大学院に行くべきでない理由

(1)学業は無料で(またはもっと安く)できる

 いまや誰でも無料で見られるコンテンツ(書籍、動画、ポッドキャストなど)が大量に存在する。こうした無料コンテンツの多くは、大学院課程で使われるものとそっくり(または同じ)とされる。

 したがって、特定の分野でもっと知識を得たいだけなら、法外な学費を払わなくても、学習経験を得ることは可能だ。集中力と自己管理能力があれば、YouTubeを見るだけでも、コーディングやデジタルドローイング、UXデザイン、動画編集などを基礎から学べるコンテンツは大量にある。ユーデミー(Udemy)やコーセラ(Coursera)といったプラットフォームでは、大学院に行くよりもずっと手軽な費用でスキルアップが可能だ。

 あなたの目標が、新しいスキルを取得することであるなら、そして、そのスキルが教えることができるものであるなら、専門家がクラウドソースで作成し、教えられ、シェアできるプラットフォームは最強の学習ツールだ。

(2)時間の無駄かもしれない

 人間は歴史的に、物事を実際にやることで学んできた。何かの経験を理論的に学ぶのと、それを実際に経験するのとでは、大きな違いがある。それは、大学院(あるいは学部)教育でも変わらない。

 事実、フォーチュン500のほとんどは、入社時の学位にかかわらず、新規採用者の再教育やスキルアップにかなりの投資をしなければならない。グーグルやアマゾンやマイクロソフトは、大学で学んだ専門性よりも、学習能力(ハングリーで物事を迅速かつ情熱的に学べること)のほうが、重要だとしている。トップクラスの大学院卒者でも、入社後に関連性の高い技能(リーダーシップや自己管理能力など)の研修が必要であることに、不満を漏らす経営者は少なくない。

 それでも大卒(あるいは院卒)であることを重視する経営者は減らないのだから、奇妙なものだ。

(3)おそらく借金を抱えることになる

 大学院によっては、投資対効果が明白な場合もあるが、これには大きな幅がある。すぐに確実な所得アップにつながるかどうかを見極めるのは、難しいかもしれない。自分が好きなことを学びたい場合は、なおさらだ。

 MBAは、いまも米国で最も人気がある修士課程である。たとえば気候変動に関する修士号を取得した場合よりも、所得アップにつながる可能性は高い。

 でも、もしあなたが気候変動問題に情熱を感じているなら、優れた成績を収め、長期的には極めて高収入を得る仕事に就けるかもしれない。ただし、短期的には経済的に苦しい思いをするだろう。卒業後数年は借金生活でもいいと思えるくらいの気持ちがなければ、その学位にリスクを犯す価値はないと思われる。

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 ただ、以下のような状況が生じた場合、こうしたジレンマは問題ではなくなる。

・企業が採用にあたり、学位や資格以外の要因を重視するようになった。
・大学がソフトスキル教育に費やす時間を増やした(そして、それが上手くなった)
・大学が好奇心を養うことに力を入れるようになった。好奇心は、その人のキャリアの潜在性を示唆する長期的な指標になる。これは未経験の仕事でも言えることだ。

 問題は、ほとんどの人は、「学位がなくても経験がある」状態より、「未経験だが学位がある」状況を好むことだ。真に重要なのは、学位を持つことで生み出される結果であり、学位そのものではない。

 高いカネを出してでも学位を取得するトレンドが今後も続くとすれば、いずれ大学院卒という学歴も、就職時の競争優位にはならなくなるだろう。現在の修士号の価値が、30年前の学士号の価値と同等になったように、30年後に、労働力人口のかなりの割合が修士号または博士号を取得していたら、企業は学歴以外の才能やポテンシャルに目を向けざるをえないかもしれない。

 したがって大学院に行くか否かの判断は、複雑だが不透明でもある。なにしろそこには、明確な議論が存在しないのだ。大学院進学の投資対効果を予測するのは容易ではないが、本稿で示した要因は、あなたが自分の置かれた環境を評価する助けになるだろう。人生の大きな決断はすべてそうであるように、これにはかなりの勇気とリスク負担が必要だ。

 不確実性下における意思決定研究の先駆者で、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンは、こう言っている。「勇気とは、確率を知ったうえでリスクを引き受ける意思である。楽観的な自信過剰は、確率を知らずにリスクを引き受けるということだ。この2つは大きく異なる」


HBR.org原文:Should You Go to Graduate School? January 07, 2020.


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