『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年5月の注目著者は、ボストン大学准教授のアンドレイ・ハジウ氏です。

プリンストン大学在学中、
日本のRIETIでも研究に努める

 アンドレイ・ハジウ(Andrei Hagiu)[注1]は1978年、ルーマニアのヤシ(Iasi)に生まれた。現在42歳。ボストン大学クエストロム・スクール・オブ・ビジネス准教授で、主な研究分野は産業組織論や行動経済学である。

 ハジウは特に、マルチサイド・プラットフォーム・ビジネスモデルについて多数の研究論文を発表しており、同大学の学部およびMBAコースで「プラットフォーム戦略」の講義を担当する。

 ハジウはエコール・ポリテクニークで数学と経済学を専攻し、1999年に学士課程を修了すると、修士課程は国立経済統計行政学院(ENSAI Paris: École nationale de la statistique et de l'administration économique)に進学した。その間、1999年の夏には、東京のフランス大使館で行われたアジア各国の金融政策について学ぶサマーインターンシップに参加した。

 2000年にENSAI Parisで経済学の修士号を授与されたハジウは、その中でもミクロ経済学と産業組織論に深い関心を持つようになった。そして同年、プリンストン大学の博士課程に進学し、経済学を専攻した。

 ハジウは2004年3月に博士論文を提出したが、その年の1年間、指導教員の薦めで経済産業研究所(RIETI)の研究員(Fellow)に応募し、東京で日本の産業について研究している。そして、東京滞在中に応募したハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に採用が決まり、ハジウは2005年から戦略ユニットの助教授としてHBSのファカルティ・メンバーとなった。

 なお、産業組織論を専攻した博士課程での研究課題は、ハイテク産業の産業構造における価格政策や規制の問題であった。博士論文のタイトルは、“Platforms, Pricing and Commitment in Two-Sided Markets”( ツー・サイド・マーケット〔両面市場〕のプラットフォーム、価格設定、そしてコミットメント)である。

 ハジウはRIETIにおいても、日本のハイテク産業におけるプラットフォームを研究した。その成果をまとめた論文として、“Multi-sided Markets and Japan’s High-Tech Industries”, RIETI Report 48, Oct.1, 2004.(後藤晃・児玉俊洋編「第6章マルチサイド・ソフトウエア・プラットフォーム『日本のイノベーション・システム』東京大学出版会、2006年)などがある。

ツー・サイド・プラットフォーム戦略とは何か

 マルチサイド・プラットフォーム、あるいはツー・サイド・プラットフォームに関する理論的な検討は、アマゾン・ドットコムやフェイスブックが台頭した2000年以降、学界で盛んに行われようになった。

 HBSのトーマス・アイゼンマン(Thomas Eisenmann)は、それまでの先行研究をレビューして、“Strategy for Two-Sided Markets,” with Geoffrey Parker and Marshall W. Van Alstyne , HBR, October 2006.(邦訳「ツー・サイド・プラットフォーム戦略」DHBR2007年6月号)を『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に寄稿した。

 アイゼンマンは1983年にHBSでMBA取得後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにコンサルタントとして11年間在籍し、1998年にHBSでDBAを授与されたのちに同校の教員となった。現在はHBSの起業家マネジメント・ユニットに所属して、テクノロジー・ベンチャー起業家論を主に研究し、ハワード H. スティーブンソン記念講座教授を務める。

 アイゼンマンとハジウは共著で、“A Staged Solution to the Catch-22,” HBR, November 2007.(未訳)をHBR誌に寄稿している。この論稿は、ハジウがHBR誌に名を連ねた最初の作品である。

 ツー・サイド・プラットフォームとは、たとえばクレジット・カード会社の例で述べると、カード保有者と加盟店という異なる2種類のユーザーグループを結びつけるサービス機能を果たしており、2種類のユーザーグループ間の取引を促すネットワークと利用ルールを提供するプラットフォームである。

 プラットフォームには、ネットワーク効果と呼ばれる外部性がある。一方のユーザーグループの価値は、もう一方のユーザーグループのクリティカルマスに達するまでの規模によって決まる。そのためツー・サイド・プラットフォーム企業にとっては、双方に価値が生まれない限り、利益を生み出せないというジレンマに陥ることになる。

 論文のタイトルにあるCatch-22とは、米国空軍の軍務規則の条項名で、精神障害を理由に除隊を申し出ても「自分のことを精神障害と判断できるということは、精神障害ではない」と判断され、除隊できずに悩むことを指す。ここから派生して、不条理な規則に縛られて、にっちもさっちもいかないジレンマに陥ったことを指す例えである。

