2001年9月11日、ローガン国際空港を発った航空機2機がハイジャックされ、世界貿易センターに突っ込んだ。この恐ろしいテロ攻撃は、多くの命を奪い、何千もの家族を悲劇に陥れた。

 私が経験したことはそれには及びもつかないが、私の人生もキャリアも打ち砕かれた。ローガン国際空港のセキュリティに欠陥があったとメディアや政治指導者らから非難された。辞職を余儀なくされ、9.11の被害者の遺族から不法死亡で訴訟を起こされた。

 国の同時多発テロに関する独立調査委員会(9.11委員会)は最終的に、ローガン国際空港のセキュリティは他の空港と違いはなかったと判断し、連邦裁判所は係争中の訴訟について、空港の免責を認めた。

 しかし、手遅れだった。17歳で大学進学のためボストンに移住してから私が築いた、勤勉で賢明で、成功を収めた「バージニア・バッキンガム」は消えた。

 数年後、私は大都市圏の日刊紙の社説面のライターという、まったく異なる道を歩み始めた。あるメンターが、私は「完全な復活」を果たしたと言ってくれた。

 その仕事を数年続けた後、民間企業に移り、コミュニケーションと戦略的スキルを活かして広報活動に従事している。現在は、フォーチュン500社の経営幹部数百人の一人だ。

 だが、「復活」というのは間違った表現だとわかった。私はけっして同じ道には戻れないだろう。しかし、やりがいのある新しい道を見つけた。

 乗り越えられないように思える挫折に直面しているときは、シンプルなことをいくつか心に留めておけば乗り越えることができると覚えておいてほしい。