『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年6月の注目著者は、 ハーバード・ビジネス・スクール准教授のイーサン・バーンスタイン氏です。

アマースト大学時代に
日本の同志社大学で学ぶ

 イーサン・バーンスタイン(Ethan S. Bernstein)は1976年、米国カリフォルニア州ロサンゼルスに生まれた。現在44歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の組織行動ユニットに所属し、エドワード W. コナード記念講座准教授を務める。

 HBSのMBAコースでは2年生の「ヒューマン・キャピタル・マネジメント」を担当している。2013年から2017年までは、1年生の必修科目である「リーダーシップと組織行動」を担当していた。HBSでは2年生を対象として、引率教員と30人程度の学生が海外現地で体験的に問題を発見しながら議論するIFC (Immersive Field Course)を実施しており、東京でのIFSで講師を務めたこともある。

 バーンスタインは1994年、ロサンゼルスにあるプレップスクールのハーバード・ウェストレイク・スクールを卒業すると、リベーラルアーツ・カレッジとして著名なアマースト大学(以下、アマースト)[注]に入学した。

 アマーストは、同志社大学の創立者である新島襄が学んだ大学である。バーンスタインは在学中に交換留学制度を使って同志社大学に留学している。

ボストン コンサルティング グループを経て
消費者金融保護局のCSO兼PIOに

 アマーストの経済学の学士課程を最優秀の成績(magna cum laude、Phi Beta Kappa)で修了すると、バーンスタインは1999年、HBSとハーバード・ロー・スクール(HLS)のダブル・ディグリー・プログラムに進学し、2003年にはMBAとJD(Juris Doctor)を優秀な成績で同時に取得した。

 修了後、ボストン コンサルティング グループ(BCG)のトロント・オフィスで働き、2004年にはBCG東京オフィスに1年間派遣されている。バーンスタインはBCGを2007年に退職し、同年HBSのDBAコースに進学した。

 DBAコース在学中の2011年から2013年1月までの2年間、バーンスタインは、ワシントンDCの政府機関である消費者金融保護局(CFPB)のCSO(最高戦略責任者)兼PIO(Performance Improvement Officer:業務改善責任者)として、消費者金融問題に取り組んだ。その間、博士論文を提出し、2013年にDBAを授与された。

 博士論文のタイトルは、“Does Privacy Makes Groups Productive?”(グループメンバーのプライバシー保護は生産性を向上させるのか?)である。その審査会では、HBSのTOM(Technology and Operations Management)ユニットに所属し、リーダーシップと組織学習を専門とするエイミー・エドモンドソンと、HBS学長のニティン・ノーリアが共同委員長を務めた。また、委員としてクレイトン M. クリステンセンも参加した。

 DBA修了の同年秋、バーンスタインはHBSの助教授として採用された。そして2018年、エドワード W. コナード記念講座准教授に昇任し、現在に至る。

 バーンスタインの専門分野は組織行動論である。特に、職場の透明性などの組織文化、従業員の行動やプライバシーの境界の設定が、リーダーシップ、チームや組織のパフォーマンスの向上に与える影響を研究している。

コワーキングの生産性を考える

 新型コロナウイルス感染症の拡大を受け、企業ではテレワーク(リモートワーク)や在宅勤務制度の導入が進み、ズーム(Zoom)やマイクロソフト・チームス(Microsoft Teams)などを活用した遠隔会議も自然な形で行われるようになった。

 感染拡大の防止が依然として重要とされる中、私たちはこれまで通りのコワーキング・オフィスに出勤し、社会的距離を意識しながらデスクに向かって仕事を始めている。しかし、メディアで盛んに論じられているように「ウイズ・コロナ社会」や「コロナ前の社会には戻れない」と考えるのならば、企業は新しい「日常の働き方」、「日常のオフィス」を再構築していく必要がある。

 従来、従業員同士のコミュニケーションを活発にし、アイデアの交換やコラボレーションを促進して、より創造的かつ生産的に働いてもらうために、企業はオープン・ワーク・スペースの拡大し、従業員のプライバシー空間を限定することで、職場環境の透明性を高めてきた。

 バーンスタインには、透明性の高い開放的な職場環境では、透明性の低い閉鎖的な職場環境よりも組織のパフォーマンスは向上するのだろうか、という問題意識があった。それを調査した成果をまとめた論文が、“The Transparency Trap,” HBR, October 2014.(邦訳「『ガラス張りの職場』に潜む罠」DHBR2015年3月号)である。この論文は、2014 年のマッキンゼー賞候補にもなった。

