テクノロジーの導入

 テクノロジーをうまく活用してコンタクト・トレーシング(感染・接触者の追跡)を実施している国の経験に基づくと、最初の一歩として欠かせないのは、追跡アプリのスマートフォンへのインストールを推奨することである。強制であれば、いっそう望ましい。

 東アジア諸国の実情は、自主性に任せるというより強制に近い。効率性と政府の実利志向で知られるシンガポールでは、政府が市民に「トレース・トゥギャザ(TraceTogether)」というアプリのインストールを奨励した。

 近距離にいるスマートフォン間のブルートゥース信号による通信を可能にするこのアプリは、人間の曖昧な記憶を頼る、古くからの時間のかかる追跡手法の現代版といえる。『日経アジアンレビュー』が伝えるところでは、政府の世論調査では、回答者の70%超がこの施策を支持したという。

 同じく新型コロナウイルス感染症の封じ込めに成功していると見られる香港は最近、全入境者を14日間の強制隔離の対象にした。

 実効性を確保するために政府は、各人に「ステイホーム・セーフ(StayHomeSafe)」アプリのダウンロードを義務付け、違反者を特定できるよう、ジオフェンシング技術に対応したタグ付きリストバンドを装着させた。さらに『クオーツ』によると、違反者には最大6ヵ月の禁固および3200ドルの罰金を課すと警告したという。

『ワシントン・ポスト』紙の報道では、感染抑制をめぐる動きがいっそう目覚ましい韓国では、政府の追跡努力を生ぬるいと受け止める人が多く、それを補うアプリを民間が率先して開発したという。

『マーケット・ウォッチ』は、「コロナ100m(Corona 100m)」というアプリは韓国国内でわずか数週間に100万回以上もダウンロードされ、「レビューは絶賛の嵐」だと伝えている。このアプリは政府の公表資料からデータを収集し、ユーザーの周囲100メートル以内に新型コロナの陽性判定を受けた人がいる場合に警告を発するほか、陽性者の診断日、国籍、年齢、性別、経由地といった情報を伝達する。

 類似アプリの「コロナ・マップ(Corona Map)」は陽性者への接近を避けたいユーザー向けに、地図上に陽性者の居場所をプロットする。ダウンロード数は国内第2位だという(『ビジネス・インサイダー』調べ)。

 やはり新型コロナウイルスの封じ込めで称賛される、民主主義が十分に開花した台湾は、隔離を徹底するために携帯電話による追跡を最初に導入した国だとされる。隔離対象者に毎日2回ずつ電話をかけて、自宅に電話を置いたまま外出していないかを確認しているというのだ。

 モバイル機器を用いた感染症関連の追跡は少なくとも10年前から実施されており、その先駆けはケンブリッジ大学で2011年に自主開発された「フルフォン(FluPhone)」というアプリである。だが、この種の追跡ツールの導入率は、国や地域によって著しい開きがある。

 たとえば『ワイアード』によると、ケンブリッジにおけるこのアプリの普及率は1%に満たず、東アジアでモバイルアプリによる追跡が広く活用されている現状とは対照的である。欧米の民主主義国では、プライバシーや市民の自由をめぐる懸念が、この種のテクノロジーを国内展開するうえで大きな障壁になりかねず、フルフォンの普及が低調な原因もここにあるのかもしれない。

 民主主義諸国のあいだでさえ、追跡テクノロジーを人々が自発的に取り入れる度合いには、国ごとに明確な差がある。しかし、普及が進まない限り、追跡の努力は実を結ばないだろう。