 アイゼンマンとハジウの主張は、ツー・サイド・プラットフォームに参入しようとする企業がジレンマに陥るのを回避するためには、あらかじめ段階的アプローチを採用すべきということである。

 たとえば、グーグルの発展を見ると、当初は今日の広告収入モデルを指向するのではなく、ヤフーやその他の検索ポータルに対して高速ロボット型検索エンジンによる検索結果を提供するベンダー企業であり、同社の収入はそれらの企業から得るライセンス料であった。そして、グーグルにアクセスするユーザーが広告価値を持つ一定規模に達したとき、広告主にサービスを提供するツー・サイド・プラットフォームのビジネスモデルへと段階的に移行していったことは、広く知られている。

 グーグルだけでなく、書籍販売から始まったアマゾン、学生同士の交流の場として始まったフェイスブックなどにも同様の移行が見られる。ツー・サイド・プラットフォームを指向して成功した企業の発展を見ると、いずれも段階的アプローチを採用してきたことがわかる。

 ただ、大きな成功を収めた企業がある一方で、ツー・サイド・プラットフォームを指向したものの失敗した事例も数多く散見される。アイゼンマンとハジウは、これまでに成功したプラットフォーム戦略を研究することで、企業は新たなチャレンジをヘッジすることができると主張した。

トイザらスは、なぜ破綻したのか

 米国のトイザらスは2017年、チャプター・イレブン(連邦倒産法第11条)を申請した。だが2018年3月、同社は最終的に再建を断念した。

 ハジウが2009年にHBR誌に寄稿した、“What’s Your Google Strategy?” with David B. Yoffie, HBR, April 2009.(邦訳「あなたの会社の『グーグル戦略』を考える」DHBR2009年8月号)は、まるでトイザらスの倒産を予想していたかのように、「トイザらスの犯した戦略判断ミス」から始まる。

 玩具のオンラインマーケットプレイスであったイートーイ(eToy)がクリスマスの配送問題で破綻したが、玩具業界にとってオンライン販売は永年の課題であった。トイザらスは2000年、マルチサイド・プラットフォーム(以下MSP)を展開するアマゾンと10年間の独占販売契約を締結し、オンライン販売への参入を果たした。しかし、同社は大きな損失を被った。

 アマゾンとの契約は、なぜ失敗だったのか。その理由は、売れ筋のヒット商品に注力する「ショート・テール」戦略のトイザらスに対して、すべての顧客ニーズを満たす「ロングテール」戦略を志向するアマゾンが、トイザらス以外のベンダー企業に多様な玩具やゲームを販売させたからである。

 MSPとは、タイプの異なるユーザーグループを繋いで、取引を促すネットワークインフラの提供することと、ベンダー企業とエンドユーザー間のインターフェースやルールをコントロールすることで、価値を引き出すことを目的としている。

 一般の企業にとって、MSPとの契約は諸刃の剣である。MSPを活用することは、顧客へのリーチや受注、製品の配送サービスの効率化によって取引費用を大幅に削減し、利益を生みだすことできる。ただし、ベンダー企業のビジネスの成功を保証するわけではない。MSPは、ベンダー企業が成功すると競合企業を招き入れて、あるいは垂直統合して、みずからの利益の最大化を図る可能性もあるからだ。

 ハジウは、一般企業がオンライン販売に乗り出す際にプラットフォーム戦略を策定するうえで、3つのステップを提案する。

 第1に、既存のMSPを利用するか、独自のプラットフォームを構築するか、あるいは、その両方を組み合わせた形態を採用するか、第2に、既存のMSPの利用は1つに絞るか、競合するMSPを並列的に利用するか、第3に、利用するMSPを決定したら、MSPの力を抑制してリスクを軽減する契約条件を考察し、同じプラットフォーム上で展開する競合企業と差別化する方法を検討することである。

「明日のグーグルは、今日のグーグルとは違う」。企業はMSPの利用に関して、慎重になるべきである。プラットフォーム戦略で最も犯しやすい過ちは、契約条件が現在および将来のパワーバランスに与える影響を分析せずに、MSPにとって有利な契約条件を認めてしまうことにあると、ハジウは警鐘を鳴らした。

GAFAを超える
プラットフォーム企業になるために

 イーベイ(eBay)は、最も成功したMSPの一つであり、低コスト構造で高収益を誇る。ハジウは、“Do You Really Want to Be an eBay?” with Julian Wright, HBR, March 2013(未訳)を通じて、自社がMSPになるための方法を論じている。