 バーンスタインの調査によると、透明性の低い作業環境のほうが、従業員はプライバシーが確保された特定のゾーン内で新しいアイデアやアプローチを試すことができ、パフォーマンスが向上することがわかった。ある程度オープンであることを抑制し、従業員のプライバシーに境界を設けて透明性を低くした職場環境のほうが、創造性を発揮する活発な従業員を生み出すという「透明性のパラッドクス」が生じたのである。

 組織はすべてをオープンにするのではなく、4つの境界から成るプライバシー・ゾーンを設けることにより、創造性と生産性の向上を可能にする。4つのゾーンとは、チームの周り(注目ゾーン)、フィードバックと評価の間(判断ゾーン)、決定権と改善権の間(余白ゾーン)、そして設定された期間(時間ゾーン)である。

 バーンスタインは、職場環境の透明性を限定し、透明性とプライバシーのバランスをとることにより、組織は革新的な行動を促進し、生産性を向上させることができると主張する。

 バーンスタインは、“The Truth About Open Offices: There Are Reasons Why They Don't Produce the Desired Interactions,” with Ben Waber, HBR, November–December 2019.(邦訳「オープンオフィスの理想と現実」DHBR2020年3月号)でも、職場環境の透明性を求めるオープン・ワーク・スペースの是非を論じている。

 スペースを壁で区切ったキュービクルな旧態の職場環境から、従業員が自由かつ柔軟に活動できるオープンなコワーキング・スペースを採用する企業が増えている。その結果、従業員同士をより身近な存在にして、相互のコミュニケーションやコラボレーション作業が容易になったと言われている。

 スラック(Slack)やマイクロソフト・チームスなどのエンタープライズ・ソーシャルメディアは、オフィスに設置されるウォータークーラーの近くで交わされる会話に取って代わり、人々はよりつながりやすくなった。また、ズーム、ゴートゥーミーティング(GoToMeeting)、ウェブエックス(Webex)などのバーチャルミーティング・ソフトウェアは、対面式の会議に取って代わるほど存在価値を高めている。

 建築と換気の技術的進歩により、多数の人々を収容できる高層オフィスビルの建造が実現可能になっても、オフィス内のコラボレーションにはそれほど急速な変化はなかった。コラボレーションとは2人以上の個人間の相互作用であり、共同作業を行うためのオフィスを設計することは容易ではない。

 オープンなコワーキング・スペースは、より積極的なコラボレーションを実現するために生まれた。だが実際には、オフィスデザイナーの期待やビジネスマネジャーの要望とは反対の行動を生み出していることが、調査を通じて明らかになった。

 バーンスタインが研究プロジェクトのために観察した多くの職場では、オープンなコワーキング・スペースの構造は、個人間の相互作用をほとんど生まないか、ほとんど意味のない相互作用にとどまっていた。

 この論文では、これら意図しない結果について説明したうえで、従業員がどのようにコラボレーションしているかを明らかにする実験を実施する際のガイダンスを提供し、最適なワーキングスペースのあり方と、そのために必要なテクノロジーを紹介している。

自主管理型組織は
コラボレ-ションに有効なのか

 近年、フレデリック・ラルーが著したReinventing Organization, 2014.(邦訳『ティール組織』英治出版、2018年)が話題となり、自主管理型組織であるティール組織に関心が寄せられている。

『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌で展開された自主管理組織に関する議論としては、ゲイリー・ハメルによる、“First, Let’s Fire All the Managers,” HBR, December 2011.(邦訳「マネジャーをつくらない会社」DHBR2012年4月号)が有名である。

 バーンスタインは、“Beyond the Holacracy Hype: The Overwrought Claims—and Actual Promise—of the Next Generation of Self-Managed Teams,” with John Bunch, Niko Canner, and Michael Lee, HBR, July–August 2016.(邦訳「ホラクラシーの光と影」DHBR2016年12月号)を通して、ブライアン J. ロバートソンが2007年に提唱した自主管理型組織の一形態である「ホラクラシー(holacracy)」の効果について、その正否を問うた。

