以上のような、政治権力とテクノロジーが結び付いた東アジア流の手法は、公衆衛生上の危機が急激に高まる状況下で求められる3条件、すなわち(1)規模、(2)スピード、(3)強制力を満たす。欧米の民主主義国が、これと同じような手段を用いずに東アジア諸国に比肩する成果を上げるのは、おそらく不可能だろう。

 上記3条件は、欧米社会に定着したリベラルな価値観(プライバシーへの期待、本人の承諾、個人の権利の尊重など)と根本的に相容れないと考えられる。BBC(英国放送協会)の報道では、イスラエルは隔離を強制するために非常権限を発動し、個人の権利を実質的に留保したという。

 ロイター通信によると、本稿発表時点において、米国では少なくとも3つの地方政府がMITの開発した追跡アプリの採用を検討している。

「プライベートキット(PrivateKit)」と呼ばれるこのアプリは、暗号化、オープンソース技術、ブルートゥースを組み合わせて、ユーザーの自主性を守るとともに、収集対象を一部のデータに限定している。ダウンロードは任意であり、どの程度のスピードと規模で新型コロナウイルス感染症対策に採用されるかは、現在のところ未知数だ。

 MITが主導する別のチームはPACT(Private Automatic Contact Tracing)プロトコルを開発した。これもまたブルートゥースを用い、個人情報の流出を防ぎながら追跡を実現するものである。

『ニューヨーク・タイムズ』紙の記事には、グーグルとアップルが協力して、世界中の何十億ものスマートフォンに、ユーザーの事前許可を得たうえで追跡を実行するソフトウェアを組み込む予定だとある。

 ただし、これらのテクノロジーが効果を発揮するには、コンプライアンスが徹底していなくてはならない。米国では政府が命令しない限り、たとえプライバシー保護が万全であっても、追跡アプリを万人が自主的に利用するとは想像し難い。

 新型コロナウイルス感染症の危機は、将来の定常状態を示しているのかもしれない。次なるパンデミックにどう対処するかの判断は、社会によってまちまちだろう。

 欧米型の民主主義国はいまこそ、パンデミック発生時に、個人のプライバシーと公共の安全をどう天秤にかけるかをめぐる価値観を問い直すか、あるいは両方を守るために技術イノベーションと政策立案を加速するか、いずれかを実践すべきである。


HBR.org原文:How Digital Contact Tracing Slowed Covid-19 in East Asia, April 15, 2020.


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