ハーズバーグの「動機づけ・衛生理論」

 心理学者のフレデリック・ハーズバーグが唱えた「動機づけ・衛生理論」という考え方がある。簡単に言えば、仕事への満足を生む要因(=動機づけ要因)と、不満を生む要因(=衛生要因)は別のものだという学説である。

 この理論によれば、満足度が弱まれば不満足度が高まるとか、不満足度が弱まれば満足度が高まるという関係にはない。したがって、マネジャーは動機づけ要因と衛生要因の両方に等しく目を配る必要があるとされる。

 動機づけ要因としては、やりがいのある仕事、仕事の成果に対する評価、業務上の権限、有意義な仕事をする機会、意思決定への参画、自分が組織にとって重要な存在だという実感などが挙げられる。一方、衛生要因としては、給料、就労条件、会社の方針や管理方法、上司による監督のあり方、職場の人間関係、地位と安全などが挙げられる。

 働く人たちは、職場の衛生要因が良好なときは特に気にとめないことが多い。しかし、それが悪化すると深刻な悪影響が生じる可能性がある。

 衛生要因の悪化は、一見すると些細なことの場合もある。たとえば、ある日は休憩室にコーヒーが用意されていたのに、次の日にはコーヒーがなければ、それが衛生要因を悪化させたりする。働く人たちは、職場のこうしたことが身に染みる。日々の職場生活で当たり前だったものが失われたり、奪われたりすると、人は燃え尽き状態に陥りやすい。

 マスラークは、このような要因を「ぺブル(小石)」と呼ぶ。靴の中に小さな石が入っただけでも、足が痛んだり、不愉快な思いをしたりする。それと同じように、職場でのささやかな不快感や痛みの積み重ねが人の精神を痛めつけるのだ。これまでの仕事上の経験を通じて、私もその実例をいくつも目の当たりにしてきた。

 これは以前、私が勤務していた大学の話だ。

 その大学の音楽学部の上層部が、ある年の設備改修費用の全額を防音スタジオの設置に回すと決めたことがあった。ほかの教員たちも大喜びするに違いないと、上層部は考えた。しかし、それはとんだ思い違いだった。教員たちが欲しかったのは新しい譜面台だった。譜面台が壊れたり、傾いたりしていて、学生の練習中に楽譜が床に落ちてしまった。新しい譜面台なら、1つにつき300ドルで買えた。

 防音スタジオの開設式典は盛り上がりに欠けた。教員たちもあまり乗り気でなく、出席しない教員すらいた。上層部は、せっかくの新スタジオが感謝されなかったことに腹を立てた。しかし、双方とも不満を相手に伝えず、その後の1年間を通じて怒りの種が膨らんでいった。

 そのうちに、終身在職権を取得していない優秀な教員たちがほかの大学に出ていくようになり、学部は貴重な人材を失ってしまった。もし、予算の使い道について教員たちに発言の機会を与えていれば、譜面台を買い替えるためのわずかな出費だけで、チームの崩壊を回避できただろう。

 マスラークは、あるCEOの逸話を聞かせてくれた。

 そのCEOがオフィスの屋上にバレーボール用のコートを設置したが、利用する社員はごくわずかだった。社員はいつも屋上を見上げて、誰も使っていないコートを見ていた。

 次第に、社員は会社に対して冷めた気持ちになっていった。バレーボールコートをつくるための予算は、もっと有意義な目的のために使えたはずだと思えたからだ。「もし私がその予算の一部でも用途を決められれば、その金であの問題を解決できたのに」と思わずにいられなかったのである。

 リーダーは、部下のニーズを尋ねさえすれば、部下のストレスを大幅に緩和し、燃え尽きも減らせるのだ。