まず、カリスマ性とプレゼンスの違いを理解する必要がある。カリスマ性は、ある種の引力を発散する。ほかの人たちが、あなたに引き寄せられずにいられなくなるのだ。政治家や俳優には、この資質の持ち主が多い。その人が表れると、部屋がパッと明るくなったように感じられる――カリスマ性の持ち主とはそんな人物だ。

 スピーチをする人はしばしば、自分にカリスマ性が備わっていたらどんなによいだろうと思う。聴衆を魅了し、自分のことを好きになってほしいと考えるのだ。しかし、そこに誤解がある。スピーカーの役割は、聴衆に好かれることではなく、あくまでもメッセージを伝えることである。その点、聴衆が話し手を意識しすぎると、メッセージがきちんと届かない可能性がある。

 なぜ、メッセージが届かないのか。多くの研究によると、感情には、人がメッセージを記憶するのを助ける役割がある。聞き手が話し手のメッセージを記憶するためには、そのメッセージとの間に感情的な結びつきを持つことが望ましい。人が最も鮮明に記憶するのは、最も激しく感情を揺さぶられた出来事なのである。

 問題は、カリスマ性が、聞き手の感情的反応を弱める可能性があることだ。

 ケンブリッジ大学ジャッジ・ビジネス・スクールのヨッヘン・メンジス講師による強力な研究によれば、カリスマ性のあるスピーカーは聞き手の集中力をすべて自分に引きつけ、聞き手の感情的反応を抑制してしまう場合がある。その結果、カリスマ性のある人物が語った内容は、聞き手の記憶に残りにくい。聞き手は、スピーカーに好感を抱いたことは記憶していても、話の中身は思い出せない場合が多いのだ。
 
 あなたも、講演に引き込まれたはずなのに、話の内容を思い出せなかった経験があるだろう。この場合、足りないのはプレゼンスだ。「プレゼンス」はさまざまな定義が可能だが、ここでは端的に、その空間に集まっている聞き手や、その人たちに伝えたいメッセージに全面的に向き合う能力と定義したい。

 一言で言えば、プレゼンスはカリスマ性の正反対と言える。カリスマ性が話し手中心なのに対し、プレゼンスは聞き手中心だ。プレゼンスの持ち主は、聞き手を魅了するのではなく、聞き手に価値あるものを提供しようとする。

 前出のCEOは、この点について天性の才能を持っていた。自分の賢さを印象づけるのではなく、聴衆が聞きたいことを話し、聴衆が抱いている懸念や不安や疑問について語る能力に長けていたのだ。聞き手の問題解決を助けることにより、話し手である自分との結びつきを感じさせることができた。

 プレゼンテーション法の大御所であるナンシー・デュアルテは、こう記している。「プレゼンの場にいる中で、あなたが最も賢い人物の場合もあるだろう。そのようなケースでも、その知識の力を賢く、そして謙虚に用いなくてはならない。プレゼンを自分の賢さを印象づける機会と考えるべきではない。大切なのは、プレゼンのあと、聞き手にこう思わせることだ。『◯◯さんのプレゼンを聞くために時間を費やすのは素晴らしい経験だ。成功するために必要な知識と道具を得られる』」。聞き手にとって価値のあるメッセージを伝えたいなら、プレゼンスを持つことが不可欠なのである。

 話し手がプレゼンスを重んじ、聞き手に「贈り物を与える」という発想に立つことは、聞き手だけでなく、話し手自身にも恩恵をもたらす。プレゼンスは、話し手が自分の脳内の世界から外に出て、聴衆と直接結びつくことを可能にする。そうやって、聴衆と全面的に向き合える人は、あまり緊張せず、うまくメッセージを伝えられる。