1番手戦略を徹底して
新たな市場を創造する

 業界1番手として市場を創造することは、規模の拡大、ブランドの確立、そして顧客・ビジネスの知見の蓄積が競争優位の源泉になる[注2]。ネットフリックスによるオンラインDVDレンタルは、まさにその典型例といってよい。

 ただし、1番手には当然ながらリスクが伴う。最大のリスクは、そもそも市場が存在するかどうかだ。たとえば、ブロックバスターがネットフリックスを買収しなかったのは、その市場性に懐疑的だったからである。

 もう1つのリスクは、たとえ最初は成功できたとしても、大手が参入したときに生き残れるかどうかである。1番手が2番手に駆逐された例は、インターネットブラウザでエクスプローラーに駆逐されたネットスケープなど、枚挙にいとまがない。

 ネットフリックスが生き残る可能性について、株式市場は悲観的だった。2004年と2005年、ネットフリックスに対してショート(空売り)が多かったのは、ブロックバスターはもちろん、アマゾンやウォルマートの参入で簡単にひっくり返されてしまうだろうと思われていたからである。

 このように、1番手戦略を採用するリスクはある。しかし、そもそも市場を創造しないことには、スタートアップであることの意味はない。ネットフリックスはそのために、なりふり構わず投資を続けた。

 ネットフリックスの市場を創造する1番手戦略の特徴として、主に次の3つの点が挙げられる。

(1)「やめやすくする」ことで顧客獲得を加速する

 最近の日本のペイシステムもそうだが、新しい市場を切り開くのに手っ取り早いのは「低価格」や「おまけ(ポイント還元など)」である。たとえば、2000年頃の米国では、マイクロソフト(MSN)とAOLが、インターネット契約者の獲得で「月25ドルの契約で、400~500ドルの商品券を進呈」という超大盤振る舞いの競争をしていた。

 しかし、そうした低価格やおまけにつられて加入した顧客がさっさとやめてしまえば元も子もない。企業は顧客の囲い込み、つまりスイッチングコストを上げることで顧客との取引期間を長期化し、初期の投資を回収しようとする。携帯電話が初期費用無料、契約期間を2年に設定して途中解約にペナルティを課すような例である。

 当時、MSNもAOLもキャンセルの方法が非常に複雑で、退会しにくいことで有名だった。キャンセルしようにもどうしていいかわからず、やっと電話番号を見つけても何十分も待たされる状態であった。

 その中で、「キャンセルが簡単」というネットフリックスの取り組みは画期的であった。ネットフリックス は「おまけ」を提供する代わりに、キャンセルを簡単にすることで、顧客が加入する際の心理的ハードルを下げたのである。

 多くの企業は市場を創造する前に離反を恐れて、そこまで振り切れない。他社との価格競争になる前に、どれだけ顧客を獲得できるかが最重要であるにもかかわらず、である。顧客が獲得できなければ、そもそもサービスとして成り立たないことを忘れているのではないか。

 離反のリスクを取って顧客獲得を優先することには、さらなるメリットがある。顧客が獲得できれば、離反理由を含めて少なくともそのニーズがわかり、競合に先んじたサービス強化ができる。ネットフリックは弱小1番手が生き残る唯一の方策を実行した。

(2)コストがかさんでも顧客サービスレベルを上げる

 ネットフリックスが定額制で設計したオンラインDVDレンタルの仕組みでは、返却すると自動的に次のDVDが送られてくる。DVD自体は固定費だとしても、顧客がたくさん借りるほどDVDを郵送しなくてはならず、そのために郵送費も人手もかかり、必然的に利益を圧迫する[注3]

 DVDを早く届けられることは顧客満足度に直結する。そのためネットフリックスは、配送センターを次々と立ち上げた。そのコストがかさむだけでなく、顧客のレンタル頻度も上がるため、ますますコストが上昇していった。

 ネットフリックスがこうしたコストをすべて「投資」と捉え、徹底的に振り切ったところに、市場を開拓できた要因であると筆者は考えている(アマゾンにも同様の投資姿勢が見られる)。

