●「デジタル・インディア」と「インディア・スタック」

 インドのデジタルトランスフォーメーションを前進させ、その過程で国民に力を与える――その手段として5年前に生まれた政策が、デジタル・インディアである。全インド国民に手頃な価格でインターネットへのアクセスを提供し、一人ひとりにデジタルIDを持たせるために、政府がデジタルインフラの開発に注力するというのが、一連の取り組みの基盤となっている。

 今日、インドの成人の99%はアーダール(Aadhaar)という身分証明プログラムに加入している。少し前ならば実現しそうもないと思われた目標だ。

 従来の運転免許証や、米国の社会保障番号とは異なり、インド政府はアーダールを、金融包摂のプラットフォームとして活用しようと目指した。政府の給付金を直接送金し、国民に低コストで経済活動に参加してもらうためだ。

 このデジタルIDのプロジェクトはすぐに、いまではインディア・スタックとして知られる相互運用可能な一連のソフトウェア・レイヤーへと発展した。これはデジタル決済、ペーパーレスの認証記録、ビジネスおよびサービスの取引処理、そして現在開発中のユーザー承認アーキテクチャをサポートし、すべてをシームレスにアーダールと紐付けるものだ。

 インディア・スタックが提供するペーパーレスのレイヤーとデジタルIDを組み合わせることで、ジャンダン(Jan Dhan:「ゼロバランス」の意味)と呼ばれる認証された口座が3億5000万件以上も開設された。政府の構想は、ジャンダン口座を低コストで手間のかからない銀行口座として機能させ、正規の銀行経済への参加を促すことだ。

 現在はジャンダン口座の所有者の85%以上が、クレジット商品や貯蓄商品へのアクセスに、この口座を利用している。スマートフォンを持ち、モバイルバンキングを通じて口座にアクセスする人が国民の半分以上に達する中、ジャンダン、アーダール、モバイルが三位一体となったサービス(JAM)は、金融包摂を推進するうえで基盤となっている。

 インド政府はこれまで、給付金の受給者に的確に接触するためには、オフラインのインフラという迷路を分け入って進むことを余儀なくされていた。しかしいまではJAMのインフラを活用し、全体的に漏れなく迅速に資金の支払いができている。つまり、国庫から100ドルが拠出されたら、その全額が意図通りの受給者らに届くということだ。

 政府、企業、国民の間でインディア・スタックが急速に普及したことで、国民的および法的な議論が生まれた。イノベーション、サービス提供、テクノロジーと、プライバシーのバランスをどう取るべきかという問題だ。これらの議論の1つがきっかけで、インド最高裁判所はプライバシーへの懸念から、民間部門によるアーダールの使用を禁じる判決を下した。

 このプラットフォームがもたらす変革的インパクトの大きさは計り知れない。たとえば、最短55秒で銀行口座を開設でき、通信事業者は顧客へのオンボーディング(新規顧客にサービスの価値や利用方法を理解してもらうための情報提供プロセス)のコスト削減が可能となった。

 こうしたインパクトを踏まえ、政府はのちに、民間部門によるアーダールの自由な使用を引き続き認める条例を定めた。同時に、システムの利用に関する一連の規範、たとえば個人の身元情報の管理法などについても、同条例の中で強調している。