『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2020年1月の注目著者は、ブリガム・ヤング大学教授のジェフリー H. ダイアー氏です。

ジェフリー H. ダイアーの研究者人生は
日米の自動車メーカーの比較から始まった

 ジェフリー H. ダイアー(Jeffry H. Dyer)は、1960年に米国ユタ州プロボに生まれた。現在59歳。プロボにあるブリガム・ヤング大学(Brigham Young University、以下BYU)マリオット・スクール・オブ・ビジネス(以下マリオット)のマネジメント研究科に所属し、ホーラス・ビーズリー記念講座戦略担当教授を務める。

 ダイアーは1977年にプロボ高校を卒業すると、BYUに進学した。BYUは、末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)が運営する名門大学である。ダイアーは1978年から1980年までの2年間、志願して韓国で伝道活動(mission)を行いながら、BYUで組織心理学を専攻し、1982年に優秀な成績(Summa Cum Laude)で卒業した。

 その後、同大学ビジネス・スクールのマリオットに進学し、1984年にMBAプログラムを優秀な成績(High Distinction Honors)で修了すると、戦略コンサルティングファームとして著名なベイン・アンド・カンパニーのマネジメント・コンサルタントとして就職した。同社では、コンサルティング業務にほか、1987年には同社の新人コンサルタント向けたグローバルな研修も担当した。

 ダイアーは1989年、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)の博士課程に進学した。博士課程では、戦略経営論、組織経済学、国際経営論を専攻し、ウィリアム G. オオウチ教授とリチャード・ルメルト教授から研究指導を受け、1993年に同大学より経営学のPh.D.を授与された。同年、ペンシルベニア大学ウォートン・スクールの非専任の准教授として採用され、エクゼクティブMBAプログラムの教壇に立った。

 ダイアーはUCLAの博士課程において、日米の自動車メーカーとサプライヤーとの組織間関係の比較研究を行なっており、博士論文のタイトルは、“Four Papers on Governance, Asset Specialization, and Performance: A Comparative Study of Supplier-Automaker Relationship in the U.S. and Japan.” であった。ダイアーが研究指導を受けたオオウチ教授とは、博士課程での研究をベースにした共著論文として、"Japanese Style Partnerships: Giving Companies a Competitive Edge," Sloan Management Review, Volume 35, No. 1, 1993 Fall.を発表している。

 ダイアーが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)誌に最初に寄稿した論文は、"Dedicated Assets: Japan's Manufacturing Edge." HBR, November-December, 1994.(未訳)である。この論文も同様に、日本の自動車メーカーとサプライヤーとの組織間関係について考察したものであった。その後、"How Chrysler Created an American Keiretsu," HBR, July-August, 1996.(未訳)を発表している。

 ダイアーは1999年にBYUに戻ると、マリオットの教授に就任した。日本の自動車メーカーに関する研究を継続し、延岡健太郎との共著として、“Creating and Managing a High Performance Knowledge-Sharing Network: The Toyota Case,” with Kentaro Nobeoka, Strategic Management Journal, 2000.、さらに“The Influence of Customer Scope on Supplier Learning and Performance in the Japanese Automobile Industry.” Kentaro Nobeoka and Anoop Madhok, Journal of International Business Studies, 2002.を発表している。 

成長戦略の必勝法を解き明かす

 企業成長の意欲が高まると、戦略として新規市場への参入、あるいは企業買収や資本提携による事業拡大を志向する。だが、その成功が保証されているわけではない。

 ダイアーは、“When to Ally and When to Acquire,” with P. Kale and H. Singh, HBR, July-August 2004.(邦訳「提携すべき時、買収すべき時」DHBR2005年2月号)において、米国企業が企業買収や資本提携を安易に選択しており、結果として失敗している事実とその原因を解き明かしている。

 企業成長をもたらす企業買収や資本提携を成功させるためには、戦略の選択について、第1に目的とする経営資源と生み出されるシナジー効果、第2に対象企業の技術や製品のもたらす成果の不確実性、第3に企業買収や資本提携を円滑に進める自社のコラボレーション能力という、3つ視点からの検討が必要であると主張した。

 企業が事業拡大を狙うとき、ほとんどの企業は、既存企業が2、3社しか存在せず、しかもどの企業も高収益をあげている業界への参入を選択する。だが、魅力的な高収益をもたらす市場には、マイケル M. ポーターがファイブフォース分析で業界構造を示したように参入障壁が存在するため、その新規参入を成功させることは容易ではない。

