企業は何を目的として存在するのか
根本から考え直す時期に来ている

前野 「利益や企業価値を上げること」といった回答が多いのですか。

入山 論文によると本当に多様で、もちろん「企業価値のため」という人もいるのですが、その他にも「社会に役立つため」「家族を養うため」などさまざまな回答が出るのだそうです。実は、この問いには経営学者である私自身もはっとさせられました。

 改めて考えると、ビジネスには明確に定義された目的がないな、と。組織をより良く運営したり、イノベーションを起こすための理論や方策の研究は盛んで、体系化も進んでいる。しかし、根本にある「ビジネスの目的」は明確化されていない。私は読者にも問題意識を持って考えてもらうために、あえてこの話題を『世界標準の経営理論』の終盤に盛り込みました。

 本題はここからです。その後、問いを投げたジム・ウォルシュ自身も答えを出すのに苦しみ、哲学的な考察を繰り返した後に出した結論は何だと思いますか。答えは「ビジネスの目的はウェルビーイングだ」と。正確には、”Collective value”という言葉が使われていますが、ウェルビーイングに近い概念として使われています。

前野 そう来ましたか。うれしいですねー。

入山 資本主義の本元である欧米諸国では、株主価値の最大化がビジネスの目的であるという考え方が浸透しています。ただ、一方で「それ一辺倒でいいのか」と疑問に思う経営学者も増える中、ようやくウェルビーイングにスポットライトが当たってきているように思います。幸福を以前から研究してきた前野先生に、時代がようやく追い付いたのかもしれませんよ。

慶應義塾大学大学院
システムデザイン・マネジメント研究科教授
前野隆司
Maeno Takashi
東京工業大学大学院修士課程修了。キヤノン、カリフォルニア大学バークレー校客員研究員、ハーバード大学訪問教授などを経て、現職。慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長を兼務。博士(工学)。著書に『幸せのメカニズム』(講談社現代新書、2013年)、『幸福学×経営学』(内外出版社、2018年)、『幸せな職場の経営学』(小学館、2019年)など。

前野 いやいや(笑)。私はもともとロボットや脳科学など工学系の研究者ですが、工業製品に幸せという概念はもともと反映されていませんでした。その意味では、どの業界も似たりよったりです。

 経営学も工学も人間に役立つために存在するものであるにもかかわらず、幸福という概念が含まれていない。従来のやり方が息詰まる中、もっと幸福について考えないといけないという危機感を抱き始めている人は多いと思います。

入山 新型コロナの影響もあり、経営の不確実性がさらに高まる中、多くの日本企業は明確なビジョンを打ち出せずにいます。仮にビジョンを打ち出しても、それが組織で腹落ちされていない。ビジョンが不明確だったり、腹落ちされていないということは、その企業の存在意義が揺らいでいることと同義です。自分たちは何を目的として存在するのか、それを根本から考え直す時期に来ているのだと思います。

 例えば、ビッグデータ活用技術の研究で知られる日立製作所フェローの矢野和男さんと対談した際、彼が面白いことを言っていました。「人類の究極の目的は2つしかない。それは『幸せ』と『不老不死』だ」と。「不老不死」を「健康」という言葉に置き換えると、人生の目的は「幸せ」と「健康」に集約される。まさにウェルビーイングです。ビジネスの目的がウェルビーイングだとしても違和感がないですね。

前野 幸福学の研究結果から、健康と幸せは密接につながっていることがわかっています。健康であれば幸せになるし、幸せな気分でいると健康になる。従業員の幸せや健康に配慮する経営は欠かせないでしょう。