ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)のクレイトン・クリステンセン教授が、2020年1月23日に他界された。DHBR2020年4月号ではその追悼特集を組んでいるが、HBR.orgではニティン・ノーリアHBS学長がPodcast"After Hours"で思い出を語っている。本稿ではそれをもとに、クリステンセン教授の研究姿勢や生き方を伝えていきたい。


 筆者は2006年から10年間、HBSの日本リサーチ・センターで働いていました。クレイトン(クレイ)・クリステンセン教授は、日本をケース(教材)や研究の対象とすることがなかったので、残念ながら直接の接点はありませんでした。

 ただ、2010年に、クリステンセン教授がHBSの授業で自身の病気のことを学生に伝え、以来、企業の戦略や組織論を超えて、人としての生き方を伝え始めたことは、一緒に働くHBSの教授たちから聞いていました。

 10代目HBS学長ニティン・ノーリア教授のもと、HBSが徳(virtue)や人格をより重視する教育へ舵を切り始めた時期とも重なっており、クリステンセン教授の言葉、彼の生き様そのものが、学生そして同僚の教授たちにも一層深々と影響を与えたのだと思います。

 クリステンセン教授が亡くなったというニュースが流れた後、筆者のタイムラインは彼を直接知っているHBSの卒業生、著作を読んだ人、同じ分野の研究者などからの追悼の言葉で埋まりました。その言葉は、彼の研究についてはもちろんですが、人間としての彼から学んだことについての言及が多くありました。

 彼の論文、著書を世に出してきたHarvard Business Review(HBR)はすぐに彼の著作を振り返る記事などの追悼コンテンツを出しました。その一環で、HBSのノーリア学長がHBSの看板教授3人によるPodcast "After Hours" に出演し、彼の思い出を語っていました。

 クリステンセン教授はHBSでMBAを取得後、経営コンサルタント、ホワイトハウスのスタッフ、起業などを経て、学者の道を志したため、博士取得は1992年、40歳の時でした。すぐに学者の道へと進んだノーリア学長は、10歳年下ながら、教官の立場で博士課程の学生だったクリステンセン教授に出会っています。

 ノーリア学長は、クリステンセン教授の博士論文の内容を聞き、「この人は自分が一生かけてもなれないほど優れた学者になる」という印象を持ったそうです。

 クレイは、その時コンピューターのハードウェアの世界で起こっていた非常に面白い現象を捉えていました。それは商品サイクルが18ヵ月から24ヵ月と非常に短く、ある時期に世界を席巻した商品が、すぐに全く同じ機能を持つ違う商品に置き換えられている、ということです。

 あるサイクルの支配的なプレイヤーは、次のサイクルでは必ず負ける。では、なぜそんなことが起きるのか。それをクレイは、「資源配分」の理論を用いて説明しました。今勝っている会社は、たとえこの先に変化が待っていたとしても、彼らが一番よく知っている現在の稼ぎ頭の商品のイノベーションにすべての資源を配分するので、新しい脅威に対しての資源配分ができずに破れる、と。この洞察が、今イノベーションを起こしている企業は次の時代にイノベーションが起こせなくなるという「イノベーターのジレンマ(Innovators' Dilemma)につながったのです。

 あと、タイミングも重要でした。クレイはこの洞察をコンピューターのハードウェアの研究から引き出していますが、ちょうど(この現象が加速する)ソフトウェア、インターネット革命が起きる前夜の時期だったのです。偉大なアイディアはタイミングとセットです。

 ノーリア学長は、クリステンセン教授が言いたかったのは、破壊的イノベーション(disruptive innovation)に対して最も脆弱なのは現在最強な企業である、という点だと話しています。

 組織の内部生態系は現在の事業のやり方にぴったりと沿っており、その粘着性から抜け出るのは簡単ではありません。成功している企業は、今の顧客を掴む強力で習慣化されたやり方・考え方・資源配分の仕組みが組織に染み込んでいるから成功しているのです。だからこそ、それを変えるのは難しい、ということなのです。

 さらには、自身が学長を務めるHBSも、現在ビジネス教育において最も成功している組織であり、だからこそ未来のビジネス教育の破壊的イノベーションに最も脆弱であるということを、常に自分に言い聞かせているそうです。