DVD販売から撤退して
オンラインレンタルに集中する

 ネットフリックは1997年、現CEOのリード・ヘイスティングスと初代CEOのマーク・ランドルフによって創業された。

 1998年からDVDソフトの郵送レンタルと販売を始めると、サービスを始めて2ヵ月足らずで、前年にIPOを果たして資金のあったアマゾンから8桁前半の金額、すなわち1500万ドル前後での買収を持ち掛けられるほどに成長を遂げた。

 これは創業1年の企業にとって、けっして悪くないリターンであろう。だが、その直前にIPOした会社(ピュアソフト)を97年に6億ドル近くで売却したばかりのヘイスティングスには物足りず、この申し出を辞退した。

 ランドルフは、アマゾンのジェフ・ベゾスに会ったとき、DVDソフト販売では勝ち目がないことを悟ったという。そこでヘイスティングスに、当時売上げの97%を占めていたDVD販売から撤退し、レンタルに集中することを持ちかけた。この決断が、ネットフリックスのその後の躍進につながった。

 1998年のサービス開始から6ヵ月経ったとき、ヘイスティングスがランドルフに代わりCEOに就任する。当時は競合のブロックバスターと同じように1回単位で課金するプランもあったが、2000年にこのプランを廃止し、定額サブスクリプションモデルに一本化した。

 その後、ドットコムバブルの崩壊で資金に行き詰まった2000年、ヘイスティングスはネットフリックスを5000万ドルでブロックバスターに売却しようと打診した。しかし、「高すぎる」と拒否されている。

 ネットフリックスによるブロックバスターへの身売りはかなわず、2001年9月に120人いた社員の3分の1のレイオフ(一時解雇)を敢行した。それでも何とか生き残り、2002年5月23日、ナスダックにIPOする。初値は16.19ドル、時価総額3.3億ドルであった。

資本力ある競合企業が
レンタル市場に続々と参入

 ネットフリックスが事業を拡大する間、ブロックバスターは何も手を打っていなかったわけではない[注2]。同社がネットフリックスからの買収提案を蹴った理由は、調査会社のレポートによるとDVDオンラインレンタルの市場は小さかったことと、この頃からすでにストリーミングサービスを構想していたからだ。

 実際、同じテキサスにあり「マッキンゼーの研究所」といわれたエンロン(ブロックバスター本社はダラス、エンロンはヒューストン)とビデオオンデマンド(VOD)の会社を設立していた。しかし技術上の問題があり、このサービスが立ち上がることなかった。

 ネットフリックスが成長する中で、ブロックバスターがオンラインDVDレンタルへの本格参入、あるいはネトフリックス潰しの策を打たなかったのは、IPO後も過半数以上の株主だったバイアコム(Viacom)からの収益圧力が理由である。そもそも、8000もの既存店舗とカニバリゼーションを起こすという問題もあった。

 筆者がネットフリックスを大学のクラスで取り上げ始めた2004年、前年に契約者数100万人を突破して40ドル近くまで上昇した同社の株価は、10ドル前後で推移していた。ショート、すなわち大手との競争激化による収益減、あるいは敗退による株価の下落を見越した空売りが大量にあったのだ。

 ネットフリックスが2004年11月、一度に3枚レンタルできるサービスの価格を21.99ドルから17.99ドルに引き下げると、2003年からDVDレンタルに参入していたウォルマートは17.36ドルという価格設定で追随した。

 ブロックバスターは2004年1月から延滞金をなくしたばかりでなく、ネットフリックスをほぼ完全に模倣した「ブロックバスターオンライン」を8月から開始し、12月には同様のサービスの価格を14.99ドルに下げている。

 さらに、2004年11月に英国、そしてドイツでサービス開始したアマゾンが参入するのも時間の問題だと思われており、最も資金的な余裕がないネットフリックスがレッド・オーシャンでおぼれる姿が見えていた。

 しかし、ウォルマートは2005年に撤退した。アマゾンはオンラインDVDレンタルが収益性に乏しいと判断して、2008年にこの事業を欧州のオペレーションをラブフィルムに売却し、米国国内では参入しなかった。

 このラブフィルムとネットフリックスの両社を2009年に買収しようとしたのが、グーグルである。だが、ユーチューブ部門の反対にあってとん挫し、アマゾンが2011年にラブフィルムを買収し、2009年以降に急拡大していたストリーミングサービス参入の足掛かりにした[注3]

ブロックバスターは「自滅」により破産

 ブロックバスターはこの間、2004年8月に大株主になったカール・アイカーンとCEOのジョン・アンティコが対立して、内部の調整に時間を費やすようになった。加えて、ブロックバスターオンラインの投資がかさみ、2005年には赤字に転落する。

 だが、2006年11月、再起をかけて、オンラインで借りたDVDを店舗で返すことができ、さらに無料のボーナスレンタルができる「トータルアクセス」を開始した。すると年末までにオンライン契約者数を200万人までに伸ばすだけでなく、新規契約者数でネットフリックスを逆転する。

 ネットフリックスとブロックバスターによる戦いの結果、オンラインレンタル市場は急拡大し、2007年末までに契約者は1200万人を超える。しかし、ブロックバスターは資金面でこの「大盤振る舞い」を続けられるかどうかに問題を抱え、ネットフリックスは新規契約者がこのまま減少すれば株価が急落することは見えていた。

 2007年1月、ネットフリックスのヘイスティングスはアンティコと面会し、ブロックバスターオンライン部門に契約者一人当たり200ドル、総額約6億ドルで非公式の買収提案をした。しかし、アンティコはネットフリックスがもっと追い込まれてからのほうがよい条件が出せるだろうと、これを拒否する。

 そうこうしているうちにアイカーンとの対立が再燃してアンティコの退任が決まり、2007年7月2日にアンティコのかつての部下であり、セブン-イレブンの元CEOだったジム・キーズが新CEOに就任した。

 キーズは「現在の戦略を一から見直す」ことを宣言し、7月30日には幹部を対象にした研修会で「店舗を再び偉大にする」ことをテーマとして掲げた。ゲームのルールが変わっているにもかかわらず、ネットフリックスが持たない店舗こそがいまだに強みだと思い込んだセブン-イレブン発想の限界だろう。ショックを受けた多くの幹部社員が持ち株を売り、ネットフリックス株の購入にあてた者もいたという。

 その後、ヘイスティングスからの再びの売却の打診についても、キーズは耳も貸さなかった。ブロックバスターは結局、2010年9月23日に破産申請を行った。