『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月一人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年3月の注目著者は、ペンシルベニア大学ウォートンスクール教授のアダム・グラント氏です。

 アダム・グラント(Adam M. Grant)は、1981年にミシガン州デトロイト郊外のウエストブルームフィールドに生まれた。現在38歳。ペンシルベニア大学ウォートンスクール(以下ウォートン)のソール P. スタインバーグ記念講座経営学教授である。

 グラントは32歳の若さで教授に昇任した、ウォートン気鋭の若手研究者である。ウォートンでは、10の研究科(Academic Departments)で構成されているマネジメント研究科に所属し、MBAプログラムで、組織行動論、交渉術、チームワークとリーダーシップを担当している。

 ちなみに講座の冠名のソール・スタンバーグは、永年ウォートンの理事を務めている。ウォートンに対してスタインバーグホール・ディートリッヒホールとスタインバーグ・カンファレンスセンターを寄贈したことに加え、学生に対して多額の奨学金や寄付講座を提供してきたウォートン出身の著名な投資家であり、グラントはその講座で教授を務める。

 グラントは、ウエストブルームフィールド高校を卒業すると1999年にハーバード大学に入学した。在学中は、ハーバードの学生が執筆・編修する「Let’s Go シリーズ」の旅行ガイドを出版するレッツゴー・パブリケーションで働きながら心理学を専攻し、2003年に最も優秀な成績(Phi Beta kappa, Magna Cum Laude with Highest Honors, John Harvard Scholarship for Highest Academic Achievement)で卒業した。

 グラントはハーバード大学卒業後、ミシガン大学(University of Michigan)の大学院(the College of Literature, Science , and the Art, LSA)に進学し、2005年に組織心理学の修士(M.S.)を、2006年にPh.D.を授与された。

 彼の博士論文は、“Beneficiaries and the Art of Motivation Maintenance: How making a difference makes a difference” (受益者とモチベーションの持続:差異を生むことがいかに差異となるか)であった。従業員に、みずからの仕事が結果としてもたらす利益の受益者であることを意識させることにより、仕事に対するモチベーションを生み出すという実証的研究であった。

 グラントは大学院在学中、同じ大学で看護学を学ぶ女性と結婚している。そのため2006年から同大学院で非常勤講師として、また同大学ビジネス・スクールの非常勤助教授として働いていた。

 2007年には、英国シェフィールド大学労働心理学研究所に客員研究員として滞在したものの、その間に応募したノースカロライナ大学チャペルヒル校で組織行動論の助教授として採用された。その後、2009年にウォートンの准教授として採用されると、2011年にはテニュア(終身)の資格を得て、2013年に1965年クラス記念講座教授に就任した。

部下をやる気にさせるリーダーシップとは

 グラントが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に最初に寄稿した論文は、“The Hidden Advantages of Quiet Bosses.” with Francesca Gino and D. A. Hofmann, HBR, December 2010.(未訳)である。

 この論文は、フランチェスカ・ジーノ、デイビッド・ホフマンと実施した共同調査を報告したものだった。ジーノは当時、ハーバード・ビジネス・スクールの准教授を務めていたが、それ以前はノースカロライナ大学チャペルヒル校の組織行動論の主任教授であるホフマンの下で、グラントともに助教授として在籍していた。

 論文の調査は、従業員に積極的なモチベーションを生み出すためには、外交的な上司のほうがよいか、それとも内向的な上司のほうがよいかという問題意識に基づき行われた。

 一般的な通念として、外交的なリーダーは、不確実性の高い環境でもビジネスの改善を推進できるリーダーシップを備えているとされる。しかし調査によると、内向的なリーダーほうが、部下の意見に注意深く耳を傾け、部下の提案に対する受容性が高い傾向があった。そして部下をやる気にさせるモチベーションを活性化させるので、それが業績改善に有効であることが認められたと結論づけた。

 前述の通り、グラントは博士課程の研究で従業員のモチベーションに関する研究を行ったが、HBR誌に寄稿した“How Customers Can Rally Your Troops: End users can energize your workforce far better than your managers can.” HBR, June, 2011.(邦訳「お客様の言葉が社員を顧客志向に変える」DHBR2011年10月号)では、仕事の受益者であるエンドユーザーとの関係性が、従業員にやる気にさせることを論じている。

 従業員のモチベーションには、自分の仕事がエンドユーザーに対して役立っているという「影響」、エンドユーザーからの「感謝」、そしてエンドユーザーとの問題意識の「共感」という3つメカニズムが働いている。

