『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年11月の注目著者は、ペンシルベニア大学ウォートン・スクール教授のイアン C. マクミラン氏です。

南アフリカを飛び出して米国での学究生活へ

 イアン C. マクミラン(Ian. C. MacMillan)は1940年生まれ、現在79歳。ペンシルベニア大学ウォートン・スクール(以下ウォートン)のディルバイ・アンバニ記念講座イノベーション・アントレプレナーシップ名誉教授を務め、研究分野はアントレプレナーシップ論とベンチャー・マネジメント論である。なお、講座の冠名となっているディルバイ・アンバニは、タタやビルラと並ぶインドの三大財閥、リライアンス・グループの創業者である。

 マクミランは南アフリカ出身の化学エンジニアであり、実務の世界からアカデミズムの世界に進んだ異色の経歴を持つ。南アフリカの名門大学ウィットウオーターズランド大学で化学を専攻し、同大学を卒業すると、政府機関の原子力委員会に在籍した。その後、金やウランの採掘事業、石油の精製事業など行う南アフリカの総合石油化学企業に勤務した。

 1970年、約30万人の学生数を誇る通信制(Open Distance Learning)の南アフリカ大学(UNISA)に講師として採用されると、そこで働きながら、1972年に同大学のMBAプログラムを優秀な成績(cum laude)で修了した。さらに同大学のDBAプログラムに進み、1975年にDBAを授与された。DBAプログラムでは組織行動論を専攻し、博士論文のタイトルは、”Aspects of Manipulative and Accomodative Behavior by Graduate Middle Managers.”(高学歴の中間管理職の操作的かつ協調的行動の側面)であった。

 マクミランはDBAプログラムを修了後、ノースウエスタン大学に客員教員の申請が認められたことで渡米し、米国での学究生活を始めた。その後、1976年にコロンビア大学のアントレプレナーシップ論の准教授として採用され、1984年にはニューヨーク大学のアントレプレナーシップ研究センターの発足に伴い、同センターのディレクター兼教授に就任した。さらに、1986年にペンシルベニア大学のソロモン C. スナイダー起業研究センターのディレクター兼ウォートンの教授となった。

大企業の新規事業に欠けているもの

 1970年代以降の米国では、日本やドイツなど海外から流入する安価な製品により、製造業の収益性が大幅に低下していた。

 米国企業の多くは、本業である主力製品の収益性を確保するために、海外に生産拠点を移すオフショアリングや、海外企業に生産委託するアウトソーシングを実施する一方、新規に事業開発を行う多角化戦略を推進した。イノベーションと事業機会を発見する必要性を求めた、ピーター F. ドラッカーのInnovation and Entrepreneurship(邦訳『イノベーションと企業家精神』ダイヤモンド社、1985年)に代表されるように、アントレプレナーシップが鼓舞された時代である。

 しかし、マクミランによれば、1980年代に米国国内の新規事業設立件数は年間60万件のペースに達したが、設立後5年以内に50%が撤退しており、設立8〜10年経過すると生存率は5%まで低下するという。3Mやジョンソン・エンド・ジョンソンなどの一部の大企業を除くと、大企業が新規事業を成功させることの難しさを物語っていた。

 マクミランの問題意識は、変化が激しく不確実性の高い事業環境であるにもかかわらず、大企業には過去から続く組織の惰性があり、起業家精神が欠如していることにある。そして、大企業に起業家精神を発揮させるためにはどのような取り組みが必要かという点が研究課題であった。

 一般的な大企業にとって、社内に3Mのような独特の組織風土を短期間で移植するのは容易でないが、自社の状況に適した対策や方法を打ち出すことで、その成功率を上げることは可能であると、マクミランは主張する。

 マクミランは1983年から今日まで、『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)に驚くほど多数の論文を単著や共著で寄稿している。そんな彼がHBR誌に最初に寄稿した論文は、“The Politics of New Venture,” HBR, November-December 1983.(邦訳「ベンチャービジネスに欠かせぬ政治的手腕」DHBR1983年4・5月号)であった。

 この論文では、ベンチャービジネスに気乗りしていない銀行や投資家、サプライヤーなどの関係者を説得して、信頼を得る方法を論述している。マクミランの論考には、コンサルタントとしての豊富な経験から、企業事例に基づいた具体的に提案が貫かれている。

