アジリティに必要な3つ目の資質は、究極の柔軟性と、それに伴う動きの幅広さだ。

 偉大なダンサーは、普通の人間には不可能な姿勢や位置に体をねじることができる。これが柔軟性だ。

 しかし、それだけでなく、広い可動域も必要だ。身体を小さくすることもできれば、自分がいる空間を占領して実際より大きく見せることもできる(たとえば、ニューヨークのリンカーンセンターで舞台の端から端まで跳躍する、小柄な女性ダンサーのように)。

 経営者の場合、方向転換だけでなく、アイデアの出し方、アイデアが出てくる場所、問題解決に用いる専門性にも柔軟性が求められる。さらに、引き際や前進すべきタイミングを見極めるためには、可動域の広さが必要になる。

 IBMは、この資質に秀でている。コンピュータの売上げが急速に減少するという現実に直面したIBMは、自社のワトソンの技術を活用して、サムスン、ビザ、H&Rブロックなどと提携し、クラウドコンピューティングの分野に進出した。

 アジリティの4つ目の資質は、自分が進みたい方向を理解していることだ。

 ダンサーなら誰もが知っているように、演目を正しく踊るためには、頭の中で少なくとも音楽の1拍先を考える。つまり、常に次の動きを予測しながら、熟慮して動くのだ。

 ただし、60秒先や30秒先の動きを予測するという意味ではない。そのような意識が働くと、いま、この瞬間の踊りから離れてしまう。そうではなく、次のステップの、ほんの少し先を考えるのだ。

 自分が進みたい方向を理解している経営者は、向こう3年間の計画はないとしても、最終的に到達したい明確なビジョンがある。

 シンガポールのDBS銀行は、ビジョンを作成して短期間で実現した好例の一つだ。ピユシュ・グプタCEOは、シンガポールだけでなく東南アジア、インド、中国に進出して地域のビッグプレイヤーになろうと決めた。

 同社の経営陣はさらに、社内のシステムを一貫させ、1000以上の手法で顧客サービスのパフォーマンスを測定することにより、業務と顧客サービスを改善するという目標を設定した。最終的な目標は、顧客がさまざまなサービスを受ける際の待ち時間を1000万時間、短縮することとした。

 DBSは2018年に『ユーロマネー』誌の「ベスト・バンク・オブ・ザ・イヤー・グローバル」と「ベスト・バンク・イン・ザ・ワールド」を受賞。2019年には「ワールド・ベスト・バンク」に輝いている。

 アジリティは、肉体的あるいは精神的な限界を超えて、自分を追い込むことではない。

 たしかに、プロのダンサーと同じように、企業のトップアスリートになるためには、信じられないほどの努力と献身が必要だ。しかし、一流のダンサーは、肉体と精神には限界があることを知っている。その限界を超えて無理をさせても、疲労困憊し、あるいは怪我をするだけで、アジリティとはほど遠い。

 ビジネス環境が長時間労働を強いる中でアジリティを育てるためには、経営者が十分な休息と適切な栄養を重視するところから始めよう。容赦なく走り続けても、アジリティは生まれない。

 経営者がバレエシューズを履き、舞台の端から端まで跳躍できるように練習するという話ではない。しかし、バレエの世界は、アジリティを明確かつ具体的に定義して、それを達成するための方向性を教えてくれる。


HBR.org原文:Lessons in Agility from a Dancer Turned Professor, April 06, 2020.


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