大企業主導型のイノベーションに期待

 3つ目のポイントは、「顧客価値に深入りする/カタリスト/ビジネスディベロップメント(以下BD)」である。

 ビジネス課題は現場にある。dX推進の担当者は現場に入って、隠れたニーズや新たなニーズ、イノベーションのシーズを発見することが大事だ。具体的な手法はマーケティングの教科書を読んでもわからない。裏を返せば、意識を変えれば誰でも現場で発見できるとも言える。

 一方に技術や経営資源があり、もう一方に現場、社会、顧客があり、双方を結びつけて新たな価値を創造するのが、カタリストであり、BDだ。

 カタリスト、BDにもいろいろなタイプがあるが、好事例の1つとして挙げられるのがNTTドコモの「アグリガール」だ。農業の課題をICTで解決するプロジェクトで、女性有志社員がアグリガールとして全国各地で活動している。現場に入り込み課題に共感する力は、多様性を活かした強みと言えるだろう。

 アグリガールの活躍が発端となって、2017年には総務省の主導により、「IoTデザインガール」も発足した。農業だけでなく、教育、観光、健康・ヘルスケアといった地域のさまざまな課題に共感し、解決するのが役割だ。さまざまな企業や自治体、大学などが参加する女性活躍プロジェクトに発展している。

 森川氏によれば、イノベーションの歴史は概ね50年単位で変化してきた。1870年頃は個人の発明家が活躍し、1920年代からは企業内研究所が重要な役割を担ってきた。1970年代にはベンチャーキャピタルなどの支援によって、アップルやマイクロソフト、シスコシステムズなどのIT企業が誕生。そして、2020年からは大企業主導型イノベーションの時代になると森川氏は予想している。

 大企業とスタートアップのオープンイノベーションが進展する中で、明らかになったことがある。それは大企業の持つケイパビリティの高さだ。

「グローバルなインフラ、ブランド、パートナーとの協業、R&D、規制当局への対応など大企業のケイパビリティをうまく使い、スタートアップのリソースと組み合わせれば、最も効果的なイノベーションが生まれるだろう。日本でもそろそろ大企業主導型のイノベーションが台頭することを期待している」と、森川氏は締めくくった。

アウトサイドインのアプローチで変革を

 第2部のパネルディスカッションでは、森川氏に加えて、東京都市大学総合研究所・大学院総合理工学研究科教授でパナソニックのビジネスイノベーション本部事業戦略担当を兼務する葉村真樹氏、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員の森亮をパネリストに迎え、dX推進に向けた日本企業の課題や効果的な取り組み、グローバル企業との比較などについて議論がなされた。モデレーターはデロイト トーマツ グループ C&Iリーダーの大久保伸夫が務めた。

左からデロイト トーマツ グループ C&Iリーダー 大久保伸夫、東京大学教授 森川氏、東京都市大学教授 葉村真樹氏、デロイト トーマツ コンサルティング執行役員 森亮

 dX推進において、日本企業が欧米企業の後塵を拝しているのはなぜか。日米のグローバルトップ企業でdXの最前線に関わった経験のある葉村氏は、次のように語る。

「市場がないところに市場をつくるのが欧米のグローバル企業。自分の身近にあるおかしなことや皆が困っていることなど、社会の課題を何とかしたいと共感する人たちが集まって、結果として収益を上げている。いわばミッションドリブンな企業ほど成長している。それに対して日本企業ではdXではなく、単なるデジタル化で終わっていることが圧倒的に多い。デジタルでいかにコストを削減するかという発想だからだ」

 ここで葉村氏は、デロイト トーマツ グループが2019年に世界の経営者を対象に行った意識調査(「第四次産業革命における経営者の意識調査」)の結果を引用した。「社会課題解決の取り組みに注力する理由」として、グローバルでは「(自社の)収益の創出」を筆頭に挙げた経営者が42%と最も多かったのに対して、日本の経営者ではわずか1%しかいなかった。

 葉村氏は、ミッションドリブンかどうかという経営姿勢の違いが、日米の無人コンビニエンスストアにも表れていると指摘する。日本は人手不足という自社の都合を優先したインサイドアウトの発想だが、米アマゾン・ドットコムの「Amazon Go」は、顧客体験を変革しようというアウトサイドインのアプローチだと解説。顧客の都合や理想をデジタルでつくり変えること、既存のモデルを変革することがdXだと語った。

 一方、森川氏は「欧米企業と違ってIT人材がユーザー企業側にいないことも日本の課題。その要因を見ていくと、文系・理系に分かれている教育制度にたどり着く。欧米企業では、技術出身で研究所にいても、その後マーケティング部門に移ることもあるが、日本企業にはそれがない」と指摘した。

 dXの推進に当たって、外部人材を積極的に登用する企業も増えてきた。しかし、大企業のなかには、せっかくデジタル人材を採用しても、その能力を十分に発揮させることができないところも多い。

 その要因について葉村氏は、「dX推進組織には、デジタルなマインドセットを持った人材をアサインする必要があるが、そうした人材は既存の大企業では発言力が弱いケースが多い。外部から招へいした人材も当初は発言力が弱いから、結果的に“オープンイノベーションごっこ”に終わってしまう」と話す。

 デジタル人材が活躍するには、組織のサイロを飛び越えてカタリストとしての機能を果たすことが求められる。「カタリストにもいろいろなレベルがあるが、多様性を認められることが重要だ。相手がどんな人でも、きちんと敬える人。そういう多様性に対する受容度が高い人でないと、カタリストには向かない。組織としても、異質な人を受け入れることができるかどうかが問われている」と、森川氏は述べた。