医師と患者のつながりを再構築する

 ACIは、医療機器というより、診療室の照明のように目立たない形で控えているツールセットだ。

 たとえば、よくある診察室の壁にフラットスクリーンが設置されていて、必要な情報が映し出される。目立たない形で置かれたマイクが、医師と患者のやり取りを正確に捉える。診察室にパソコンを置く必要はない。データ入力やさまざまな処理は、バックエンドのクラウドシステムで行われるからだ。

 ACIは、20年ほど前から医療現場で使われてきた音声認識技術をベースにしている。また、音声バイオメトリクスによって、医師や患者をはじめ診療室にいる人を認証する(すなわち音声で人を識別する)。さらに対話型AI、機械学習、音声合成、自然言語理解(NLU)、そしてクラウドコンピューティングを統合して、診断ガイダンスと臨床インテリジェンスを提供する。

 たとえば、患者の病歴や症状に基づく診断や、薬物間相互作用、推奨される代替薬といった情報を提供する。また、医師が患者の病歴や検査結果を見たいと言うと、リアルタイムに反応して情報を提供するほか、薬を処方し、検査の予約をし、検査後の診察予約も行う。診察が終わると、その要約を作成し、カルテをアップデートして、適切な請求番号を入れた書類を作成する。それを医師がチェックし、必要に応じて編集したうえで、医療方法基盤(EHR)に登録する。

 もちろん患者のプライバシーは、医療保険の相互運用性と説明責任に関する法律(HIPAA)を遵守するためにも、システムの機能させるうえでも、そしてユーザーにACIを受け入れてもらうためにも不可欠だ。ACIで収集される患者データは、厳格に保護され、患者の同意のもと保管されて、目的外で使用するときは明確に定義された臨床目的のみとし、匿名化された形で使用される。

パイロット版はすでにスタート

 現在、ニュアンス・コミュニケーションズ、マイクロソフト、グーグル、アマゾン、アップルなど一連のプロバイダーが、それぞれ独自のACIを開発している(本稿の共著者ペトロはニュアンスのCTOを務める。またニュアンスとマイクロソフトは、ACIの開発と運用を加速化で提携している)。

 また、本稿の共著者の2人(アッシュとラブ)は、今年に入り、それぞれが関係する医療機関で、ニュアンスのACIシステムのパイロット版の使用を開始した。具体的には整形外科、耳鼻咽喉科、外科、消化器科、心臓病など、定期的な診察が必要で、疾病が予測可能なことが多い分野の臨床医5人に対してシステムを提供した。この計画的なアプローチにより、テクノロジーを改良するとともに、一見したところテクノロジーの使い方は異なるが、患者への接し方をよく似たワークフローに適応する形に調整することができた。

 ACIの性能を測定するにあたっては、患者体験の改善、公衆衛生の改善、コスト削減、医療提供者の労働改善という4つの指標を設定した。具体的には、患者の満足度、EHRデータ(1回あたりの診察時間や就業時間後にドキュメンテーションに要した時間など)、医師一人あたりの平均患者数などが含まれる。また、医師に、ACIとバーチャルスクライブや人的スクライブ、さらには記録作業をいっさい外注しない場合を比較評価してらうこともした。

 現段階では、臨床面あるいはコスト面で確固たる結論を示すのは時期尚早だ。しかし初期に得られたデータと、ACIを使った医師からの個人的な報告は、心強い内容となっている。たとえば、診察中にACIを使っている医師にあたった患者の95%は、ACIの使用に同意した。また、ACIがEHRで報告書を完成させるための所要時間は、私たちの予想の半分だった。

 いまのところ最も高い評価を得ているのは、質的な側面だ。とりわけACIを使ってみた医師の満足度は高く、医師たちの間でACIの評判が口コミで広がっている。ある医師は、「通常ならドキュメンテーションに週6~8時間かかるが、それが半分に減った。患者数が30~35人だとすると、1人当たり5分ほど診察時間を伸ばせる。これは大きい。1日2時間余分な時間ができれば、多くのことができる」

 ACIは「診察をあるべき姿にしてくれる」とコメントした医師もいた。最も感動的だったのは、ACIに懐疑的だった医師からのポジティブなコメントだ。彼は、これまで「事務作業を減らしてくれる」というテクノロジーをいろいろ試してきたが、どれも効果がなかったため、ACIにも期待していなかった。ところがいまは、ACIの熱烈な支持者である。「おかげで私は、医師に戻ることができる。データ入力作業員ではなくてね。患者との関係を壊さずに、医師のやりたいことができる」

 ACIをはじめとするAI技術は、医療に革命を起こすことができるかもしれない。だが、技術進歩だけでは、費用や質、そして結果において必要とされる改善を実現することはできない。こうしたことは、医療システムを実際に活用するとともに、患者を直接相手にする医師を支援するテクノロジーを生み出したときに、初めて可能になるのだ。


HBR.org原文:How AI in the Exam Room Could Reduce Physician Burnout, November 12, 2019.

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マイケル・アッシュ(Michael Ash)
医学士。ネブラスカ・メディシンのEVP最高トランスフォメーション責任者。ネブラスカ大学医療センター(UNMC)IT担当副所長。これまでにヘルスケアIT企業のサーナーで最高医療責任者や医師戦略・イノベーション担当バイスプレジデントを歴任。内科医。

ジョー・ペトロ(Joe Petro)
2008年よりニュアンス・コミュニケーションズのエグゼクティブ・バイスプレジデント兼最高技術責任者。これまでにエクリプシスの商品開発担当シニアバイスプレジデントのほか、複数のスタートアップや大手企業の経営幹部を歴任。

シャフィク・ラブ(Shafiq Rab)
医学士、公衆衛生学修士。ラッシュ・ヘルスシステムおよびラッシュ大学医療センターのシニアバイスプレジデント兼最高情報責任者(CIO)。カレッジ・オブ・ヘルスケア・インフォメーション・マネジメント・エグゼクティブズ(CHINE)の理事長も務める。これまでにハッケンサック・メリディアン・ヘルス、グレーター・ハドソンバレー・ヘルスシステム(GHVHS)、キャツキル地域医療センター、聖メアリー病院、キャリア・クリニック/イーストマウンテン病院の共同CIOやシニアバイスプレジデントを歴任。