経営やビジネスにおける信頼は「コミットメント」(約束)と「アカウンタビリティ」(結果責任)によって構築される──。松本晃氏はこれを「1丁目1番地」として掲げ実績を上げてきた。そして経営者やビジネスパーソンには、これまで以上に厳しく倫理観を求められると言う。ジョンソン・エンド・ジョンソン、カルビー、RIZAPグループと、名だたる企業で経営手腕を発揮してきた松本氏に、信頼の構築における注意点と危機管理の要諦を聞いた。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年12月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

21世紀は倫理観なくして
生き残れない時代

松本 晃(まつもと・あきら)
1947年、京都府生まれ。1972年、京都大学大学院農学研究科修士課程修了、伊藤忠商事に入社。1993年、ジョンソン・エンド・ジョンソン メディカル(現ジョンソン・エンド・ジョンソン)入社の後、代表取締役社長、最高顧問を歴任。2009年6月よりカルビー代表取締役会長兼CEO。2018年6月よりRIZAPグループ代表取締役、2019年7月より特別顧問。2019年6月ラディクールジャパンを設立、代表取締役会長兼CEOに就任。2019年10月よりパイオニア社外取締役。

編集部(以下色文字):日米を問わず、このところ企業の信頼を根底から揺るがす不祥事が多発しています。なぜでしょうか。

松本(以下略):一言で言えば、経営者やビジネスパーソンに倫理観が欠けているのでしょう。また、企業不祥事に対する世間や社会の目は一段と厳しくなり、不祥事の内容も内部告発やSNSなどですぐ拡散されるなど、リスクは格段に高まっている。にもかかわらず、多くの経営者は危機管理能力が低い。

 一口に不祥事と言ってもさまざまな種類がありますが、倫理観の欠如と危機管理の脇の甘さによって生じるのが、お金にまつわる不祥事です。会社の経費を不正に私用したり、取引先から金品を不正に受領したりする類の事件です。

 私のお金にまつわる不祥事の処罰方針は明確です。それは「ワンダラー(1ドル)、アウト」。つまり、会社のお金をたとえ100円でも不正に私用したら即刻でクビです。イエローカードはなく一発でレッドカード。退場してもらいます。セクシャルハラスメントも同様に即レッドカードです。

 アウトかどうかの線引きが難しいのがパワーハラスメントです。暴力を振るうなどは、もちろん一発退場ですが、部下のマネジメントやコミュニケーション方法などは、一概にパワハラといえない側面があります。また、そもそもパワハラの定義自体も、時代や国、社会によって変わるので判断が難しいです。

 いずれにせよ、世間や社会が企業を見る目は今後も厳しくなることは間違いありません。昔と比べて息苦しくなったと思う人もいるかもしれませんが、経営者や部下をマネジメントする立場のリーダーは、倫理観を高く持つ必要があります。残念ながら、日本企業は経営者の平均年齢が高いせいか、海外企業と比べて意識の切り替えが遅れているように思えます。

 企業に、より厳しい目を注がれる。これは変えようのないトレンドなのです。時代の流れには、どんな企業も経営者も抗うことはできません。21世紀は倫理観なくして生き残れない時代なのだといえます。

 経費の不正私用など、つまらない不祥事を起こさないようにするには。

 中国のことわざに答えがあります。「瓜田(かでん)に履(くつ)を納(い)れず、李下(りか)に冠(かんむり)を正さず」です。瓜田とは瓜畑を意味し、李下とはすももの木の下を意味します。その意味は簡単です。瓜畑に入ったら靴を脱いだらいかん、すももの木の下で帽子をうっかり触ったらいかんと。瓜畑で靴を脱いだら瓜を盗んだ、すももの木の下で帽子を脱いだら帽子の中に隠したと疑われるかもしれない。つまり、疑わしいことはいっさいやるな。極めてシンプルです。

 倫理観の必要性を痛感されたのはいつからですか。

 伊藤忠商事から出向して、医療機器子会社のセンチュリーメディカルで働くようになってからです。痛感したのは、医療業界は倫理観がないと話にならない。儲けることは二の次で、まずは何より患者を助けることを優先します。

 近年、利益率が高いから、市場が成長しているからという理由で医療ビジネスに参入する企業が多いですが、患者を助ける視点に欠ける企業は、安易に手を出してはいけないのです。

 いや、この考え方は医療に限らず、すべてのビジネスに通じると考えます。すべてのビジネスは、まずは世のため、人のためにならないといけない。絶対的な必要条件です。この要件を満たしていないと、ビジネスを名乗る資格はない。

 ただ、この必要条件だけだと、自治体やNPOの活動と何ら変わらない。そう、もう一つの大事な条件が「稼ぐこと」なのです。これが十分条件です。必要条件と十分条件を満たして、初めてビジネスといえるんです。