 従業員にやる気を起こさせるうえでリーダーが果たす役割もあるが、顧客や得意先などエンドユーザーからの謝意のほうがより説得力があり有効である、という。それを理解したうえでのリーダーの役割とは、エンドユーザーに効果的にやる気の「アウトソーシング」をするために、エンドユーザーからの影響、感謝、共感を得るフィードバックを掘り起こす仕組みづくりを心がけることであるとした。

ギブ・アンド・テイクで助け合う組織をつくる

 企業組織には、見返りを求めずに他者の仕事を手助けしたり、知識やヒントを与えて他者に貢献したりする「いい人」である「提供する人(giver)」と、自身の目的のために他者を利他的に「利用する人(taker)」が存在する。

 グラントのその後の中心的な研究課題は、両者が存在する組織の中で、「いい人」が一方的に利用されるだけでなく、「ギブ・アンド・テイク」の関係を生み、いかに組織にとって有効な存在であるべきかの検討である。その研究成果をまとめたのが、“In the Company of Givers and Takers,” HBR, April, 2013.(邦訳「マネジメントで助け合う組織をつくる」DHBR2013年12月号)である。

 同論文では、「提供する人」の存在は、助け合う組織文化の醸成には魅力的に映るように思える一方で、そうした組織文化は「提供する人」に「利用する人」が依存する、生産性の低い組織になるお恐れがあることを指摘した。そのうえでマネジメントは、「提供する人」が他者からの依頼に応じるだけでなく、自分も安心して他者に援助を頼めるように、「提供する人」と「利用する人」が上手く組み合わさる「ギブ・アンド・テイク」の組織文化の醸成を、思慮深く図る必要があると、グラントは主張する。

 なお、著書として上梓した、Give and Take, 2013.(邦訳『Give & Take』三笠書房、2014年)はベストセラーとなり、グラントの存在を世の中に知らしめることになった。

 昨今、マネジャーや従業員が、部門を超えて協力や要請に応じる「ギブ・アンド・テイク」のコラボレーション活動が重視される傾向にある。グランドは、“Collaborative Overload,”with Rob Cross and Reb Rebele, HBR, January-February, 2016.(邦訳「『コラボレーション疲れ』が人を潰す)DHBR2016年7月号)を寄稿し、コラボレーションがもたらす組織の弊害に関する調査結果をもとに、最適なコラボレーションのあり方を論じた。

 従業員は、他者からの意見や助言の要請や、会議への出席・応対に時間を割かれることで、各自が達成すべき重要な業務にわずかな時間しか充てられない。そして極端には、有能な「いい人」が身を粉にして昼夜をいとわず仕事に打ち込み、「燃え尽き症候群」を呈するようになり、結果的に出社拒否や離職のリスクが顕在化するようになる、という。特に有能かつ協力的との評判が高い人材ほど、そのおそれがある。

 従業員が価値として他者に提供する資源を、知識やスキルを提供する情報資源、人的なネットワークを提供する社会的資源、そして個人の時間や労力を提供する属人的資源の3つに区別すると、それは多くの場合、属人的資源を提供することである。属人的資源の提供が個人を疲弊させるのだ。

 リーダーがこの問題を解決するには、第1に、コラボレーション活動での業務配分を見直すこと、第2に、優れたコラボレーション活動には資源の提供に見合う評価や待遇を与えることであると、グラントは主張する。

 グランドは、“Beat Generosity Burnout,” With Reb Rebele, HBR.org, January 23, 2017.(邦訳「『いい人』の心を消耗させない方法」DHBR2017年9月号)でも、他者に対して寛容に時間や労力、専門的知識を惜しみなく提供する「いい人」を燃え尽き症候群に陥らせないために、リーダーはいかにあるべきかを論じている。

 なぜ燃え尽き症候群に陥るのかを調査すると、他者に対する意欲と能力を折々に見せる人は、その報いとして多数の支援要請を受け、ともすれば「いい人」が故にその対応に忙殺されることがわかった。また、同僚たちは必要な支援を得られずいら立つようになる。

「いい人」とっての問題は、他者に寛容であることと滅私であることの混同にある。他者のために尽くすことは、仕事と人生の意義が高まり幸福感を得られるかもしれないが、何もかもを引き受けるのではなく優先順位をつけ、いつ支援すべきか、時間の使い方に工夫するとともに誰を助けるべきか、他者を絞り込むことも必要ではないかと、グラントは主張した。

年度末の業績評価制度は
組織にとって必要なのか?

