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人前では常に冷静であろうと考えている人でも、ふとしたきっかけで涙が溢れてしまうこともある。同僚や部下が泣き出したとき、居心地の悪さを感じたり、罪悪感を覚えたりして、リーダーにふさわしくない対応をしてはいないだろうか。泣いている理由を勝手に解釈したり、次に取るべき行動を指図したり、泣いたことを批判したりしてはいけない。


 私のコーチングを受けているあるリーダーから最近、次のような質問を受けた。「『職場で泣くな』と部下に言ってもいいですか?」

 コーチとしては通常、質問には質問で答えるものだろう。

「なぜそれを聞こうと思ったのですか?」

「泣くことが、なぜ職場では許されないと思うのですか?」

「職場で泣くなと言われたら、チームのメンバーはどう感じると思いますか?」

 しかし、私はコーチングのアプローチは取らずに、本能的に、そして断固として「ノー」と答えた。

 映画『プリティ・リーグ』のトム・ハンクスの台詞から「野球に泣くなんて言葉はない」ことはわかったが、私が観た映画の中で、職場での涙にどう対応すべきかを教えてくれる作品はなかった。

 だが、好むと好まざるとにかかわらず、職場で人が涙を流すことはある。たとえば、厳しいフィードバックを受けたとき、キャリアプランに関する面談で失望したとき、現実離れした期待に関する難しい会話の途中で、あるいは降って湧いたように。

 人が泣いているのを見ると、居心地の悪さや罪悪感、不安を感じるものだ。なぜそのように反応するのだろうか。その理由はいくつかある。

(1)問題を解決したいから。人が泣いているのを見ると、ほとんどの人は本能的に問題を解決したくなるが、何を解決すべきかがわからない。

(2)自分のせいかもしれないと考えるから。「泣かせるようなことを言っただろうか」「泣かせるようなことをやっただろうか」と不安になる。

(3)泣いている理由がわからないから。「悲しいから」と考えるのが最も簡単だが、ほかにも、怒り、嬉しさ、恥ずかしさ、不安、安堵、恐怖、いら立ち、理解されたとき、疲労、感謝されたとき、空腹、孤独などの理由で泣くことがある。

(4)自分が泣きたくないから。感情は伝染する。感情移入しやすい人は特に、もらい泣きを心配する。

(5)もっと大きな問題の兆候ではないかと不安になるから。この次は何が起きるのか。いまの会話よりも重大な何かがあるのだろうか。自分の手に負えない個人の深刻な問題だったらどうしようかと考える。

(6)エスカレートするのを恐れるから。一粒の涙や鼻すすりが「むせび泣いたらどうしよう」「嘔吐したらどうしよう」「過呼吸に発展したらどうしよう」と考え始めてしまう。