●学習することが重要である

 正しく対策を実行するためには、それまでの成功と失敗から素早く学習し、それに応じて行動を改めなくてはならない。比較的早期に感染の封じ込めに成功した中国、韓国、台湾、シンガポールから学ぶべき教訓もあるが、成功事例はもっと身近なところにもある。

 イタリアの医療システムは分権化が進んでいるため、新型コロナウイルスに対してどのような対応を取ったかは、地域によって違った。特に注目すべきなのは、ロンバルディア州とヴェネト州の違いだ。この2つの州は地理的に隣接していて、社会的・経済的な状況もよく似ている。

 欧州でも有数の裕福で経済的に発展している地域のロンバルディア州は、新型コロナウイルス感染症の打撃がことのほか大きかった。3月26日の時点で、人口1000万人の州で3万5000人近い感染者と5000人の死者が発生している。

 ヴェネト州の状況は対照的だ。初期には感染地域が拡大し続けた時期もあったものの、人口500万人の州で感染者は7000人、死者は287人にとどまっている。

 両州の状況は、政策当局がコントロールできない要因にも影響を受けている。たとえば、ロンバルディア州のほうがより人口密度が高く、最初に発生した感染者が多かったことなども作用した。しかし、次第に明らかになってきたように、感染が拡大し始めた時期に両州が行った公衆衛生政策上の選択も影響している。

 具体的に言うと、ソーシャル・ディスタンシング(社会的距離)と店舗休業に関して両州のアプローチに大きな違いはなかったが、感染の封じ込めに向けてより積極的な措置を講じたのはヴェネト州だった。同州が採用した戦略は多方面にわたった。たとえば、以下のようなことを行った。

・早い段階で、症状のある人だけでなく、症状のない人も対象にして大々的に検査を行った。

・感染している可能性のある人を積極的に追跡した。検査で陽性が明らかになった人がいれば、家族や周囲の人たちもすべて検査した。検査キットが足りない場合は、自宅待機を指示した。

・自宅での診断と治療を重視した。可能な場合は常に、患者の自宅で検体を採取し、それを地域の大学のラボで解析した。

・医療従事者や、そのほかの必要不可欠な仕事に携わっている人たちを徹底的にモニタリングし、その安全を守るよう努めた。医療従事者以外では、たとえば、リスクの高い人と接する人たち(高齢者施設の職員など)、不特定多数の人と接する職種の人たち(スーパーマーケットの店員や、薬局の従業員、児童保護・高齢者保護に関わる人たちなど)が対象だ。

 一方、ロンバルディア州は、中央政府の公衆衛生当局が示した指針に従い、検査に関してより抑制的なアプローチを選択した。これまでに実施した検査の件数は、対人口比でヴェネト州の半分にとどまる。発症者の治療に専念し、感染者の積極的な追跡や、自宅での療養とモニタリング、医療従事者の保護にはあまり力を注いでいなかった。

 ヴェネト州が実施した一連の対策は、医療機関の負担を軽減し、また、医療機関への感染拡大を最小限に抑えるうえで大きな効果があったと考えられている。対照的に、ロンバルディア州の医療機関は、そのような問題が原因で大きなダメージを被った。

 ほかの面では似通った地域でありながら、当局が選択した対策の違いによって状況に違いが生まれたのだ。もっと早い段階で、この事実から教訓を引き出すこともできたはずだ。

 ヴェネト州で得られた知見に基づき、ほかの地域や中央政府も対策を見直してしかるべきだった。しかし、ロンバルディア州などが「ヴェネト方式」を見習い、診断能力の強化支援を中央政府に求めるなどの行動を取り始めたのは、イタリアで感染爆発が起きてから丸1ヵ月経ったあとだった。

 新しい知識を浸透させることは、官民問わず、しばしば簡単でない。しかし、新型コロナウイルス問題でさまざまな対策が試みられることを通じて得られた知識を拡散させることは、目下の最優先課題と位置づけるべきだ。

 一部の科学者は、いまの状況について、世界の国々がそれぞれ別々に「車輪を再発明」しようと試みているという比喩を用いる。つまり、ほかの国の取り組みを参考にせず、非効率な努力をしているというわけだ。

 この状態から脱却するには、どの対策が有効かを国家間で(そして政治指導者同士の間で)競い合っているかのような発想を抱くのではなく、世界各国がそれぞれの対策を試みている状況を「実験」と位置づける必要がある。

 ほかの国の結果から学ぶ姿勢と、それを可能にするシステムや手続きを持たなくてはならない。それも、できる限り迅速で、効果的な学習を行う必要がある。こうしたアプローチの重要性は、いまのように不確実性が高い時期には、ひときわ大きい。

 とりわけ重要なのは、どのような方策がうまくいかないかを知ることだ。成功した取り組みに関する情報は、それを実行したリーダーが熱心に宣伝するので広まりやすい。しかし、失敗例は、批判を恐れる心理がはたらいて隠蔽されることが多い。表面に出てくる場合も、システムそのものの問題ではなく、あくまでも個別の事情が失敗の原因と位置づけられる。

 感染が広がり始めて間もない頃、ロンバルディア州のある病院を通じて、周辺地域での感染拡大が加速した可能性がある。その病院で新型コロナウイルス感染症の患者が正しく診断されず、隔離もされなかったのだ。

 イタリアの首相はメディアに対し、その特定の病院の管理体制に問題があったと語った。しかし、この出来事の背景にはより根深い問題が潜んでいる可能性があると、次第にわかってきた。個々の患者を治療することを主たる目的に組織された医療機関は、感染症拡大期に必要とされる、地域コミュニティ単位の防疫対策に適した体制が整っていないのだ。