不確実性の時代に新規事業を成功させるために

 マクミランは、不確実性の高いベンチャービジネスに挑戦する、大企業の新規事業組織やスタートアップ企業に対して、一貫して「仮説指向計画(DDP: Discovery-Driven Planning)の必要性を提案してきた。その原型となった論文が、“Milestones for Successful Venture Planning,” with Zenas Block, HBR, September 1985.(邦訳「成功するベンチャー計画へのマイルストーン」DHBR1986年12・1月号)である。

 同論文では、製品開発、市場検証、生産、販売など、具体的な10のマイルストーンを提示して、目標や戦略を調整する「マイルストン計画法」について述べている。その内容を書籍にまとめた作品が、Corporate Venturing(邦訳『コーポレートベンチャリング』ダイヤモンド社、1994年)である。

 マクミランはさらに、仮説指向計画法を体系化した論文として、コロンビア大学ビジネス・スクール教授のリタ・ギュンター・マグレイス(Rita Gunther McGrath)との共著、“Discovery-Driven Planning,” with R. G. McGrath, HBR, July-August 1995.(邦訳「未知の分野を制覇する仮説のマネジメント」DHBR1995年11月号)を寄稿した。

 マグレイスは、The End of Competitive Advantage(邦訳『競争優位の終焉』日本経済新聞出版社、2014年)の著者として著名である。1988年にウォートンのPh.D.プログラムに入学すると、マクミランの研究指導を受けて、1993年にPh.D.を授与された。同年、コロンビア大学ビジネス・スクールの助教授として採用された経緯があった。

 論文の英文タイトルである“Discovery-Driven Planning”に含まれる“Discovery”という単語は、セレンディピティのような気づきや、洞察からの学習を意味する。そのため仮説指向計画を直訳すると、「洞察、学習に基づく計画策定」となる。

 この論文では、大企業が多角化戦略によって新規事業の進出したものの、巨額の損失を出すことが少なくない状況を問題提起した。その原因を、第1に、新規事業に取り組む大企業のアントレプレナーシップの欠如であり、第2に、新規事業分野は不確実性が高いにもかかわらず、事業計画や製品計画の策定方法に問題があるからだと指摘し、新規事業に取り組むための計画手法として「仮説指向型計画法」を提唱した。

 マクミランらは論文の中で、1983年にオープンして、初期段階では大きな損失を計上したユーロ・ディズニーランドによる「実績基準計画法」の問題点を指摘した。さらに仮説指向計画法の有効性について、花王の新規事業であったフロッピーディスク事業の事例を用いて説明している。

 仮説指向計画法のプロセスは、「逆損益計算法」により設定した、目標とする利益を生み出す要素の仮説に基づき、事業の時間軸の節目となる各マイルストーンに応じて、検証しながら計画を見直す「マイルストン計画法」からなる。

 前述の通り、論文では花王のフロッピーディスク事業を例に挙げている。その後、花王が事業の撤退を決断した際には、正しい仮説の設定と計画の修正があったことが想像できる。今日的には、撤退に至るマイルストーンまでをまとめていれば完璧だったと言えるかもしれない。なお、マクミランは2009年、マグレイスとの共著として仮説指向計画法に関する議論をまとめて、Discovery-Driven Growth(未訳)を上梓している。

 マクミランは同様の問題意識から、BOP(Base of the Pyramid)市場にも着目した。新興国のBOP市場は、社会インフラが欠如あるいは不完全であり、不確実性の高い状況にある。そして、社会を具体的に改善するうえで、ソーシャル・ベンチャーの活動が期待されている。

 マクミランは、“Making Social Ventures Work,” with J. D. Thompson, HBR, September 2010.(邦訳「BOP市場で社会起業を成功させる法」DHBR2013年8月号)の中で、ソーシャル・ベンチャーがBOP市場で成功するための方法を論じた。

 同論文では、仮説指向計画法のプロセスを活用して、注意深く、臨機応変に変更しながら行動することが必要であると、飼料プロジェクトなどの4つの成功事例を通して提言した。その内容は、The Social Entrepreneur's Playbook, 2013.(未訳) として上梓している。

