『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、東京都立大学名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年4月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授のジョセフB. フラー氏です。

モニター・グループCEOを経て
ハーバード・ビジネス・スクールの経営実務教授に

 ジョセフB. フラー(Joseph B. Fuller)は1957年生まれ、現在62歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)に10あるアカデミックユニットの一つである一般経営(General Management)に所属する、経営実務教授(Professor of Management Practice)である。また、HBSが推進するイニシアティブの「仕事の未来をマネージする(Managing the Future of Work)」プロジェクトの共同リーダーを務める。

 フラーのプロジェクトでの関心事は、スキルの高い人が休みも取れずに忙しく働く状況である一方、スキルの比較的低い多数の失業者が存在し、働ける者と働けない者が存在する社会的な雇用のパラドックスの「スキル・ギャップ」にある。このプロジェクトを通じて、現代社会に見れる問題の根源的な原因を探求している。

 フラーは経営実務の担当として多くのケーススタディの調査・執筆を行うとともに、MBAプログラムの2年生の「ミドル・マネジメント(Becoming a General Manager)」コースで教鞭を執る。以前は、1年生の「起業家マネジメントコース(Entrepreneurial Manager)」の主任を務めていた。

 なお、HBSの教員を務めるまでは、1983年にマイケル・ポーターと5人のHBS卒業生とともにモニター・グループ(Monitor Group)を創業し、同社は世界的な戦略コンサルティング・ファームに成長した。フラーは1994年から2006年まで、同社CEOを務めている。

 フラーは、寄宿制予備校(prep boarding school)として著名はクランブルック・スクール(Cranbrook school)からバーバード大学に進学し、1979年に優秀な成績(magna cum laude)で卒業した。その後HBSに進学し、1981年にMBAを取得すると、戦略コンサルティングファームのベイン・アンド・カンパニー(Bain & Company)にコンサルタントとして就職し、1983年にモニター・グループの創設に参加した。

 モニター・グループは、2008年のリーマン・ショック以降の経営悪化により、2012年にチャプターイレブン(米国連邦破産法11条)で倒産した[注]。フラーはその後、いくつかの企業の取締役を兼任しながらHBSの講師(senior lecturer)に奉職し、2015年、同校の経営実務教授に昇任している。教授就任時、フラーは58歳であった。

顧客に最適な物流システムを提言

 フラーの著作には、モニター・グループのコンサルタントとして潜在的な顧客企業への提案と、HBSで多くのケース資料を執筆しながら、同校が推進する経済社会の問題に対する提言という2つに分かれる。

 フラーが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に最初に寄稿した論文は、“Tailored Logistics: The Next Advantage,” HBR, May-June 1993.(邦訳「ビジネス特性に応じたロジスティックスの構築」DHBR1993年9月号)である。同論文では、物流が各業界の顧客企業にとって最適なサービスになれていない問題に着目し、コンサルタントの視点で論じた。

 そこでの問題は、輸送、荷役、保管、在庫管理という複雑な物流機能に特化し、巨大な物流システムに大規模投資をして規模の経済を生み出せば、多種多様な顧客企業を満足させることができると信じることにある。フラーは、巨大で複雑な物流システムは、顧客企業ニーズとは乖離し、サービスが平均化することで、顧客企業によってはコスト高になると指摘した。

 モニター・グループはそのうえで、特性の異なる顧客企業が求める水準と最適なサービス目標を明らかにして物流コストを削減すること、LDB方式(logistically distinct business methods)を採用することを提言している。

 共著者の一人であるリチャード・ローリンソンは当時、モニター・グループの東京オフィス代表を務めていた。その経験から、最適な物流システムの事例として、コカ・コーラ・ボトラーズジャパンによるルート・セールスの仕組みを詳述している。

 コカ・コーラ製品の配送先は、家族経営の小規模の小売店、量販店、コンビニエンス・ストア、街角の自動販売機などさまざまであるが、顧客をセグメント化し、ドライバーは配送先に応じた異なるサービスを提供しているという。たとえば小売店では、ドライバーによる伝票処理や商品棚(冷蔵庫)への配置、自動販売機への補充を行い、量販店やコンビニエンス・ストアでは、立地に応じた配送時間の厳密な管理を行うなど、多様な事例を取り上げた。

