なぜ、DXは期待を上回る成果を上げられないのか

 イベント2日目に開催されたスペシャルセッションでは、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏、WiL共同創業者兼CEOの伊佐山元氏を招き、「世界の先進事例とインサイトから導く、日本企業におけるDX成功の論点」と題して、欧米の先進企業と日本企業との違い、そこから学び、活かすことのできる成功のための“ポイント・オブ・ビュー”について議論が交わされた。

「DXとは、データとデジタル技術を活用し、変革し、優位性を確立すること」。ファシリテーターを務めたRidgelinezプリンシパルの渡瀬博文氏はこう前置きしたうえで、「2019年世界デジタル競争力ランキング」(IMD世界競争力センター)で日本は23位に甘んじていることや、米国とシンガポールでは85%以上の企業がDXを推進している一方で、日本は36.5%にとどまっている現状について述べた。

Ridgelinezプリンシパルの渡瀬博文氏

 海外ではDXの成功事例がいくつも生まれており、フィリップス、ベスト・バイ、ナイキの3社の事例が紹介された。フィリップスは従来型の照明器具の販売から「Lighting as a Service」にビジネスモデルを転換。特定地域のライトアップや削減した電力料金に応じて報酬を得る新しいサービスを展開、この新規事業を分社化した。

 米国の家電量販店ベスト・バイでは、これからの経営にとって大事なことは、「テクノロジーを使って、お客様のニーズに応えること」とCEOが明言。カスタマージャーニーを規定したうえで、顧客との全タッチポイントでデータを蓄積してAI(人工知能)で分析するなど、新たな顧客体験の創出に集中的に投資。その結果、7年前は厳しい財務状況だったが、いまや成長企業に変貌を遂げた。

 ナイキは以前、ウエアラブルデバイスを開発したが、思うように販売が伸びず、このビジネスを終了した。この失敗から学び、運動管理機能に加え、スポーツ関連製品のウェブ購入を可能にする機能をモバイルアプリで提供、直販ビジネスの拡大に成功した。

 こうしたDXの成功は通常の企業変革よりも難しいといわれる。「スイスのビジネススクールIMDの調査によると、DXが期待を上回ったケースはわずか5%。マッキンゼーの調査でもDXで成功する企業の比率は16%にとどまる。その要因の1つは、DX自体が目的化していること。もう1つは、デジタルツールを導入したことで満足してしまうことだ」(渡瀬氏)。

 ただ、コロナ禍によって状況は変わりつつある。日本でも4割の企業でテレワークの導入が進んだほか、テレワークの回数制限やフレックスコアタイムを廃止し、95%以上が在宅勤務というヤフーのような先進企業も現れた。

 また、Ridgelinezが属する富士通グループも、約8万人の国内グループ社員に対しテレワークを推進しており、オフィス規模を50%程度に最適化することを発表した。こうした先頭集団に引っ張られる形で、日本企業のDXが一気に加速する可能性もある。

コロナ禍は日本企業にとって変革のビッグチャンス

 ウェブ会議システムを通じて参加した米シリコンバレー在住の伊佐山氏は、米国で起きている具体的な変化について述べた。米国では新型コロナによる外出禁止、オフィス勤務の禁止が日本よりも強く打ち出されたため、その分、デジタル化の進展が2つの側面で加速したという。

「1つは会社の内側のデジタル化だ。ZoomやSlack、Microsoft Teams、Asanaといったコラボレーションやコミュニケーションのためのツールを利用して、日常業務を止めないようにする動きが顕著になった」と伊佐山氏。これに関連して、RPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)やAIを活用し、これまで人に依存していた業務を自動化、効率化する取り組みも製造業、サービス業に限らず幅広い業界で進んだ。

WiL共同創業者兼CEOの伊佐山元氏は、米国からウェブ会議システムで参加

 もう1つは外側のDXである。「会社やビジネスモデル自体を、デジタルを使って変革していかないと、コロナ禍のような危機が再び起きたときに対応できない。そういう危機意識から、コールセンターやカスタマーセンターのリモート対応が加速した。また、いままでオフィスに集まって行っていた業務をクラウド上に再現するようなソリューションを提供する企業が現れたり、実店舗を介して販売を行っていた企業がデジタル店舗を構えるケースも増えた」(伊佐山氏)。

 こうした企業の内外における変化は、人々の働き方はもちろん、学び方やキャリアのつくり方にも影響を及ぼし始めているという。

 コロナ危機は世界中で同時に起きている変化であり、企業経営にとってはリスクであると同時に機会でもある。入山氏は、「日本企業にとって、ビッグチャンスが到来している」と訴えた。

「平成の失われた30年間、残念ながら多くの企業は変化できなかったが、その理由は経路依存性で説明できる。たとえば、コロナ以前から多くの企業がダイバーシティ経営を目指したが、導入は進まなかった。多様な人材を採るには、まず採用を変えないといけないし、メンバーシップ型の働き方や一律の評価制度も変えていく必要がある。これらすべてがかみ合っているため、1つだけ変えようとしても変えられない。しかし、強制的な働き方改革を迫られている現在のコロナ危機は、すべてを変えられる大きなチャンスだ」と言う。

 リモートワークが定着すれば、評価制度の見直しが進む。ただ会社に来ていただけの人材が必要とされなくなり、本人の成果、能力で評価されるようになる。そのためには一人ひとりの職務内容を明確に規定することが不可欠であり、いわゆるジョブ型の雇用が増えることになりそうだ。

早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏

「働き方を変えるにはDXをしないといけない。ここで一気に変えられる企業はイノベーションを起こせるし、変革を通じて新しい価値を創出できる。一方、変えられない企業は負けてしまうだろう」と入山氏は語る。

 セッション終盤では、伊佐山氏からデジタル化の進展がもたらす懸念についても指摘があった。

「イノベーションを創出するには、給湯室や喫煙室での世間話など、いわゆるワイガヤの機会が重要なこともある。リモートワークでオフィスに集まらないことが続いた場合、果たして人はデジタルな環境でクリエイティブな化学反応を起こすことができるのか、疑問がある。また、ジョブ型の働き方が浸透し、リモートワークが進むと、会社のアイデンティティをどうやって維持すればいいのか、経営者として正直なところ悩んでいる」と打ち明けた。

 これに対し入山氏は、「これからの時代、決定的に必要なのは共感力だ。相手のことに共感し、自分事として腹落ちできること。暗黙知を形式知に転換することと言ってもいい。そのためのリアルの場所はまだまだ必要だが、それ以外については離れていても仕事は成立する」と応えた。

 そして入山氏は、「デジタルを使いこなして効率化する部分は徹底的に進め、そこで生まれた時間については、同じ場所に集まって、クリエイティブなことや知と知の組み合わせに費やすべきではないか」と結んだ。

 2日間のイベントが終了した後、Ridgelinez社長の今井氏は、「2000人を超える方々に見ていただけるコンテンツを、スタートしたばかりの我々がデザインできたことは1つの自信になった」と振り返るとともに、「参加した皆様からのフィードバックを大切にしたい。『物足りなかった点』や『期待されている点』をヒアリングし、今後の施策を具体化していきたい」と抱負を述べた。

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