この競争で、女性リーダーの輝かしいパフォーマンスほど多くの注目を浴びたニュースはあまりない。女性が先導する国のほうが、この危機をうまく管理していると指摘する記事が、次から次へと登場した。

 女性リーダーのパフォーマンスが男性リーダーよりも優れているのは、すでに確立されている通り、女性のほうがリーダーシップのポテンシャルが高いからだと言われる。

 無数の記事が、女性リーダーの長所を詳細に報じ、ドイツのアンゲラ・メルケル首相のデータ主導のリーダーシップの信頼性や、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相の共感に満ちた合理性、そして台湾の蔡英文総統の静かなレジリエンス(再起力)を称えてきた。

 こうしたデータの(多くの)ニュアンスと制約が議論の的になっていることは、筆者らも承知している。「ジェンダー戦争」を煽るような一般化は、多くの論争を招く安易な手法にすぎない。

 本当に女性のほうがコロナ禍をうまく管理しているのかについて、多くの人が(非常に)強烈な意見を持っている。もちろん、誰もが自分の意見を持つ権利はあるが、データを自分にいいように曲げることはできない。

「女性のほうが優れたリーダーだ」という説に難癖をつけたい人にとっては、以下のようなまっとうな理由が考えられる。

 ●数が少なすぎる(サンプルサイズの問題)

 ジェンダー効果をきちんと検証するほど、世界には(まだ)女性リーダーの国が多くない。女性がリーダーを務める国は18ヵ国(人口にして計5億4500万人、世界全体の7%)しかない。素晴らしい功績であることに間違いはないが、統計的には取るに足らない。

 ●彼女のおかげとは限らない(要素の融合)

 研究によると、一般に、あるグループ(国家を含む)のパフォーマンスにおいて、リーダーの資質が左右する割合は約30%だ。小さな割合ではないが、それは、リーダーとは「無関係の」幅広い要因が結果に影響を与えることを意味する。

 今回の危機に際して、どの国も独自の長所と短所(教育水準、所得レベル、所得格差、天候、人口密度、人口動態など)を抱えていた。現リーダーは、因果関係のあるコンテクストを前任者から引き継いだのであり、結果について称賛される資格も、非難される資格も、限定的にしか持ち合わせていない。

 もちろん、リーダーが長年にわたりその座に就き、初期の条件に影響を与えていた場合は、この限りではない。

 ●カギを握るのは文化だ(あるいは相関関係と因果関係は異なる)

 相関関係は、さまざまな要因によって引き起こされる可能性がある。女性がリーダーの国のほうが、コロナ危機にうまく対処しているという説に賛成でも、ほかにも検討するべき要素が(少なくとも)2つある。

 第1に、一部の国がよくやっているのは、女性がトップにいるからかもしれない。第2に、女性をトップに据えている国は、すでにそれまでによくやっていたからかもしれない(性差別が少なく、よりインクルーシブ(包摂的)で、有能な女性がトップに就くのを阻止するガラスの天井がそもそも取り除かれている)。

 意図的か否かを問わず、有能な人材の半分がリーダーに就けない国では、有能な人材が減り能力も低下することは、数学の天才でなくてもわかるだろう。

 ●最も優秀な人材である(選択バイアス)

 女性差別がもたらす皮肉な結果の一つは、女性リーダーの質の向上である。

 女性は、自分には必要とされるリーダーシップがあることを証明するために、男性よりも懸命に努力しなければならない。そのためリーダーに選ばれたとき、女性のほうが優れた資格と能力を持っていることになる。したがってコロナ対策に優れていた国は、女性が男性よりも優れているからではなく、女性に求められる基準が高いことがプラスに働いたのかもしれない。

 だとすれば、公平の観点から考えると、さほど能力の高くない女性もトップに就きやすくするべきだという主張もできるだろう。フランスの芸術家フランソワーズ・ジローは、30年前にそう主張した。2020年のいまは、それよりも、無能な男性がリーダーに就きにくくするほうが重要だろう。