 多くの企業、特に大企業の新規事業では、先回りして収益性について考える結果、閾値に達する投資ができず、小さくまとまって競争優位を確立できないことが散見される。ネットフリックスの場合、キャンセルが簡単である顧客インタフェースと相まって、ロイヤルティの高い顧客ベースをつくり上げることができた。

(3)シンプルでわかりやすいモデルを採用する

 ネットフリックスは定額制の仕組みである。そこには収益構造を含めてさまざまな理由があっただろうが、市場開拓では「シンプル」「わかりやすい」ことが重要である点を改めて教えられる。

 同じようなことは、別の業界でもある。インターネットの初期、AOLがダイアルアップで米国でのシェアを圧倒的に伸ばしたのは、1996年末に従量制から定額制(flat rate)に変えてからである。

 一見、ヘビーユーザーのただ乗りを許すように見えるが、契約数が爆発的に増え、それを補って余りある売上げを獲得できた。この場合、課金間違い、あるいは計量のための種々のコストも大幅に削減されたといわれている。

資源が限られていたからこそ
自社の強みに集中できた

 ネットフリックスが急成長できた理由は、1番手戦略を徹底したことだけではない。スタートアップで資源が限られていたために、苦し紛れに取り組まざるをえなかった2つの点が、のちの強みになっている。

 これはネットフリックスに限ったことではない。世界中のビジネススクールで教えられるトヨタの系列システムも、トヨタが部品のすべてを内製できるだけの資金力がなかったことから始まっている。資源が十分ではないことは、自社の強みを引き出すチャンスにもなる。

(1)旧作を使うことで、アルゴリズムの進化と差別化を実現

 ネットフリックスはブロックバスターのように資金が豊富ではなく、大規模な投資はできない状態だった。そのため、コストが安く、年々蓄積される「旧作」の回転率を上げるべく、「映画評価・推薦システム(CineMatch)」を開発せざるをえなかった。このシステムが、その後の成長につながっている。

 ネットフリックスは、このシステムが機能することがわかると投資を大幅に強化した。たとえば2006年、2011年までにこのアルゴリズムの精度を10%以上向上させたチームに賞金100万ドルを支払うコンテストを開催し、大きな注目を浴びている。

 2000年代後半には、契約者のキュー(予約リスト)の70%がCineMatchに推薦された旧作タイトルになった。このことはタイトル数、会員数が大幅に増えたのちも、新作に依存しない強固な財務体質のベースになっている。

(2)リストラによる筋肉質の人員体制・組織づくり

 ネットフリックスはIPOを目指した2001年9月、社員3分の1のレイオフ(一時解雇)を敢行している。3分の2の人員で2倍の仕事をこなさなくてはならなかったにもかかわらず、「みんな前よりハッピーになった」という(人事・組織面は次回詳述)。

 ランドルフは、次のように書いている。「スタッフをふるいにかけたおかげで会社はスリム化し、集中力が増した。(中略)残った社員はスーパースターぞろいだ。スーパースターばかりで仕事をするのだから、仕事の質が極めて高くなるのは当然だ」[注4]

 競合を利用する

 以上の2つの点に着目すると、ネットフリックスは競争に「助けられた」ともいえるだろう。単にブロックバスターが自滅的なミスをしたという運に恵まれただけではなく、他社と競争すること自体が彼らに成長をもたらしたのだ。

 新しい市場は(有名な)競争相手の参入で刺激され、拡大する。DVDレンタルサービスではウォルマートの参入があったし、ストリーミングに関してもアマゾンやフールーの参入が刺激となり、市場のパイ全体が成長したことは間違いない。

 その意味で、市場創造期に競争を一概に忌み嫌う必要はない[注5]。むしろ、そうした競争に直面したとき、市場の成長の機会をいかに自社に有利な形で取り込むか、成長が一段落したときに自社にどのような差別性があるのかを見据えて準備するほうが得策である。