何が問題だったのか

 これは、ノーベル賞を受賞したロナルド・コースの取引費用に関する研究で説明できる。発表から1世紀近くが経とうとしているこの理論によると、顧客(個人・法人)にとって、供給業者の探索、その質の評価、契約の締結、当該業務の監督と調整などに要するコスト(金・時間)が低い選択肢が市場にあるならば、企業は必要ないことになる。

 仕事が単純で、反復可能で、標準化され、測定が容易で、管理可能であれば、上記のコストが低くなるのは明白だ。これこそ、ライドシェアや宿泊、配達などに特化するギグプラットフォームが成功している理由である。その成功の大部分は、かつてこれらのサービスを供給していた企業を犠牲にすることで成り立っている。

 一方、次のように想像してみよう。あなたはシンガポールに住む米国民で、税金に関するアドバイスを求めている。

 これをギグエコノミーで達成したい場合、2つの選択肢がある。一つは、シンガポールと米国両方の税制に精通した会計士を見つけることだが、これは難しいかもしれない。もう一つは、シンガポール税法の専門家と、米国税法に詳しい人、2人のフリーランス会計士を雇うことだ。

 2番目を選ぶ場合、2人を互いにうまく連携させる必要があるが、それは簡単ではないかもしれない。どちらのシナリオにしても、あなたは相手に自称通りの能力があるか見極める方法を探さねばならず、契約書の作成にも責任を負うことになる。

 これらの取引コスト(探索、調整、契約)はどれも比較的高くつくが、代わりに会計事務所KPMGを雇えば、その大部分が浮く。KPMGのような企業がいまだ大いに健在なのは、まさにこれが理由なのだ。

 高品質で複雑なサービスへのこうしたコストが存在し続けている理由は、単にテクノロジーが追いついていないからだろうか。

 そうは考えにくい。新しいテクノロジーは、あらゆる部分で取引コストを激減させている。

 ウェブ2.0の到来によって情報の流通が解放され、フリーランスのサービス供給者を見つけるコストが大幅に下がった。知識労働のデジタル化によってより客観的な評価が可能になったため、顧客からより信頼できるフィードバックと評価を得やすくなっただけでなく、パフォーマンスに応じた契約を結ぶことも容易になった。

 急速に発展している人工知能(AI)のアルゴリズムは、仕事の需要とそれに見合ったスキルを持つ個人との、費用対効果の高いマッチングを支援できる。スラックのようなプロダクトは、調整コストを大幅に減らす機能を持つ。スマートコントラクトを可能にするブロックチェーンのような技術は、契約コストを飛躍的に下げることができる。

 上記を踏まえ、知識労働のギグエコノミーが成長していない理由を理解するには、テクノロジーや経済学に囚われない視点を持ち、組織と組織文化の役割を考慮する必要がある。

文化的要因

 知識経済におけるギグワーカーが協働や取引をする相手は、明白な価値観、インセンティブ、慣行、志向を持っている企業だ。

 だが、彼らがそのような組織に順応するのは簡単ではない(就職でもしない限りは)。なぜなら、ギグワーカーは組織と互いに対等な立場で仕事をする場合が多く、組織の人々からは外部者として見られる。さらには、組織内の効果的な連携をじゃまして対立の種をまく、脅威とさえ見られることもあるのだ。

 このような文脈でギグワーカーは、協働相手の多くに適用されている大規模な組織のプロセス、人間関係、政治に順応するどころか、理解にさえしばしば苦労する。

 パフォーマンスの評価にも問題が生じるかもしれない。企業からギグワーカーに委託された仕事が、大半の組織における従来の指標では的確に測れないようなものである場合は、特にやっかいだ。

 なぜ企業はいまだに――明らかなコストをテクノロジーによってかなり削減できるにもかかわらず――ギグワーカーとの直接契約よりも、知識労働者のフルタイム雇用、または知識労働者を抱える他社への委託を選びたがるのか。上述してきたような問題を挙げていけば、その謎は解けてくるはずだ。

 しかし、この状況は、ついに変わろうとしているかもしれない。ただし、何らかの新規テクノロジーの出現が理由ではない。世界経済を追い詰めている、地球規模のパンデミックによってである。

 知識ベースのギグワークを妨げていた組織的要因は、過去にフルタイム従業員のリモートワークを阻んでいたものと同じである。それらの問題が解消できるのであれば、リモートワーカーがフルタイム雇用かギグベースかは単に契約書類上の問題となる。

 パンデミック下で働くという経験は、社外の請負業者に知識労働をうまく委託する方法について有益な示唆をもたらすのは間違いない。とはいえ、それらの教訓については慎重に考える必要がある。