技術革新には、大手既存企業の経営幹部をして、通常とは違う行動へと走らせる特別な何かがある。

 典型的な(つまり技術革新とは関係ない)戦略的変革への投資であれば、マネジャーは通常、達成すべき目標と、そのために何が必要かを明確に認識している。正しくやり遂げるためには多くのことが求められるが、自分たちがどこに向かっているのか、進捗をどう測定すればよいかを彼らはわかっている。進路の指針が誤った方向に動けば、正しい軌道に戻すための措置を講じたり、投資を縮小させるという道を選んだりできる。

 ところが、経営幹部は「革新的なIT」という取り組みを前にすると、合理的な意思決定の方法を見失う場合がある。

 たしかに、テクノロジーの変化が激しい時期には、探索して明らかにすべきことが多いのも事実だ。新たなテクノロジーによって何が可能か、それが市場、製品・サービス、販売チャネルにどうインパクトを及ぼすのかを、経営幹部は理解しなければならない。

 それらを判断する際に、否応なく彼らに影響を及ぼすものがある。ベンダーやメディアの過剰な期待。「思想的リーダー」になるためのヒントを売り込んでくる、高額なコンサルタント。注目を浴びている数々の実験。そして人々の欲求を煽り続ける、ごく少数の刺激的なサクセスストーリー。

 こうした高揚感の最中では、カリスマ的なCIO(最高情報責任者)やCDO(最高デジタル責任者)ほど、冷静になるのが余計に難しいかもしれない。

 新しいテクノロジーの時代がもたらす興奮と不確実性のただ中においては、「市場に先んじて行うべき投資」と、「市場の準備度に合わせて行うべき投資」を区別するのは非常に難しい場合がある。CEOにしてみれば、大きな技術革新の初期段階を「市場について学ぶ機会」ではなく、「新たな市場を支配するチャンス」と考えたくなることもあろう。

 他に先んじての投資が理に適っているのは、その先に何があるのかを知っている場合である。しかしデジタルトランスフォーメーションにおいては、展望が形となって見えてくる前に、探索し、理解すべきことがたくさんあるのだ。

 デジタル投資がすぐには見返りを生まないとき、CEOはこう考える場合がある。問題は、最終的な状態が実際にどうなるのかを自社(または市場)が知らないことではなく、投資が十分ではないことなのだ、と。

 世間に広く知られた新規事業への取り組みを縮小すれば、賢明な意思決定どころか、失敗だと見られる――彼らはそんな恐れを抱いているのかもしれない。そしてともすれば、市場について学ぶよりも市場を制圧したいと望みながら、より収益性が高い方法へと転換するのではなく、一度選んだ戦略に倍賭けするのだ。

 時が経てば、市場は何が欲しいのかを知り、生産・供給者はその提供方法を学び、その後の展望は以前よりも明確になる。この時点ならば、デジタルに関して明晰な意思決定を下すことは格段に容易だ。しかしそれ以前の探索の段階で、「大きなデジタル戦略」に資金を投じるには、投資家以上の忍耐力が必要となるかもしれない。

 もちろん、短期的に「デジタル消化不良」のまま投資をする企業のすべてが、判断を誤っているわけではない。eコマースは20年前には画期的なイノベーションであり、市場価格を大々的に破壊したが、いまやどの業界でも当たり前の慣行となっている。有力企業は、移行期の初段階には巨額の不採算投資を経験しても、その後はより収益性の高いeコマース戦略への方向転換に成功した。

 経営幹部はデジタルに関して――IoTやAIや会話型コマースといった、今後のトレンドも含めて――新しい技術革新をめぐる誘惑の声に、用心する賢明さを持たねばならない。企業は高くつく失敗を避けながら、正しい最終局面に向けて着実に進歩を遂げるためならば、投資をすぐに増やすのは得策ではない。痛みを伴う縮小こそが、はるかによい方法なのだ。


HBR.org原文:Why So Many High-Profile Digital Transformations Fail, March 09, 2018.


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