 MSPは、商品を仕入れて販売するリセーラーではない。そのため、クリティカルマスに達する規模の買い手と、多様な商品を提供するサプライヤーであるベンダー企業の出店が必要である。どのようにして買い手を増やし、ベンダーの出店を促すべきか。ハジウは成功と失敗の事例を挙げて、MSPとして成功する方法を提言した。

 MSPのマーケットプレイスがクリティカルマスに達すると、ネットワーク効果が発動し、より多くの買い手とベンダー企業の参加が相次ぎ、成長の軌跡が指数関数的な上昇カーブを描き始めるようになる。しかし、MSPが成功するためには、ネットワーク効果だけでは不十分である。

 ハジウは、“Network Effects Aren’t Enough,” with Simon Rothman, HBR, April 2016.(邦訳「マーケットプレイス:4つの落とし穴」DHBR2016年10月号)で、その要因を分析した。

 ハジウは、マーケットプレイスを脅かすリスクとして、「急激な成長」「信用と安全性」「仲介飛ばし(disintermediation)」「規制」という4つのリスクを挙げた。そして、イーベイ、レンディングクラブ、エアビーアンドビーなど企業の事例を挙げて、これらのリスクを回避するための実際的な方法を提言している。

 ハジウは2017年、“Finding the Platform in Your Product,” with Elizabeth Altman, HBR, July-August 2017.(未訳)を寄稿した。その中で、一般企業が自社の製品事業をMSPに転換するためのプロセスとシナリオを提示した。

 企業は第1に、自社の製品事業をMSPに変革するメリットがあるか、第2に、MSPになることのリスクは何か、第3に、変革に必要な経営資源やリレーションシップ、組織構造をどう変更すべきかを自問すべきである。ハジウはそのうえで、サードパーティを巻き込むシナリオや顧客をつなぐシナリオなど、製品事業をMSPに変革するための4つシナリオを提示した。

 現代社会はデジタル通信技術によって、個人の日々の行動が大量のデータとなる。そして高速処理と人工知能による解析により、顧客ターゲットに合わせてデータをカスタマイズすることが可能になった。その結果、GAFAのようにネットワーク効果とデータ学習の好循環を持つ企業は、持続的な競争優位性を築いた。

 ハジウは、“When Data Creates Competitive Advantage,” HBR, January-February 2020.(邦訳「顧客データを競争優位につなげる7つの問い」DHBR2020年5月号)で、ネットワーク効果を持たない企業であっても、データ学習に7つ要素を持たせることで、持続的競争優位に結びつけることができると主張している。

 ハジウが指摘した7つの要素とは、(1)付加価値の可能性、(2)限界利益の継続性、(3)陳腐化の困難性、(4)代替困難性、(5)模倣困難性、(6)活用適応性、(7)即応性である。それぞれの詳細は、論文を参照されたい。

ルーマニア人が見ようともしなかった夢を見る

 ルーマニア第2の都市ヤシの地元紙である“Ziaru de Iasi”[注2]が、フランスのグランゼコールで修士号、米国のプリンストンで博士号、そしてハーバード大学の教員になったハジウにインタビューした記事を掲載した。そのタイトルは、「若いルーマニア人がけっして見ようともしなかった夢を、どうして実現したのか」である。

 ハジウは、ヤシの中等教育学校エミール・ラコビタ・カレッジの8年生を修了した14歳のとき、ゲオルゲ・アサキ工科大学教授を務めていた父のビクター・ハジウと、医学研究者である母の薦めでフランスに留学し、以後、祖国ルーマニアを意識しないボーダレスな人生が始まった。

 ハギウは、パリの中等教育学校コレージュに編入し、修了後はフランスで著名な予備校の一つであるルイ・ル・グラン(Louis-le Grand)のグランゼコール準備級に進学した。そこで2年間学んだ後、1996年には、フランスで最も権威あるグランゼコールのエコール・ポリテクニークに進んだ。

 ハジウは、自分に最高の機会を与えてくれた父母に対して、次のような感謝の言葉を述べている。

「私は、教育、精神、肉体、道徳のバランス、社会での行動、忍耐、そして絶え間ない改善の欲求について、常に努力してきた両親がいたことを誇りに思う。母親からは、学校でよい成績を取ること以上の知性が必要であることを学びました。父親のおかげで、理想と調和のとれた身体、そして知的な自律を求める情熱を身につけることができました」

[注1]アンドレイ・ハギウという表記もある。
[注2]“Ascensiune Formidabila(壮大な進化),” Ziarul de Iasi, 02/04/2008.