた。

 ネットフリックスの投資の姿勢は、2011年の大失敗のあとも維持された。ストリーミングの世界で圧倒的な地位を築く基盤を、この時期に確立したといっても過言でない。

 実は、1999年から2000年にかけてのアマゾンにおいても、ベゾスのあまりの投資、赤字を顧みない姿勢に対して、CEOから下ろそうという話も取締役会であったという[注9]。シリコンバレーでは当時、「跳んだり跳ねたりする創業者を、ちゃんとした大人が監督したほうがいい」という風潮があったためである。短期の収益性を確保するために投資を絞っていれば、いまのアマゾンがあったかどうかわからない。

 ブロックバスターがネットフリックスに勝てなかった理由としてレガシーコスト、すなわち過去の勝ちパターンの中心だった店舗が逆に負債になってしまったことが挙げられる。ギースの経営感覚の欠如は論外だとしても、日本企業も、経営者は過去の主流部門から選ばれていることが多く、自己否定できずに取り残されていくことが少なくない。

 ただし、もう一つの重要な要素を忘れてはならない。それが投資の姿勢である。ブロックバスターもトータルアクセスでネットフリックスを潰しかけていた。だが、「黒字慣れ」していたブロックバスター、およびその株主は、ネットフリックスほど投資に腹をくくることができなかった。赤字を気にして、投資の手を緩めてしまったのである。

 ネットフリックスやアマゾンを含めたスタートアップと、ブロックバスターに代表される大企業の投資を比べると、前者が生きるか死ぬか、つまり「生き残りをかけて」投資に臨むのに対し、後者は赤字と黒字を気にしながら「生きながらえる」ことを前提に投資に臨むことが多いように思われる。

 投資過剰で破産するスタートアップも多い。VC出資をリスクマネーと呼ぶ所以だ。しかし、企業規模にかかわらず、投資しなければ確実に死を迎えることになる。

【注】
1)グノシー創業者の福島良則氏も同じことを話していた(https://shimizu-lab.jp/news/3063.html)。
2)たとえば、拙著『戦略の原点』(日経BP社)114~117頁を参照されたい。なお、関連するスイッチングコストに関しては67~74頁を参照。
3)ネットフリックスは一時期、ヘビーユーザーの郵送を遅らせるような仕組みを取り入れたが、これが明るみになって非難を浴び、謝罪に追い込まれている。
4)マーク・ランドルフ『不可能を可能にせよ! NETFLIX 成功の流儀』(サンマーク出版、2020年)を参照。
5)拙著『戦略の原点』65~66頁を参照。
6)Staw, B.M., Sandelands, L.E., & Dutton, J.E. 1981. Threat-rigidity effects in organizational behavior: A multilevel analysis, Administrative Science Quarterly, 26: 501-524. Shimizu, K. 2007. Prospect theory, behavioral theory, and threat-rigidity thesis: Combinative effects on organizational divestiture decisions of a formerly acquired unit, Academy of Management Journal, 50: 1495-1514.
7)Business Week, 2011 September 26-October 2.
8)クレイトン・クリステンセン『イノベーションのジレンマ』(2001年、翔泳社)を参照。
9)Brad Stone, The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon, Little, Brown & Company, 2013.(邦訳『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』日経BP、2014年)を参照。