 物流システムの効率化は、コスト削減の手段になるだけではない。物流企業にとっては、新たな価値を生み出す重要なツールになることが示唆されている。

株主価値ばかりを重視する
企業と経営者に問題提起を行う

 フラーは2002年、“A Letter to the Chief Executive.” HBR, October 2002.(邦訳「経営者の職務に立ち返れ」DHBR2004年8月号)をHBR誌に寄稿した。フラーは当時、世界17ヵ国に27のオフィスがあり、1000人以上の従業員を抱えるモニター・グループのCEOを務めていた。この「CEOへの手紙」は、CEO在任中に執筆された論文である。

 2000年3月にはドットコム・バブルが崩壊し、多くのベンチャー企業が経営破綻した。また、2001年12月にはエンロンが、2002年7月にはワールドコムが粉飾決算の末に倒産した。粉飾決算の背景には、株価の上下に一喜一憂する、過剰なまでの株主価値重視の経営があった。フラーはこの論文を通じて、将来に向けた経営陣の役割と責任に警鐘を鳴らした。

 フラーが問題として指摘したのは、証券市場の期待に応えようとするあまり、一株当たり利益を上げることに汲々することであった。

 アナリストの言いなりで非現実な利益目標を掲げて、生産力を拡大するために過剰な設備投資を行い、従業員を大量に雇用しながら、利益確保のためのコスト削減を目的に一転して行われる大規模なレイオフ、また株価に連動した経営陣に対する高額な報酬となるストックオプション制度を導入するなど、株主価値重視経営である。

 フラーは、CEOはアナリストのリポートに惑わされることなく、従業員のモチベーションを奮起させ、健全な意思決定を行えば、結果はおのずとついてくるものであると、この手紙を結んでいる。

 また、2004 年のパワー・コンセプトとして紹介された、“Requiem for the Public Corporation:Breakthrough Ideas for 2004,” HBR, February 2004.(邦訳「公開企業の終焉——2004年:パワー・コンセプト20選」DHBR2004年6月号)でフラーは、株式を証券市場に公開して資金調達する株式会社のあり方について、再検討する必要性を示している。

 証券市場に依存する株式企業は、財務状況を開示しなければならない。だが、中小企業の場合、株式を公開しても、自社株の希薄化と機関投資家の関心の希薄さから増資のメリットが乏しい。2003年には、登録を取り消す企業数が過去最高に増加しており、フラーはその状況を問題視していた。

 フラーは、行き過ぎた株主価値経営の問題に関するテキストとして、HBSのH. マイケル・ジェンセン(Michael C. Jensen)教授と共著で、“Just Say No to Wall Street: Putting a Stop to the Earning Game”(ウォールストリートにNo と言おう-利益ゲームにストップを)と、“What’s a Director to Do? (取締役の役割とは何か)”を執筆している。

仕事の未来に関わる多様な課題を考える

 フラーは、HBSが進めるイニシアティブ「仕事の未来をマネージする」プロジェクトの共同リーダーとして調査研究を進めてきた。

 フラーを代表とする研究グループは、情報通信や人工知能(AI)などに代表される急速な技術革新や生産革新、大学への就学構造の変化、従業員の就業意識の変化、高齢化と介護の問題など、仕事の未来に想定される課題は多様である。プロジェクトでは、将来起こりうる6つの要因を提示し、以下に紹介する興味深い報告書を発表している。

(1)自動化やAIなどの技術革新がもたらす仕事の変化

(2)時間や場所の拘束されない新しい働き方の「ギグエコノミー」社会の出現

(3)人口動態の変化と介護負担費用が生み出す「ケアエコノミー」社会の出現

(4)中程度のミドルスキルのギャップを埋める従業員への職業訓練投資

(5)グローバルに才能ある人材へのアクセスと活用

(6)都市と農村地域間の精神的な距離の短縮

 なお、報告書の詳細については、下記を参照いただきたい。

“Bridge the Gap: Rebuilding America's Middle Skills (スキルギャップを埋める:米国の中程度のミドルスキルの再構築)," Report, U.S. Competitiveness Project, HBS, November 2014. (This report was authored jointly by Accenture, Burning Glass Technologies, and Harvard Business School.)

“Managing the Talent Pipeline: A New Approach to Closing the Skills Gap(才能を育てるステップを管理する——スキルギャップを解消する新しいアプローチ),” Report, U.S. Chamber of Commerce Foundation, 2014.

“Dismissed by Degrees: How Degree Inflation Is Undermining U.S. Competitiveness and Hurting America's Middle Class(学位の軽視:学位のインフレが米国の競争力をどう弱め、中産階級を傷つけているか),” Report, October 2017. (Published by Accenture, Grads of Life, Harvard Business School.) 