成熟市場ではどのような成長戦略を描くべきか

 不確実性の時代、コモディティ化が進んだ成熟市場でいかに成長を図るかは、経営者にとって重要な経営課題である。

 マクミランは、“Discover your products hidden potential,” with R. G. McGrath, HBR, May-June 1996.(邦訳「製品の潜在競争力を発見するACEマトリックス」DHBR1997年1月号)を寄稿し、企業の内部成長を促すためには、コモディティ化した自社の製品やサービスをACE(Attribute Categorization and Evaluation)マトリックスを用いて、顧客の視点で各製品・サービスの特性を洗い出す必要性を提言した。

 ACEマトリックスでは、製品・サービスの基本特性に顧客が肯定的な場合に「当然特性」、顧客が不満を持っている場合を「忍耐可能特性」とした。また、顧客が競合企業との間に比較優位性を認める場合を「差別化特性」として、それを強く感じる場合は「感激特性」、否定的な場合には「不満誘発特性」ないし「反感誘発特性」であると置き、マトリックスを描く。

 自社製品の忍耐可能特性を除去できると、競合他社が持つ同様の特性は不満誘発特性となってマトリックス上を移動することになり、自社製品が競争優位となる。論文内の事例では、日本企業が低価格で高品質な特性を持つ日本車をアメリカ市場に参入した際に、アメリカ車がそれまで持っていた忍耐可能特性が不満誘発特性に転換したことを紹介している。

 同様の趣旨で書かれた論文として、“Discovering New Points of Differentiation,” with R. G. McGrath, HBR, July-August 1997.(邦訳「差別化戦略策定への消費連鎖分析」DHBR1998年5月号)がある。ここでは顧客の消費連鎖を分析して、コモディティ化した製品・サービスを差別化する方法を提言している。

 また、“Global Gamesmanship,” with A. B. van Putten and R. G. McGrath, HBR, May 2003.(邦訳「グローバル・ゲームのルール」DHBR2003年9月号)では、自社事業と競合他社との力関係を見定める際に、CSI(Competing under Strategic Interdependence)表を用いて分析することを提言している。

 さらに、“MarketBusting: Strategies for Exceptional Business Growth,” with R. G. McGrath, HBR, March 2005.(邦訳「『脱』コモディティ化の成長戦略」DHBR2005年8月号、要約版「成熟産業の成長方程式」DHBR2009年6月号)では、利益の源泉となるプロフィット・ドライバーを再定義することで、売上げを拡大し、高収益に転じた企業事例を通して、8つの成長戦略を提言した。

 プロフィット・ドライバーを再定義するということは、利益の源泉となる顧客セグメントに合わせて事業構造とUOB(Unit of Business:事業評価単位)を変更し、事業の選択と集中を図ることである。また、顧客である取引企業の業種の特徴に合わせて、自社のKPI(key performance indicator: 重要経営指標)の変更を行うことでもある。

 なお、これらの論文はマグレイスとの共著、The Entrepreneurial Mindset, 2000.(邦訳『アントレプレナーの戦略思考技術』ダイヤモンド社、2002年)、MarketBusters, 2005.(邦訳『市場破壊戦略』ダイヤモンド社、2006年)、Unlocking Opportunities for Growth, 2008.(未訳)として上梓している。

イノベーションのプロセスをどう構築すべきか

 イノベーションへの取り組みが収益に結びつかず、市場の成長予測と自社の事業計画との間に「成長ギャップ」が生じる場合が少なくない。その問題は、顧客となる取引企業が何を望んでいるかを十分に理解せず、イノベーションとは無関係にR&Dの資金を注ぎ込むためである。

 マクミランは、“Manage Customer-Centric Innovation—Systematically,” with L. Selden, HBR, April 2006.(邦訳「カスタマー・セントリック・イノベーション」DHBR2006年8月号)を寄稿し、成長ギャップを解消する方法として、顧客志向のイノベーション・プロセスであるCCI(Customer-Centric Innovation)を紹介している。