 グラントは人事に焦点を当て、“Let’s Not Kill Performance Evaluations Yet,” With Lori Goler and Janelle Gale, HBR, November, 2016.(邦訳「年度末の人事査定はいまだ有効だ」DHBR2017年4月号)を寄稿した。

 実はその前月のHBR誌では、ウォートンのヒューマン・リソース研究センターでディレクターを務める人的資源管理の権威ピーター・キャペリが、“The Performance Management Revolution,” with Anna Tavis, HBR, October, 2016.(邦訳「年度末の人事査定はもういらない」DHBR2017年4月号)を寄稿していた。

 デロイトが実施した調査によれば、企業幹部の58%が、現在の業績評価の方法が従業員の業務向上にも、業績の達成にも役立っていないと考えていた、また米国企業の3分の1以上が、年次の業績評価に代えて、部下と上司に頻繁に業務状況をフィードバックし合う制度が導入されている実態を受けて、キャペリはこれまで年度ごとに行われてきた業績評価の問題点を指摘した。

 年次の業績評価は、過去の仕事に対する個人の成果や評価に基づき、報酬や昇進、あるいは叱責することに重点が置かれている。その問題は、組織の長期的な存続に不可欠である、将来に向けた能力開発という視点からの人材育成が希薄なことだと、キャペリは指摘した。

 キャペリは、業績評価の廃止をもたらした理由を3つ挙げている。

 第1に、人材マネジメントの効果を高めなければならないという競争上の圧力により、年次の業績評価に手間をかけるよりも、部下に日常的な業績の確認とフィードバックをすることで効果的なコーチングを行うべきだと考える企業が多くなった。人材マネジメントとして、優秀な人材の流出を防ぎ、自社につなぎ止めるためにも、彼らの不満要因となっていた制度の廃止は必須であった。

 第2の理由は、今日、事業環境の不確実性が高まったことである。急速な変化への迅速な対応が競争優位の源泉であり、年間サイクルで個人の成果を評価する時代は終わったという認識が広がっている。

 第3に、従業員個人のランク分けや個人の成果を重視することを止めると、チームワークや組織間のコラボレーションを醸成しやすくなると認識されたことが挙げられる。

 ただし、キャペリは業績評価を完全に否定しているわけではない。年次の業績評価は制度として、上司と部下が個人の将来に向けたキャリアや能力開発について話し合う場であり、組織の目標と個人の目標との整合性を合わせる機会でもある。人材マネジメントとして、これをどのような形で補完すべきかが検討されるべきだと主張する。

 それに対してグラントは、キャペリの論文を引用しながらも、業績評価をする必要がないのかという問題意識に立ち、フェイスブックにおける事例を紹介している。フェイスブックの社内調査では、調査対象者の87%が業績評価制度を望んでおり、公平性、透明性、人材育成という3つの理由から業績評価の継続を決めたのである。

 またグラントは、年次の業績評価に代わる日常の頻繁なフィードバックが、むしろ従業員のパフォーマンスを低下させていることを指摘した。そのうえで業績評価のメリットとデメリットを認識しつつも、業績評価を撤廃するのではなく、業績評価によって個人の成長を認めて報いる組織風土を築くべきだと主張した。

イノベーションを生み出す
組織文化をどう築くか

 グラントは、“How to Build a Culture of Originality,” HBR, March, 2016.(邦訳「同調しない組織文化のつくり方」DHBR2016年8月号)において、米国海軍を事例に挙げて、たとえ究極の官僚的な性格を持つ組織であってもイノベーションを生み出せることを明らかにし、それを実行するための組織のあり方を論じている。

 海軍では、軍隊組織の因習に抵抗し、組織に順応しない独創的な思考を持つ「非同調者(Non-Conformists)」のネットワークである「ラピッド・イノベーション・セル」をつくることで変化を起こした。非同調者とは、多数が従っている因習を踏襲する現状維持をよしとせず、流れに逆らう新しいアイデアの「オリジナリティ」を追求する人材である。

 リーダーがすべきことは、第1に、従業員に新たなアイデアを生み出す機会とインセンティブを与え、誰もが因習を打破できるようにすること。第2に、従業員のアイデアを検証できる適切な人材を確保すること。第3に、アイデアを継続的に創出させるためにクリエイティブな意見対立を認め合う、同調しない組織文化を醸成することである。

 それでは、同調しない組織文化は、どのようなプロセスから始まるのか。グラントは3つのプロセスを示した。まず、アイデアを創出・検証する方法を学ぶところから始まるが、リーダーはそれを妨げようとするさまざまな圧力と戦うこと。次に、対立する意見の是非を決めるために、組織としての優先順位の価値基準を掲げること。そして、リーダーが、平素よりも範囲を広げて知見を求める思慮を持つことである。

