原因① 自社を取り巻く「しがらみ」で決断不全に陥っている

 オープンイノベーションによって事業アイデアが生み出されても、その実現を阻む大きな壁がある。真っ先に挙げるべきは、企業の「しがらみ」である。歴史と共に、顧客・従業員・サプライヤー・金融機関・地域住民・官公庁・業界団体など、ステークホルダーとの付き合いは深くなる。創業家・創業経営者が率いる会社ならばそれぞれのステークホルダーとの関係性を理解し付き合い方をコントロールできる可能性はあるが、大半の日本の大企業は頻繁に経営トップが交代するため、ステークホルダーとの根っこの関係性を把握・理解することが難しい。それ故に、長期的な目線やイノベーション・新規事業に対して、たとえ胆力があったとしても決断する力を持ちにくいのだ。それに追い打ちをかけるように「正しくあるべき」というコンプライアンスの要求が年々高まり、チャレンジする機運を削いでいる。

 さらに、自社の提供するサービスやプロダクト、カルチャーはこうあるべしというコミットメントも、時代の移り変わりの中で弱みになってきた。多くの本業化した新規事業には、以前なら経営層から自社のカルチャーに全く合わない、理解できないと言われたであろうものが少なくない。

 ソニーがゲーム業界に参入したときも、コマツが建設機械の位置情報を活用したKOMTRAX(コムトラックス)を始めたときも、「らしくない」という反発は強かったそうだが、いまではどちらも企業カルチャーを牽引する事業になっている。

 身も蓋もない話だが、事業と自社カルチャーとの相性の良否は、これまで言語化されてきたカルチャーとの整合より「実際に儲かるかどうか」を基準に判断すると精度が上がる。自社のケイパビリティが生かせる事業なら儲かるし、持続する。それはすなわち、有しているカルチャーに合致しているということだ。

原因② 「Doer」の欠乏で「Thinker」だらけの組織体に

 原因の2つ目は、Doer人材の欠乏である。実は、日本でオープンイノベーションブームが起こる前の1990年代~2000年代には大企業の中にもDoer人材はまだ一定数存在していた。しかしこの10年で、Doer人材の多くは自ら起業したり、より実力主義なスタートアップや外資企業に移ったりして、大企業からいなくなってしまった。また、起業のハードルが下がったため、「とりあえず新卒の就職活動では大企業に入社するべき」という機運も急速に薄れており、若きDoer人材にとって大企業で働くということは選択肢にすら入らなくなりつつある。

 一方、ベンチャー企業はベンチャーキャピタルから調達した資金とストックオプションを活用してDoer人材の採用力を強めてきた。それ故、特に歴史の長い大企業において新規事業をリードするのに適したDoer人材が欠乏する事態になっている。

「しがらみ」を乗り越えて新たな事業を立ち上げていくためには、Doer人材をベンチャー企業など社外にも求めること自体は有効である。しかし、自社内に欠乏している状態では彼らの良さを引き出して、自社の変革を実現する推進力につなげていくことは正直難しい。

原因③ デジタルに移行しても「鎖国状態」のまま

 しがらみとDoer人材の不足だけでも説明がついてしまうのだが、もう一つ、デジタルでの鎖国状態にも言及したい。

 デジタルを前提とした事業構想では、競争環境が大きく変わるため、自社のプロダクト、自社の組織、自社のケイパビリティに閉じないで着想することが重要だ。自社に閉じている限り、デジタルトランスフォーメーションといいながら単にリアルをデジタルに置き換えただけになりやすく、顧客に提供する価値が広がらないからだ。

 ただし、実際にはこうした視野の狭いDXが世に溢れており(それ故にデロイト トーマツは「“D”X」ではなく「“d”X=Business Transformation with Digital」を提唱している)、短期的には成果も上がっているように見える。実際はデジタル市場の拡大の恩恵を受けているにすぎず、見かけの成果に喜んでいるうちに、グローバルのシェアや競争力が落ちていくという罠にはまりやすい。

 この罠を回避するには、デジタル化により未来の顧客はどんなサクセスを得たいのか、から考えることが肝要だ。ショッピングがデジタル化することで、「顧客は製品を店の枠を超えて比較したいはずだ」「顧客は自分のことを心底知っているアドバイザーに似合うものをレコメンドしてほしいはずだ」というように、発想自体を変えていかなければならない。大企業における新規事業の意味は、単に収益源がひとつ増加することにあるのではなく、未来のメイン顧客を創造することに他ならないのだ。