ネットフリックスが迎えた最大の苦境

 ブロックバスターが自滅する中、ネットフリックスは再び成長軌道に乗る。2007年にはオンラインでのストリーミングサービスを無料で追加(セレクションは限られていた)するなど、ストリーミングにいっそう力を入れるようになる。株価は2009年中に2倍、さらに2010年中には3倍になり300ドルに近づいていた。

 一方、アマゾンは2011年2月、買収したラブフィルムをベースに、プライム会員に無料でオンラインストリーミングを提供することを発表した。大手テレビ局、映画スタジオがネットフリックスに対抗してつくったフールー(Hulu)も、ストリーミングサービスのベータ版を6月に開始した。

 こうした中で、ネットフリックスが2011年7月にストリーミングとDVD郵送サービスの分離(後者は9月にクイックスター〈Qwikster〉ブランド化)と料金の値上げ(月9.9ドルのプランがそれぞれ7.99ドル、つまり計15.9ドル)を発表すると、顧客から大ブーイングを浴びる。

 株価は発表前の300ドル超から値下がりを続け、同年10月にヘイスティングスが謝罪して分離を撤回したときは112ドルだった(価格はそれぞれ7.99ドルのまま)[注4]。その後も影響は収まらず、当時の『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の主な見出しと、その日の株価がそれを象徴している。

・How low can Netflix shares go? (ネットフリックスの株価はどこまで下がるか?)(Oct 26, 2011) – 株価77.3ドル

・Netflix posts loss; share tumble 15% after hours(ネットフリックスが赤字を発表し、株価は15%下落) (April 23, 2012) – 株価87ドル

・Netflix struggles to win subscribers, profit falls 91%(契約者獲得に苦しむネットフリックスの利益は91%減少) (July 25, 2012) – 株価60.28ドル

・Netflix profit sinks(ネットフリックスの利益落ち込む)(Oct 23, 2012) – 株価57.35ドル

・Icahn takes stake in Netflix(アイカーンがネットフリックスの株価取得)(Nov 1, 2012) – 株価79.24ドル

 株価が一向に回復しない中、ネットフリックスは何をしていたのだろうか。

 クイックスターの展開はやめたものの、ストリーミングコンテンツを強化するための投資(タイトル数を増やし、オリジナルコンテンツ制作開始)を続け、ラテンアメリカや英国といった海外市場への進出も始めていた。

 こうした投資がかさみカール・アイカーンが10%の株を1株60ドル以下で取得したことが報道されると、「海外をやめる」「どこかに売り払う」といった憶測から株価が急上昇した。

投資の積み重ねが身を結び、快進撃が始まる

 2011年7月以来、下降を続けた株価が本格反転するのは、2012年第4四半期の好調な結果が明らかになった2013年からである。

 DVDレンタルの契約者は減り続けるが、これまでの投資が少しずつ実り始め、ストリーミングの契約者(米国)は2700万人を超える。そして同年の2月1日、初のオリジナルコンテンツ「ハウスオブカード」の配信が始まった。

 その後の快進撃は、言うまでもない。ネットフリックスの時価総額は2186億ドル(2020年7月28日時点)。テスラ(2856億ドル)には及ばないが、トヨタ自動車(21.2兆円)を上回り、IBM(1121億ドル)の約2倍である。

3社の変遷を比較する

 次回は、ネットフリックスの戦略を分析し、圧倒的な資源がありながら破産申請したブロックバスターとの分かれ道を考えたい。

「成功者には運と実力の両方がある」とは、『エコノミスト』誌が心臓手術を終えたばかりのJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOを形容した言葉である[注5]。これは、ネットフリックの戦略が成功した理由としても当てはまるだろう。

【注】
1)CIO 1997. A meeting of the minds: Interview with Peter Drucker, Sep 15, 46-54.
2)ブロックバスターに関する多くは、ジーナ・キーティング著『Netflix コンテンツ帝国の野望』(新潮社、2019年)による。
3)Brad Stone, The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon, Little, Brown & Company, 2013.(邦訳『ジェフ・ベゾス 果てなき野望』日経BP、2014年)
4)『ウォール・ストリート・ジャーナル』(2011年10月11日号)の記事はこの決断を、1985年にコカ・コーラが全面撤回した「ニューコーク」に例えている。
5)2020年3月14日。