注目すべきは「顧客」ではなく
「人間」

 そこで提案したいのが、従来の「顧客」を対象としたマーケティングから、「人間」に対する解像度を上げたマーケティングへの転換だ。つまり、顧客体験(CX=Customer Experience)を重視する戦略から、人間体験(HX=Human Experience)を重視する戦略へシフトするのである。

 マーケティングにおける顧客視点の重要性は、これまでもしつこいほど語られてきたが、潜在顧客から見込み客、新規顧客、既存顧客へと直線的に関係を引き上げていく一連のアプローチは、結局は「消費行動」にしか着目していないという意味で視野が狭かった。CXにこだわる限り、相手を「自社にお金を払ってくれる存在」としてしか見ていないという限界があるのだ。言うまでもないことだが、消費者は自社の顧客としてのみ存在しているわけではない。消費者が本当に求めているものが何かを的確に理解するためには、人間(Human)として丸ごとその存在に向き合わねばならないのである。

 「C(Customer)からH(Human)へ」の転換が意味する方向性は2つある。ひとつは上記のように消費者一人一人の体験の範囲をより広く捉えること。つまり、消費が直接関与しない部分も含めて、ホリスティック(統合的)に対応する方向である。そしてもう1つは、マーケティングの対象そのものを拡大すること。つまり、顧客(Customer)だけでなく、自社の従業員(Employee)、ビジネスパートナー(Partner)、さらには地域や社会を含む全てのステークホルダーとの体験価値の最大化を目指す方向だ。

 CX的な観点に立てば「自社が提供する商品・サービス」と「それを享受する顧客」の間の、購買行動を中心とした1対1の関係だけが問題だった。一方、HX的な観点ではあらゆるステークホルダーへの価値提供を目指すため、その射程は大きく広がる。HXが注目されている背景として、顧客の体験が多岐にわたり複雑化する中、従業員やパートナーが顧客に対して与える影響が極めて大きくなっていることも挙げられる。

 では、人間としての経験とは何か。デロイトは、人間としての経験を定量化し、ポイントとなる価値観を抽出する研究を行った。この研究において、人間は根源的に「個人の目標達成(私)」「帰属意識(私たち)」「好奇心(未知)」「統制(既知)」という4つの価値観を志向することを発見した。そして、これらの相互作用によって「新しいことに挑戦する」「新しいことを学ぶ」「他者と共有する」「他者を思いやる」といったさらに4つの価値観が生まれることが分かった(図表)。企業は商品やサービスを通じて、これらの価値観や活動をサポートすることを目指すべきなのだ。