“Room to Grow: Identifying New Frontiers for Apprenticeships(雇用を拡大する余地:職業訓練の新しいフロンティアを示す),” Report, November 2017. (Published by Burning Glass Technologies and Harvard Business School, Managing the Future of Work.) 

“The Caring Company: How Employers Can Help Employees Manage their Caregiving Responsibilities—While Reducing Costs and Increasing Productivity(思いやりのある会社:雇用主は、コストを削減し、生産性を向上させながら、従業員が家族に果たす介護責任をどのように支援できるか),” Report, HBS, January 2019. 

 フラーは2019年、“Your Workforce Is More Adaptable Than You Think,” with Judith K. Wallenstein, Manjari Raman, and Alice de Chalendar, HBR, May-June 2019.(邦訳「経営者が思うより従業員の適応力は高い」DHBR2019年12月号)を寄稿した。

 この論文は、HBSの報告書として執筆された“Future Positive: How Companies Can Tap Into Employee Optimism to Navigate Tomorrow's Workplace(将来のメリット:企業が従業員の楽観主義を活かして明日の職場をナビゲートする方法),” with Judith K. Wallenstein, Manjari Raman, and Alice de Chalendar, White Paper, May 2019.の調査研究から導き出された提言をまとめたものである。

「仕事の未来をマネージする」プロジェクトでは、ボストン コンサルティング グループと共同で、米国、英国、日本など11ヵ国の労働者を対象とした調査、および8ヵ国のビジネスリーダーを対象に調査を実施した。そこでは、将来的に仕事に影響を与えるさまざまな要因と、仕事の質的な変化に対するビジネスリーダーと従業員の意識の把握を目的とした。

 急速な経済環境の変化により、仕事のスタイルが本質的に変容することが想定される中、仕事の未来に影響すると考えられる前述の6つの要因を調査すると、ビジネスリーダーと従業員の意識に顕著な違いが見られた。

 たとえば、従業員とビジネスリーダーとの意識の違いが顕著であった項目に「ギグエコノミー」の重要性が挙げられる。ギグエコノミーとは、場所や時間に囚われない柔軟な働き方に変容した社会を想定しているが、ビジネスリーダーは、この要因を最も重要性が低いと位置づけた。

 調査結果全般から、両者の意識の違いには3つの点が見られる。第1の違いは、従業員のほうがビジネスリーダーよりも働き方を変える破壊的要因を多く認識していること、第2に、自動化やAIなどの技術革新は従業員の仕事にとってはむしろプラスに働くようになると、従業員のほうが「仕事の未来」の変化を楽観的に捉えていること、第3に、従業員は、経営者が従業員にスキルの向上を望むレベル以上に、みずからスキル向上のための学習を望み、その支援を企業に望んでいることである。

 またプロジェクトでは、仕事の未来の変化への対応として、経営者に5つの提案を行っている。それは、(1)組織に学習する文化を築くこと、(2)変革の当事者として従業員を巻き込むこと、(3)社外に人材を求めるのではなく、まず社内の従業員のスキル転換させること、(4)人材不足に備えるために、業界と協働して人材層を深化させること、(5)企業は不測の事態への対処法を独自に備えておくこと、である。

 フラーは2014年、30年の実務経験が高く評価されて「仕事の未来をマネージする」プロジェクトの共同リーダーに指名されて以来、コンサルタントとしての豊富な経験を活かしながら、若い研究者グループとともに、将来社会を見据えた先鋭的な報告書を発表している。

 フラーの父であるステファン H. フラー(Stephen Herbert Fuller)は、1963年から1969年まで、HBSの副学長を務めた。またHBSの教授でありながら、1971から1982年までの11年間、ゼネラルモーターズの労使関係担当副社長を務めるなど、労使関係論や組織行動論の分野で著名な教育研究者であった。

 ステファンはHBSに33年間在籍し、1985年に退官した後は名誉教授となった。ワールドブック百科事典のCEOを務めながら、母校であるオハイオ大学の客員教授として教鞭を執り、生涯にわたり教育研究者として活躍した。偉大な父の背中を追うように、フラーがまとめたプロジェクトの各報告書には、教育研究者としての生きがいを持ち、新たな人生に挑戦しようとする姿勢がうかがえる。

[注]モニターグループは2012年に破綻し、2013年1月にデロイトの買収を受けて、現在はモニター デロイトとなっている。