 医療業界は儲けすぎだという批判もありますが。

 世のため、人のためになっていたら、儲けすぎという批判は当たりません。企業側もそうした批判に対して、もっとはっきり言うべきです。「儲けて何が悪い。儲けて初めて人を雇用でき、給料も増やせ、税金も払える」と。利益を上げること自体は、悪いことではないのです。

 ただ、お金の使い方には慎重になるべきです。会社が使うお金は2種類しかありません。一つは投資。これは絶対に必要です。投資とはお金や時間を使うことでビジネスをドライブできるものです。もう一つはエクスペンス(出費)、つまり無駄遣いです。

 ですから、社員にはよくこう言います。「あなたが使うお金は投資ですか。このお金を使ったら、将来新しい事業や利益を生み出しますか。であれば使いなさい。それ以外はすべて出費ですから、使うのは極力やめなさい」と。

 一番大切な投資は、人件費と教育費です。この2つには徹底的に使うべきです。逆に言えば、それ以外はだいたい無駄な出費なのではないでしょうか。

信頼構築には順番がある

 一口に「世のため、人のため」と言っても、企業にはさまざまなステークホルダーが存在します。誰を優先して信頼を構築すればいいのでしょうか。

 もちろん、すべてのステークホルダーから信頼を得ることが最終目標ですが、信頼を構築する順番には優先順位があります。最も優先順位が高いのが「顧客」です。次が「取引先」で、その次が「自社の従業員とその家族」です。その次に「コミュニティ」が来て、最後が「株主」です。

 この優先順位は経営全般で通用しますが、不祥事が起きた際は特に有効です。この順番通りに対処することができれば、会社の信用が大きく失墜し経営危機に陥るような事態にはなりません。

 顧客の重要性は、言わずもがなです。顧客に信頼されなければ、ビジネスは始まりません。なかでも大事なのが「最終顧客」です。医療機器メーカーでいえば、目先の顧客は医師です。しかし、最終的に誰が顧客かといえば、それは患者です。医師に対して営業していたとしても、視線を向ける先は患者であるべきです。仮に医師への営業が奏功し一時的に売れたとしても、患者の役に立たなければ、医師の信頼を得ることはできないでしょう。

 取引先も同様に大事です。CEO兼会長を務めていたカルビーを例に説明すると、主原料のじゃがいもを栽培する契約農家の協力なくして製品がつくれません。取引先に高圧的な態度を取るなんてもってのほかです。2016年夏、台風で北海道の契約農家が甚大な被害を受けた際も、土日祝日関係なく、現地を何度も訪問し、支援や慰労を徹底しました。

 従業員とその家族も大事です。彼ら彼女らとその家族がいなければ、生産や販売など企業活動がストップしてしまう。そしてコミュニティは、地域社会や国、世界、地球さらに資源や環境などといった、企業を取り巻く関係を包括した広範な概念ですね。これも21世紀にますます重要となってくるでしょう。

 株主は最後なのですね。

 そうです。この優先順位を無視し、株主を最優先して顧客や取引先をなおざりにしていると、会社の信頼を大きく失墜させる不祥事が起こります。そうすると、結果的に株主にも迷惑をかけることになりますから。

 日本企業の多くは提供する商品やサービスへの信頼性は高いものの、企業に対する信頼性は高くないような気がします。

 そうでしょうね。商品への信頼性は高いものの、会社となるとそうでもない。理由は、よいものをつくれば伝わるとばかり、企業の信頼を高めようという意識が希薄だったからです。

 ちなみに、カルビーのCEO時代、私は商品の広告宣伝活動にはほとんど関与しませんでした。しかし、企業の信頼を高めるのに必要な広報・IR活動は率先して行っていました。どれだけ忙しくても、メディアの取材は断らずにすべて受けると言いました。

 なぜ、そこまで徹底したのですが。

 消費者から企業が信頼を得るのは大変だからです。商品やサービスの場合は、それらを提供して気に入ってもらえば、信頼構築は比較的容易です。一方、消費者は企業への興味は低く、実態もつかみにくいなど、信頼構築のハードルが高い。情報発信やCSR活動などを地道に取り組むことで少しずつ信頼を獲得できます。

 恐ろしいのは、企業の信頼構築は時間がかかるのに対し、信頼を失墜するのは一瞬だということです。メーカーの例で言うと、工場の火災や従業員の事故、提供する製品によって顧客の人命や健康に被害を及ぼすような事件は、まさにクライシス(危機)であり、経営危機に直結しかねません。

