グローリア・マークのチームの研究によると、 私たちはしばしば数分ごとに作業を切り替える。こうした頻繁な中断により「仕事のスピードを上げる必要性が増し、それがストレスを増大させ、フラストレーションを高め、時間のプレッシャーと労力を増やす」という。パフォーマンスにダメージを与えるだけではなく、私たちが世界に「自分の存在意義を示す」妨げになる。

 対照的に「注意をそらすことなく、高度な認知能力を要する仕事に集中する能力」をジョージタウン大学のカル・ニューポート教授は、「ディープワーク」と定義している。そのメリットは「複雑な情報を迅速に習得し、より短時間で、よりよい結果を出せる」ことだという。

 私は、ディープワークには「脳力の勢い」が必要だと考えている。最も重要で意義のある仕事に着手し、集中し、自分のリソースを総動員するには、それなりの時間がかかる。ここでいう「リソース」とは、知識や知恵、経験に加え、共感や情熱、思いやり、勤勉さなど、日々の生活をかけがえのない、より豊かでインパクトのあるものにする、あらゆる資質を指している。仕事や経験、人とのつながりのためにこの勢いを高めることを、私は「才能を解き放つ」と呼んでいる。

 こんな例えはどうだろうか。あなたの課題が、自転車で10マイル走ることだとする。ペダルを踏み出し、加速し、進み始めたところで、何か思いがけないことが起きてブレーキを踏む。止まったせいで勢いを失い、再びこぎ出すのに、また労力がかかる。

 スピードを上げようとするたびにブレーキを踏むのを強いられたら、どうだろうか。いつまで経っても調子が出ず、始終、ペダルを全力でこいでいなければならない。目的地に着くまでに、どれだけ余分な時間がかかるだろうか。どれだけ余分に苦労し、フラストレーションがたまるだろうか。これが注意散漫な状態の脳の力で、その日の仕事の満足感や達成感が奪われることになる。

 次に気をそらす何かが来るまでの3分間をどれだけ積み重ねても、才能を満足に解き放つことはできない。残念ながら、注意散漫は多くの人にとって一種の習慣になっている。あまりに頻繁かつ日常的に強化されていて、やめるのはとても難しい。

 説得のテクノロジー、すなわち行動心理学の高度なテクニックによって、注意散漫であり続けるよう「説得」するテクノロジーが、この問題を悪化させている。この習慣が強まると、やがて、私たちはみずから気が散るものを求めるようになる。周りが静かになったり、仕事に飽きたりいら立ったりすると、スマホに手が伸びるのだ。

 気をそらすことが習慣化すると、注意力の持続時間が短くなり、脳力を有意義に活かすための忍耐力が低下する。仕事が不快で太刀打ちできないもののように見えてきて、才能を解き放つのに必要な脳力の勢いを高めにくくなる。こうして、注意散漫が引き起こす問題は深刻化する。熟考を要する仕事に打ち込む能力は低下し、そういう仕事をやりたいという欲求も低下してしまう。

 そういうわけで私は、生産性向上への道は「時間管理」ではなく、アテンション(注意力)・マネジメントと、気の散る習慣を断つことにあると確信するようになった。そのために誰でもできる簡単なことを、3つ挙げよう。認識すること、克服するプランを立てること、そして活性化エネルギーの原理を利用することだ。