在宅勤務ではしばしば、同僚やクライアント、医師、学生、教授を自宅に(バーチャルに)招くことが必要になる。そこでは、自分のアイデンティティをどのくらい露出するかを、主体的にコントロールすることができない。かつては文化的な自分らしさを安心して表現できたプライベートな空間が、ビデオ会議によって多くの人の目にさらされることになった。

 ビジネスパーソンはいまや、自分のアイデンティティと関係する社会的階級(ワークスペースの広さなど)と文化的記号(家具やアートワーク)を、仕事の同僚やクライアントに公開することになった。

 同時放送(ビデオ会議参加者のワークスペースが並列して映し出される場合など)は、さまざまな生活空間を映し出すから、同僚たちはお互いの「ホームオフィス」のレイアウトや装飾を見て、あからさまに、あるいは無言で、比較することができる。このプライベートな空間の侵略は、黒人ビジネスパーソンがバイアスにさらされたり、そのプロフェッショナリズムを疑われたりする可能性を一段と高めている。

 著述家のションダ・ブキャナンは、次のように述べている

「バーチャル空間では、にっこり微笑みつつ、髪は乱れたドレッドヘアで、チャットボックスに急いで質問を打ち込むなど、同僚たちがこれまでになく接近している奇妙な感じがした。いつもよりも自分の素をさらされている感じ、弱みをさらされている感じだ。ズームは、プライベートな空間を覗き込む窓であり、それを締め出すことは(一部の人はやっているけれど)選択肢になかった。(中略)

 途中、ある同僚が愛犬をみんなに見せた。すると別の同僚が、自分が履いていたテニスシューズを脱いで、プレゼントのようにカメラの前に差し出した。わたしは仰天したが、顔には出さないようにした。

 みんなとてもリラックスしていて、自分がどんなイメージを抱かれるかなど、まるで心配していないようだった。それに対して私は、エグゼクティブの集まりで、いつも人種表現に気づいていた。だから、私が彼らのようには振る舞うことは、けっしてないだろう」

 なぜか。それは「プロフェッショナリズム」は、白人中流/アッパー階級の基準仕事とそれ以外のセグメンテーション欧州的な外観の基準、そして職場には「仕事の自分」だけを持ち込むようにという期待によって暗号化されているからだ。このプロフェッショナリズムの理想的なイメージに合わない人間は、今回の在宅勤務の実験期間を通じて、難しい綱渡りを強いられている。

 黒人ビジネスパーソンは、プロフェッショナリズムと文化的適合性という点で、それ以外の人々よりも厳しい目にさらされる。彼らのプライベートライフを覗く窓は、「標準とは違う人たち」というイメージを拡大する可能性がある。

 たとえば、理髪店や美容院が休業になると、黒人ビジネスパーソンは、ビデオ会議で自然な(つまり化学的に手を加えられていない)髪型をさらすことで、より厳しい視線を浴びやすい。バーチャルな職場では、黒人の体型や文化的な美的感覚、そして家庭生活がじろじろ見られることになり、コロナ禍ですでに黒人全般が経験しているストレスフル状況が一段と悪化する恐れがある。