 ホラクラシーとは、意思決定の権限を個人ではなく「サークル」と呼ばれる流動的なチームに持たせ、経過や結果の責任(Role)を担わせる組織形態を意味している。

 ホラクラシーの支持者は、上司がいないフラットな職場環境が従業員の役割を明確にし、柔軟性、関係性、生産性、効率性を促進するとして歓迎する。一方、批判者は、ホラクラシーは意思決定の責任の所在や業績評価を曖昧にした、単に非現実的な実験にすぎないという見方をしている。

 ウォーレン・ベニスやヘンリー・ミンツバーグは、ヒエラルキーを重んじる官僚主義へのアンチテーゼとして「アドホクラシー(adhocracy)」を提唱した。アドホクラシーとは、複雑で変化の激しい環境に適応(adaptive)、創造(creative)、柔軟(flexible)に統合(integrative)した行動をとる組織を意味する。

 だがバーンスタインは、業務の確実性と環境の変化への順応性という視点に立ち、自主管理組織を採用している、いくつかの組織を対象にした複数年にわたる研究成果から、いずれの見解もまったく正しくないと主張した。

 業務の確実性を高めれば、厳格なルールによる組織の硬直化と官僚主義が生まれる。それに対して、環境の変化への順応性を高めれば、部分適応が進み、集中と規模が生み出すレバレッジ効果が失われ、経営が迷走する。業務を遂行するうえでは、確実性と順応性のバランスのあり方が問題となる。

 企業がマクロレベルの経営課題に直面したとき、たとえばサプライチェーンの大胆な変革を求められる状況では、ホラクラシー型の現場レベルの小さな成果を積み重ねるだけでは十分ではない。複数の観点を統合し、思い切った見直しが必要となる。

 そのためバーンスタインは、ホラクラシーのような自主管理型組織は、組織の適応性と機敏性を高めるのに確かに有効であるが、全社的に採用すべきではないと主張した。企業組織が「ティール組織」へと進化していくことについても、否定的な見解を述べている。

 自主管理組織を部分的に導入することには肯定的である。ただし、階層構造を持つ従来型の組織をリードできるだけでなく、自主管理型組織という新たなマネジメント手法の価値を見抜いてリードできる、洞察力を持ったリーダーの必要性を論じている。

「ジョブ理論」を実践する

 クレイトン M. クリステンセンは著書、Competing Against Luck, With Karen Dillon, Taddy Hall and David S. Duncan, 2016.(邦訳『ジョブ理論』ハーパーコリンズ・ジャパン、2017年)の中で、ジョブについて紹介している。

 クリステンセンは、ジョブを「ある特定の状況で人が遂げようとする進歩」と定義した。たとえば、顧客がミルシェイクを買う理由を調べると、ある人は通勤中の時間つぶしとして、ある人は子どもにシェイクは買ってあげる優しい父親の気分を味わうためだった。これでは、ミルクシェイクそのものに一般的な改善を施したところで、通勤者にも父親にも響かない。顧客は「特定の商品を購入するのではなく、進歩するために、それらを生活に引き入れる」とクリステンセンは述べている。

 前述の通り、バーンスタインはHBSのファカルティメンバーになる直前、消費者金融保護局(CFPB)でCSO兼PIOを務めた経歴がある。実は、そのときのエピソードが、『ジョブ理論』に詳しく取り上げられている。

 CFPBは2010年9月、リーマン・ショックから続く景気後退と新たな金融危機に対応する目的で設立され、消費者保護を目的に、銀行、証券会社、クレジット会社、住宅ローン・サービス会社など多様な金融機関を管轄する。

 金融危機で消費者金融が続々と破綻した原因の一つは、金融機関がそれぞれ縦割り組織で運営され、権限と責任の断片化にあったと言われている。そのため、組織で権限の一元化をはかることがCFBPの目的であった。そのうえでCFPBのジョブは、既存の縦割り組織と権限に関して抗争することではなく、「消費者金融問題が顕在化する前に把握し、問題解決はかるツールを立ち上げること」であるとした。

『ジョブ理論』でバーンスタインは、CFPBが毎週定期的に行う政策委員会で片づけるべきジョブの一つに的を絞り、ジョブの確認を行った。そして、ジョブに対処するツールをどう使うか、時間とともにツールをどう変えていくかについて、出席者全員の専門知識や意見を出し合いながら解決に導いたと、当時を振り返って述べている。

 組織行動に関して、バースタインの研究から導かれる一連の主張は一貫して現実的である。その理由は、彼の実務者が積み重ねた豊富な経験が大きく作用しているのではないか、と思われる。

[注]同志社大学では「アーモスト大学」と呼称している。