「賢明なピボット」の本質的特徴

 個別事業の方針転換や、事業ポートフォリオの入替は、多くの事業で取り組まれてきた。デジタル時代における「賢明なピボット」とは、どんな特徴を持つのだろうか。

1. 既存事業の行く末を「利益創出」の観点から客観的に評価する
「賢明なピボット」に成功している企業は、その時点で売上・利益が出ていても、将来の事業環境を客観的に評価し、利益の成長が見込めない場合は、当該事業の抜本的な転換に着手している。「売上は伸びているが利益が横ばい」といった危機の顕在化は十分ではなく、将来の市場性・競争力を評価する力が求められる。

  • Adobeは、PCにおけるドキュメント管理ソフトウェアの市場で確固たる地位を築いていたが、スマホの台頭・マルチデバイス化によって、デバイス別のライセンス売切モデルは利益の成長が難しいと判断し、2011年の時点で、サブスクリプション型への転換を図った。
  • フィリップモリスは、紙タバコ市場で圧倒的なシェアを誇っていたが、健康意識の向上、喫煙規制強化を見据え、加熱式タバコIQOSを2014年に市場投入し、他社に先駆けて事業の転換を進めた。
  • かつて電線御三家と言われていた古河電気工業、住友電気工業、フジクラは、電線事業がまだ成長を続けている中で、競争の激化を見越して主力事業を自動車関連ケーブル、光ファイバーにシフトし、高い利益を上げている。

2. ピボットの方向性を決める(市場のピボット、ビジネスモデルのピボット)
 事業の転換には、既存市場(顧客)とは違う新しい市場(顧客)を模索する「市場のピボット」と、既存市場(顧客)をベースとしながらもビジネスモデルを変えることで規模拡大や収益構造転換を狙う「ビジネスモデルのピボット」の二つがある。成功企業は、どちらのピボットを選択するかを明確に定め、その実現に向けた施策群を実行している。

 ①市場のピボット:競争激化や代替サービスの出現により、既存顧客からの収益縮小が避けられない場合

  • 富士フイルムの収益源であった写真感材市場は2000年をピークに頭打ちが始まったため、2003年から応用領域へのピボットを開始し、全く異なる市場(顧客)向けに、化粧品、医薬品、再生医療事業を展開した。
  • フィリップス(家電→ヘルスケア)、JVCケンウッド(オーディオ→カーナビ)、日清紡(繊維→ブレーキ、エレクトロニクス)、MIXI(広告→ゲーム)など

 ②ビジネスモデルのピボット:市場(顧客の消費)は伸びるが、嗜好が大きく変容する場合

  • ソニーのゲーム事業は、ハードの売り切りで数千億~1兆円/年の売上規模であったが、ネットワーク化の時代を見据えたサブスクリプション型のサービスを加える事で、売上規模をほぼ2倍まで引き上げている。
  • コマツのハード+ソリューション化、Adobe/Microsoftに代表されるサブスクリプション化、ウォルマート等のリテールのオムニチャネル化、リクルートによるIndeed買収など

3. ピボットの軸となる隠れた資産(Hidden Asset)を見極める

 成功するピボットには、その軸となる強みが存在し、ピボット後も競争力の源泉となり続ける。探索すべき強みは、主に、経営の能力(情報の質、意思決定の仕組み)、業務の能力(SCM、R&D、顧客ロイヤリティ、パートナーエコシステム)、独自性のある資産(技術、IP、ブランド、顧客基盤)といった要素であるが、自社で考えるだけでは見つけ出すのが難しい場合も多く、顧客やパートナー企業など、外部との対話を通じた検討が有効である事が多い。

  • 富士フイルムのピボットでは、同社が保有する技術資産の棚卸を全社レベルで実施している。化粧品、医薬品、再生医療はどれも、同社の化学領域における技術を差別化要素として活用している。(例: 写真の色あせを防止する抗酸化技術→アンチエイジングに転用)
  • B2B向けの倉庫事業を祖業とする寺田倉庫は、都内一等地に近い「地の利」を強みに、美術品やワインなど高付加価値保管ビジネスや、イベントビジネスにシフトしている。(最近では、よりDisruptiveなクラウド保管サービス「Minikura」を手掛けている)

4. 「既存事業の強化」と「未来の事業の立ち上げ」は、同時並行で二兎を追う

 企業価値を高めながら事業転換を図るためには、「既存事業の強化」と「未来の事業の立ち上げ」は、どちらか一方に大きく傾斜する事なく、双方を同時並行で推進する。

  • 富士フイルムは、既存事業の立て直し・強化も同時並行で進め、感材事業の研究開発~販売における全バリューチェンにおける構造改革をわずか半年強で完遂している。現在でもDigitalと真逆のコンセプトでチェキを訴求し、2018年度は1,000万台を達成。同年のグループ全体の営業利益・純利益はともに過去最高である。
  • Walmartは、 M&Aを通じて食料・飲料ECサービスを拡大すると同時に、実店舗においてもデジタルを用いた待ち時間削減など買い物客離脱防止策や、在庫効率向上策を展開し、実店舗事業の収益性も向上している。
  • NVIDIAは、ゲーム用グラフィック処理技術を核とし、GPUテクノロジーをデーターセンターや自動運転分野に応用。新たな分野、ゲーム事業の双方で売上高260%以上の成長を実現している。

 成功企業は、同時並行で二兎を追いながら、未来の事業の立ち上がりを見て、リソースを大胆にシフトする。Adobe、マイクロソフトの売り切りからサブスク型への転換は、躊躇なく舵を切る事で成功を収めた好例である。

5. 未来の事業がスケールするまで、トップマネジメントが不退転の決意を示し、徹底的に実行する

 “未来の事業”を立ち上げるプロセスは一定の試行錯誤を伴い、さらに軌道のるまでには数年の期間を要する。"未来の事業"が立ち上がるまで高い推進力を維持するためには、実行チームに依存したボトムアップだけでは限界があり、トップマネジメントが構想から実行までをコミットすることが肝要となる。

  • マイクロソフトは、2014年に就任したサティア・ナデラCEOが、旧来の世界観からの転換を決意。同社のミッションを「全ての机と家庭にPCを」から「地球上のすべての個人とすべての組織が、より多くのことを達成できるようにする」に変更し、PC中心のビジネスから、モバイル・クラウドへのシフトを敢行。
  • マイクロソフトナデラCEO、富士フイルムの古森会長などの例からは、創業家でもない、外部登用でもない、内部出身のリーダーであっても、トップ主導での事業転換を実現できることを示している。