 ダイアーは、“Strategies to Crack Well-Guarded Markets.” with David J. Bryce, HBR, May 2007.(邦訳「新規参入の必勝法」DHBR2008年11月号)において、新規参入を成功させた企業と失敗した企業の戦略の違いを分析し、新規参入の必勝法を検討した。

 新規参入を成功させるためには何よりも、寡占状態を築いている参入障壁を打破することが求められる。ダイアーは、清涼飲料市場でのエネルギー飲料のレッドブル、テレビゲーム機市場での玩具メーカーのジャックス・パシフィック、シューズ市場でのスケチャーズ、子ども服市場でのトイザらス、家具市場でのコストコなどの成功企業を事例として挙げながら、既存企業との競争を避ける「間接攻撃」を紹介している。

 間接攻撃とは、既存企業が弱点とする業界のニッチ市場から参入し、競争優位を獲得してから業界の主力市場に攻め入ることを意味する。この論文では、間接攻撃の具体的な方法を紹介している。

イノベーターのスキルと
イノベーション・プロセスを探る

 イノベーションのアイデアは、いつ、どのようにして考えつくのか。個人の能力に依存することなく、イノベーションを体系的に起こすには何が必要なのか。

 ダイアーは、“The Innovator’s DNA,” With Hal B. Gregersen and Clayton Christensen, HBR, December 2009.(邦訳「イノベーターのDNA」DHBR2010年4月号)で、イノベーティブな企業を立ち上げたり、新規事業や新製品を開発したりした3500人超を対象にした調査を行い、そこからイノベーションの素となる5つのスキルを抽出した。同論文では、「関連づける力(associating)」「質問力(questioning)」「観察力(observing)」「実験力(experimenting)」「人脈力(networking)」が重要だといい、それら5つのスキルを磨く方法を述べている。

 イノベーターは新たなアイデアを創造するとき、5つのスキルを相互に駆使している。イノベーションを追求する起業家精神の素となるDNAは生来のもではなく、常日頃から違うように考えて行動しようとする前向きな努力の賜物であると、ダイアーは力説する。

 この論文は2009年度のマッキンゼー賞銀賞に選ばれた。また論文をベースに研究を敷衍し、書籍として、The Innovator’s DNA, 2011.(邦訳『イノベーションのDNA』翔泳社、2012年)を上梓している。

 成功するイノベーターに共通するのは、個々の卓越した発明ではなく、イノベーション・プロセスを革新したことによる。

 ダイアーは、「成果を出したイノベーターが、どのような方法やプロセスを用いて、アイデアを検証し、市場に導入しているのか」という問題意識を持ち、イノベーションを実現させるマネジメントやプロセスのあり方を調査した。そして、BYUの教え子でもあり、INSEAD准教授とBYU准教授を兼ねるネイサン・ファー(Nathan R. Furr)との共著で、一連の「イノベーターのメソッド(Innovator’s Method)」に関する論文を多数執筆している。

 “Leading Your Team into the Unknown: Great Leaders Empower their Organizations to Innovate.” with Nathan Furr, HBR, December 2014.(邦訳「プロセスを変えればイノベーションは生まれる」DHBR2015年6月号)では、たとえばIDEOの場合、顧客との間に共感を築き、さまざまなソースから新しいアイデアを組み合わせる「デザイン思考」と呼ばれる共創アプローチがある。多くの一流のイノベーターが、より確実にイノベーションを構想し、開発し、テストし、市場に導入するために活用している、包括的なイノベーション・プロセスを紹介している。

 ダイアーらによると、イノベーションとは本質的に「発見のプロセス」である。リーダーの役割は、イノベーションに対する意思決定者になることではなく、3つの価値を生み出すことだと指摘した。第1に、実験を通して不確実性を軽減し、未知のことに対する「洞察する価値」、第2に、遂行、変更、終了を「選択できる価値」、第3に、実験から得られる「戦略上の価値」である。安心してイノベーション・プロセスを実行できる心的空間をつくり出すことであると、ダイア-は主張する。

 近年、業際を超えて多数のプレイヤーが参加する「ビジネスエコシステム」と呼ばれるイノベーション・プロセスが注目されている。ダイアーは、“Multi-Party Innovation: How Big Firms are Collaborating to Innovate at their Intersections,” with Nathan Furr, HBR, November 2015.(邦訳「エコシステムイノベーション:大企業が連携する新たな仕組み」DHBR2017年6月号)を通じて、ここに焦点を当てた。