 近年、顧客企業や、補完的製品・サービスを提供するパートナー企業を参加させるビジネス・エコシステムを構築して、共創型のイノベーションに取り組む企業が多く見られるようになった。ただし、従来のメーカー企業と顧客企業とから成る単純なプロセスと異なり、イノベーションの機会を特定するプロセスが非常に複雑になったことが課題とされている。

 マクミランは、“How to Get Ecosystem Buy-In,” with M. Ihrig, HBR, March–April 2017.(邦訳「パートナー間の利害調整でイノベーションを実現する」DHBR2017年6月号)を寄稿した。

 その中では、ビジネス・エコシステム内で相互依存する複雑な企業間関係において、イノベーションを円滑に導くツールとして、6つのステップを提案する。それは、(1)主要な利害関係者の喫緊のニーズを特定し、(2)利害関係者の消費チェーンを概観し、(3)現製品の特徴に関するプロファイルを作成して、(4)製品プロファイルを成長機会のプロファイルに転換する一方で、(5)利害関係者の利害の衝突をマッピングして、(6)最良のチャンスの選択する、ことである。

先行企業の優位性を永続させるために

 ほとんどの企業は、先行企業の優位性(Incumbent’s Advantage)が存在するために、自社の製品市場を防御するといった近視眼的な戦略に陥りがちである。それゆえに、破壊的イノベーションをもたらす新規参入企業に対して脆弱性がある。

 マクミランは、“The Incumbent’s Advantage,” with L. Selden, HBR, October 2008.(邦訳「業界トップの優位戦略」DHBR2009年1月号)の中で、先行企業の優位性をどうすれば永続できるかを検討した。同論文では、顧客セグメント別の収益性を確認できるような会計システムを整備することで、顧客情報を正確に把握し、収益性の源泉となる顧客セグメントに経営資源を集中して参入障壁を築くなど、戦略を精緻化する必要性を提言している。

 今日の企業は、従来では考えられないほど膨大なデータを利用できる環境にある。その一方で、データを有効な知識資産に転換することの困難性も判明しつつある。“Managing Your Mission-Critical Knowledge,” with M. Ihrig, HBR, January-February 2015.(邦訳「いま問い直す知識資産の価値」DHBR2015年8月号)では、自社のコアとなる知識資産を確認し、そうした知識資産の組み合わせて有効活用する方法を提案している。

偶然獲得したチャンスを活かして
アントレプレナーシップ論の第一人者に

 マクミランは現在、ベンチャー・マネジメントにおける米国屈指の研究者となったが、そこに至るまでには偶然の出会いがあった。

 前述の通り、マクミランは35歳のときに南アフリカから渡米して、ノースウエスタン大学で研究を始めることになったものの、いざ大学で研究を始めようとしても、米国流の調査研究の方法がわからなかった。そこで、同大学の准教授であったチャールズ W. ホファー(Charles Warren Hofer)に教えを請い、PIMS(Profit Impact of Market Strategy)のデーターベースを活用して、企業業績をBCGマトリックスの4象限に分類することから研究を始めた。

 ホファーは、1969年にハーバード・ビジネス・スクールからDBAを授与され、ノースウエスタン大学ではアントレプレナーシップ論の講座を担当していた。そのアントレプレナーシップ論は、受講希望者の定員をオーバーするほど人気のある講義だった。ホファーはマクミランに対して、アントレプレナーシップ論の講義を補佐して、彼の講義を受けられなかった希望者を受け入れるように勧めた。マクミランにとって、そのときからアントレプレナーシップ論の本格的な研究が始まった。

 その後、ホッファーはコロンビア大学に採用されることになったが、スタンフォード大学からもオファーを受けたことで、1976年にスタンフォード大学に行くことになった。そこで、ホファーが自分の後任としてマクミランを推薦したことで、マクミランはコロンビア大学のアントレプレナーシップ論の准教授として採用されることになった[注]

 仕事をしながら学んだ南アフリカでの生活と、渡米してからの学究生活に、マクミランが執筆した多数の論文をつき合わせてみると、その都度、自分に与えられた機会を無駄にすることなく、精一杯の努力をして、問題意識を掘り下げる姿がうかがえる。

[注]Landstrom, H., Pioneers in Entrepreneurship and Small Business Research, Springer, 2005.