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コロナ禍で苦境にあえぐ企業がほとんどの中、定額制動画配信サービスを提供するネットフリックスは順調に業績を伸ばしている。ただ、同社は右肩上がりの成長を遂げてきたわけではない。幾多の危機を乗り越えながら、たえず組織を進化させ続けてきたからこそいまがある。本連載では、経営戦略論の第一人者である慶應大学ビジネス・スクールの清水勝彦教授が、ネットフリックスの強みの源泉を論じる。

「考えるのはとても労力がいる。はやりの経営手法は、その苦労をなくしてくれるから素晴らしい」(Thinking is very hard work. And the management fashions are a wonderful substitute for thinking.)[注1]

ピーター F. ドラッカー(元 クレアモント大学院大学 教授)

 筆者は2000年から2010年にテキサス大学で教鞭を執っていた時期、ネットフリックス(Netflix)には公私ともにずいぶんお世話になった。

『羅生門』も『東京物語』もネットフリックスで借りたDVDで初めて見たし、担当していたクラスでは、ネットフリックスの株価がまだ10ドル程度だった2004年から取り上げている。そして日本に帰ってからも、同社の成長の軌跡をフォローし続けてきた。

 本連載では、ネットフリックスの経営に関する考察を行う。その理由は単に、同社がコロナ禍で業績を伸ばしているからではない。GAFAと同じくらい、彼らの経営から学べることがあると思うからだ。戦略面に限らず、新しい市場を創造するための「生みの苦しみ」、そして業界リーダーであり続けるために失敗や批判を受けながら絶えず進化させる組織運営にも注目すべきだろう。

 ここで「学ぶ」とは、「覚える」ということではない。また、「真似する」ということでもない。学ぶとは、「鏡にみずからを映して気づく」という意味である。

 MBAのクラスでよく言うのだが、答えを知りたいだけならば、わざわざ学校に来て議論をする必要はない。それをやるのは、ほかの学生を鏡にして、自分がどのように映るか(たとえば、高く評価されたり、無視されたり)を体験する中で、自分のバイアスや強み・弱みに気づくためだ。みずから気づくことでしか成長はない。

 だが、実際にはどうだろうか。優れた企業の取り組みを前にして、その内容を覚えること、あるいは真似ることが目的になってはいないか。ドラッカー博士による冒頭の言葉は、もちろん皮肉である。しかし、これを冗談として笑い飛ばせない会社も多いように思われる。

 本稿は全4回。企業経営の「鏡」としてのネットフリックスの分析を3回に分けて行い、最後にアイリスオーヤマ、サイボウズとの比較考察を通じて日本企業への示唆を考える。ネットフリックスという会社を鏡にしたとき、自社あるいは自分の強み、あるいは弱みがどのように映るだろうか。

 今回はそのための土台として、ネットフリックスの創業から現在までの歴史を簡単に振り返りたい。