 同論文では、業界横断的に多数のパートナーを集めて機動的にアイデアを事業化する「エコシステム・イノベーション」の手法を取り入れた、シスコの「ハイパーイノベーション・リビングラボ(CHILL)」の協働活動について詳述している。そしてダイアーは、企業がシスコのようなエコシテム・イノベーション能力を高めることが必要だと主張した。

 なお書籍としては、ネイサン・ファーとの共著 The Innovator’s Method, 2014.(邦訳『成功するイノベーションはなにが違うのか?』翔泳社、2015年)を上梓している。同書では、既存企業の経営陣が、不確実性の高い野心的なアイデアを取り上げて検証し、イノベーションの実現に向けてマネジメントする、これまでにない「イノベーターのメソッド」に取り組む必要性を言及している。

なぜ大胆な発想ができないのか

 クリス・アンダーソンがFREE, 2009.(NHK出版、2009年)を出版して以来、無料(Free)のビジネスモデルが注目を浴び、医薬品から自動車まで幅広い業界へと拡大していった。

 ダイアーは、“Competing Against Free Products,” with David J. Bryce and N. Hatch, HBR, June issue 2011.(邦訳「『FREE経済』の戦略」DHBR2011年10月号)を通して、競合が無料のビジネスモデルで新規参入してくる場合における、既存企業の対応戦略を検討した。

 調査の結果、既存企業が無料のビジネスモデルに打ち勝った事例はなかった。ダイアーはその原因として、既存企業の経営陣が、無料のビジネスモデルがもたらす脅威を正しく評価しないばかりか、既存の組織構造と、堅調な売上げと利益をもたらしている既存のビジネスモデルに拘泥したからであると指摘した。

 既存企業にとって、無料サービス市場拡大の成長率が高く、かつ現在の顧客が離反する速度が速く、離反率も高い場合、特に緊急を要する最大の脅威となる。無料サービスの脅威に対しては無料で打ち勝つ戦略しかない。にもかかわらず、既存企業がそれを実施できない原因は、既存の組織構造におけるプロフィット・センターの原価計算システムにあった。

 ダイアーは、既存企業が無料サービスに打ち勝つために、究極的には、企業文化の転換、組織構造の改革、原価計算システムの変更が必要であるという。そして、それらを推進できる経営陣の強力なリーダーシップが求められると主張した。

 また、“’When Your Moon Shots Don’t Take Off.” with Nathan Furr and Kyle Nel, HBR, January-February 2019.(邦訳「ムーンショットを構想する方法」DHBR2019年8月号)では、既知のことにこだわる「認知バイアスの罠」にはまって、リスクを回避し安易なことしか考えられない「斬新的思考」に陥いる現代組織に対して、大胆な発想を導く4つのイノベーション・アプローチを提言している。

 第1は、SF小説のように、未来社会に実現するあらゆる可能性を夢想してみること、第2は、異なる分野からアナロジー(類推)を用いて思考すること、第3は、支配的なパラダイムとなっていることに疑問を抱き、基本に立ち帰る「第一原理アプローチ」で分析し、推論すること、第4は、既存の能力を別の用途に使用することを大胆に検討する「外適応」である。

 ダイアーはBYUの学士課程で組織心理学を専攻したが、ダイアーの父であるウイリアム・ダイアー(William G. Dyer)もまた、組織心理学や組織改革の教育研究者であった。ダイアーは『イノベーションのDNA』の謝辞で、「父は人生のあらゆる側面でいつも偉大な手本だった」と述べている。

 ウィリアムは30年もの長い間、BYUの教壇に立ち、組織行動学科の学科長を務めるとともに、1979年から1984年にはマリオットの学長を務めた。その間、教育研究者として研究に励む傍ら、エクソンやゼネラル・フーズなど大企業のコンサルティングも行っていた。エクソンは1950年代に360度評価(360-degree feedback)を人事制度に取り入れたが、ウィリアムは、360度の多面的な評価システムによるマネジメント・スタイルを考案した共同開発者の一人である[注]

 冒頭で述べた通り、ダイアーはコンサルタントを経て研究者となった。その初期の研究課題は、1990年代の日米の自動車産業における組織間関係の研究である。のちに戦略論の研究に転じ、さらにイノベーションを生み出す組織やプロセスに問題意識を持ち続けている。こうした変遷を見ると、ダイアーは父の背中を追いかけて、組織改革や組織心理学の分野に進みつつあるように思える。

[注]William G. Dyer, Team Building: Issues and Alternative, 1979.