 なお、この議論をまとめた著作として、Originals, 2016.(邦訳『ORIGINAL』三笠書房、2006年)を上梓している。

悲劇から再起するための「オプションB」

 グラントはその後、“Above All, Acknowledge the Pain,” with Sheryl Sandberg and Adi Ignatius, HBR, May-June, 2017.(邦訳「レジリエンス:人生の悲劇から立ち直る力」DHBR2017年9月号)を通じ、Option B, 2017.(邦訳『OPTION B』日本経済新聞出版社、2017年)を出版した経緯を語った。この論文は、共著者であるシェリル・サンドバーグ(Sheryl Sandberg)とグラントに対するインタビューである。

「OPTION B」とは、最良の選択肢に次ぐ次善の選択肢という意味である。個人や組織が突然の悲劇と遭遇したとき、その悲劇と向き合う再起力(レジリエンス)を備える方法について述べている。

 フェイスブックのCOOを務めるサンドバーグは、その経歴を見ると、まさに理想的な人生を歩んでいるように思えた。ワシントンD.C.で生まれたサンドバーグは、2歳のときにマイアミに移り、マイアミの高校を優等な成績で卒業すると、ハーバード大学に入学して経済学を専攻し、ハーバード大学も優等な成績(summa cum laude)で卒業した。

 卒業後は、ハーバード在学中に研究指導を受け、世界銀行チーフエコノミストとなったローレンス・サマーズ(Lawrence Summers)のリサーチアシスタントとして働いている。それからハーバード・ビジネス・スクールに進学して、MBAを取得した。一時、マッキンゼー・アンド・カンパニーで働くものの、サマーズがクリントン政権下で財務次官、さらに財務長官になると、その間はチーフスタッフとしてサマーズを支えた。

 その後、2001年にグーグルのグローバル・オンライン・セールス担当副社長に就任し、2008年には現職であるフェイスブックCOOに就任した。誰もがうらやむ、順風満帆な人生を歩んできたと言っていいだろう。

 だが突然、人生の悲劇が訪れた。サンドバーグは2004年、デイブ・ゴールドバーグ(Dave Goldberg)と結婚し、二人の子供を授かっていた。2015年、メキシコへの家族旅行のさなか、ゴールドバーグがホテルのジムのルームランナーから落ちて亡くなったのだ。その死因は当初、頭部外傷とされていたが、実際には冠動脈疾患による不整脈が原因であった。

 人生の突然の悲劇にどう向き合って行くべきか。サンドバーグは夫の死から立ち直ろうとする過程で、バネのように元の状態に戻る再起力(レジリエンス)を身につける方法をグラントに相談していた。それが「OPTION B」を考えるきっかけとなったという。

 なお、サンドバーグとグラントの出会いは、『ORIGINAL』の前書きに記されている。サンドバーグは『Give &Take』に感銘を受けて、デイブが講演を依頼し、夕食をともにして話を聞いたことだという。

 グラントからサンドバーグへのアドバイスは、個人の再起力を育むためには、自分の気持ちを率直に表明すること、その悲劇以上にもっと悪い事態を想像してみることなどである。2人はそれから、個人だけでなく、企業組織が再起力を身につける方法も検討した。

 そのためには、第1に、自分の失敗や間違いをつまびらかに話し、組織メンバーがそこから学習する組織文化を醸成すること、第2に、不測の事態にも通用するルーチンを用意しておくことである。たとえば大学という組織であれば、知的交流が図れる安全な環境を用意することが重要だという。

 グラントの父は地元の弁護士で、母は教育者であり、水泳の飛び込みではオールアメリカンに選出されたほど運動神経に富み、かつ英才であった。非の打ち所がないように思えるが、グラントは人前で話すことが苦手であった。ノースカロライナ大学で採用面接を受けたとき、ビジネススクールの学生が一目置くようなタイプではないので、教壇に立ったら苦労すると言われたそうだ。

 だがグラントは、ノースカロライナでもウォートンでも学生による人気ランキングで1位に選ばれるなど、その講義は高い評価を受けた。ただしそれは、講義ごとに評価アンケートを実施して、次の講義でコメントに対する改善策を示すという地道な努力を積み重ねた結果でもあった。

 グラントは、学生に触発されて多くを学んだことが、自分が若くしてテニュアの教授になれた理由だと述懐している。自分を成長させることに対する飽くなき探究心は、グラントの幅広い問題意識の原点なのかもしれない。