最初の「アジャイル家族」

 数年前、私は研究を進める中で、アイダホ州ヒドゥンスプリングスに住むスター一家に行き着いた。

 スター家は一般的な米国の家族であり、米国家庭における一般的な悩みを抱えている。父のデイビッドはソフトウェア開発者、母のエレノアは専業主婦。当時は10歳から15歳までの4人の子どもがいた。

 多くの親と同じくスター夫妻も、明るく円滑な家庭生活という理想と、疲れ果てけたたましい生活という現実の果てしないせめぎ合いに悩まされていた。「"愛があればすべてうまくいく"精神で何でもやってきたけど、だめでした。『もういい加減にして。これ以上は耐えられない』という言葉が出るくらい」とエレノアは語った。

 だが、スター夫妻が次に取った行動は意外であった。自分たちの親や友人、または専門家に頼るのではなく、デイビッドの職場に目を向けたのだ。

 具体的には、デイビッドが研究し指導してきたビジネス課題解決の手法、つまりアジャイル開発である。この手法は家族に効果てきめんだったため、デイビッドは報告書まで執筆し、そこから人々に知られるようになっていった。

 私と妻のリンダも、この案を自分たちの家庭に採用した。すると毎週の家族会議は早々に、子どもたちが生まれて以降、最も効果的な家庭方針となったのである。

3つの問い

 アジャイルという概念は1980年代に考案されたが、その大部分はジェフ・サザーランドのリーダーシップに依拠している。彼はベトナム戦争に戦闘機パイロットとして従軍後、ニューイングランドの金融会社で技術責任者を務めていた頃、ソフトウェアの開発がいかに機能不全に陥っているかに気づいた。

 会社が取り入れていたのは「ウォーターフォール・モデル」、つまり経営陣が上から野心的な指令を出し、下にいる切羽詰まったプログラマーたちへと流れ落ちていく形式だ。そのせいで「プロジェクトの83%は遅延か予算オーバー、もしくは全面的に失敗していた」と、サザーランドは私に語った。

 彼は新たなシステムを構築した。アイデアがトップダウンだけでなくボトムアップでも流れるようにし、チーム構造は変化にリアルタイムで対応できるようにした。その要となるのは週次会議であり、共同での意思決定、オープンなコミュニケーション、常に適応性を持つことが原則とされる。

 このような会議は、家庭でも容易に倣うことができる。我が家で始めたのは双子の娘たちが5歳のときで、毎週日曜日の午後とした。全員が食卓に集まり、短く儀式的なリズムでテーブルを叩き、開催の合図とする。その後、アジャイル方式に従って3つの問いを投げかける。

1. 今週、この家族においてうまくいったことは何か。
2. 今週、この家族においてうまくいかなかったことは何か。
3. 次の1週間、皆で合意の下、何に取り組むか。

 初回から、娘たちが口にした言葉にはとても驚かされた。今週、うちでうまくいったことは? 「自転車に乗るとき、怖いっていう気持ちがなくなった」「ベッドを整えるのがすごくうまくなった」。うまくいかなかったことは? 「算数の問題用紙」「お客さんが来たときの挨拶」

 多くの親と同様に我々も、子どもたちの存在を魔のバミューダ海域のように感じることがあった。言葉や考えが入り込みはするが、ほとんど出てこない。彼女らの生活の感情的な部分は、親からは見えていなかった。家族会議によって、子どもたちの心の奥が見える貴重な窓ができたのである。

 最も充実する場面は、次の1週間で何に取り組むかというテーマに入ったときだ。娘たちはこの部分が大好きで、特にご褒美と罰を選ぶのに夢中になった。週に5人に挨拶できたら、寝る前にあと10分長く本を読んでよい。誰かを蹴ったりしたら、1カ月間デザート抜き。独裁者スターリンのように無茶を言うこともあった。

 当然ながら、この20分間の話し合いで娘たちが見せる成熟ぶりと、その後1週間における実際の振る舞いには差があったが、それは大した問題ではなかった。何年もあとに彼女らの人生を明るく照らすことになる、大量の地下電線を敷設しているような感覚があったのだ。

 10年後、我が家はいまだに、この家族会議を毎週日曜日に開いている。リンダにとってこの時間は、母親として最もかけがえのないものだ。

 では、我々は何を学んだのか。