危機管理の要諦「5つの要素」

 経営破綻した大手エアバッグメーカーのタカタのような事例ですね。

 経営危機に直面するような事件の内容や起きる時期を事前に察知して回避することは、ほぼ不可能です。それは歴史上の事件や突発的な自然災害を見てわかると思います。

 危機の予見は誰もできません。大事なのは、危機が起きた際の対処なのです。クライシスマネジメント(危機管理)こそ、トップマネジメントの腕の見せ所です。

 日本企業の多くは、不祥事が起きた後の対応がお粗末すぎる。だから、軽微なはずの事件であっても、取り返しがつかない事態にまで進展してしまう。

 危機が起きると会社の信頼は大きく失墜しますが、危機管理を適切に実施できれば、その後、信頼はV字回復を果たし、危機が起きる前を上回る信頼を得ることもできるのです。

 危機管理の要諦を教えてください。

 要諦はシンプルで5つの要素から成ります。1つ目が顧客優先。何を差し置いても、顧客対応を最優先する。2つ目が情報開示。ありとあらゆる情報を偽りなく開示する。3つ目がトップによる率先垂範。4つ目がスピード感を持って対処する。5つ目が再発防止策を立て、早急に実施することです。この5つを忠実に実行すると、危機による被害や損傷を最少化できます。

 日本企業がよく犯しがちなミスが「犯人捜し」です。もちろん、責任の所在を明らかにするために、最終的には必要なことかもしれません。しかし、危機の最中にすべきことではない。まずは、危機の収束に全力を尽くすべきです。

 2012年の11月、カルビーのポテトチップス「堅あげポテト」に小さなガラス片が混入した事件がありました。長崎に出張中の私の元に、品質管理担当役員から電話が入り、「関西に住む学生が『堅あげポテト』を食べて、唇をけがした」と第一報を聞きました。それを聞いた私は即座に、同製品の全量回収を全社に命じたのです。

 その一報だけで全量回収ですか。

 そうです。回収対象は、534万袋と膨大でした。営業職を中心に、すべての仕事を止めさせて全量回収を急がせました。

 なぜ、そこまで急いだか。その理由は、2人目の被害者を出さないためです。「覆水盆に返らず」ということわざの通り、一度起きてしまった事件を、時計の針を戻して防ぐことはできません。だから、起きてしまったことは仕方がない。

 しかし、同じ過ちを再び犯すことは絶対にいけません。対応が遅れて2人目の被害者が出る事態に発展すると、信頼は加速度的に失墜します。だからこそ、社員には「2人目の被害者を絶対に出すな」と強く指示しました。そのためには、スピード感を持って全量回収し、さらに原因解明と再発防止策を講じる必要があるのです。

 それからまもなく、原因が判明しました。生産ラインを照らす電灯の疲労によってガラス片が落下し、ベルトコンベアに混入したのです。そこで私は、再発防止策を徹底させました。すべての工場を点検させ、生産ラインにガラスを含む物体が少しでもあれば、すべて撤去させました。

 全量回収に加えてラインの変更となれば、業績への影響は多大です。決断がぶれることはないのですか。

 躊躇はまったくありませんよ。以前、日本法人の社長を務めていたジョンソン・エンド・ジョンソンでは、パッケージの中に毛髪が少しでも入っていたら全量回収しました。毛髪ぐらいで健康に害はありませんが、それでも万一のことがあれば大問題になる。決断がぶれたり、躊躇したりして対応が遅れれば、被害が拡大する。「会社が潰れてもいいから全量回収しろ」と発破をかけました。

 危機管理を重視する理由は、顧客はそれだけ会社の一挙手一投足を見ているからです。特に、危機の時は否が応でも注目が集まっています。だからこそ、その時に真摯に対応すれば、信頼は回復するのです。

 堅あげポテトの回収の際は、滋賀県の工場で多くの人を臨時雇用し、対応しました。買った商品を直接送り返してくれた消費者には、回収協力のお礼と心配をかけたことへのお詫びの手紙、そして、ささやかながらクオカードを入れて送りました。

 回収すれば、当然、売上げは激減します。しかし、要諦通りに危機管理ができれば、顧客は必ず戻ってきてくれる。売上げもV字回復し、以前以上に反発する。この時もそうでした。

 社内で反対の声などは出なかったのでしょうか。

 私の方針を理解している人は、仮にそう思っていても反対しませんよ。ワンダラーアウトや危機管理の要諦といった大事なことは、CEO就任以来、日頃から言葉にしたり、姿勢で示していたりします。

 回収の現場でも、社長兼COO(当時)の伊藤秀二さんに「至急、被害を受けた学生を訪問して謝罪してくれ」と指示するなど、CEOとCOOが率先して現場で行動していましたからね。誰も文句は言えませんよ。

松本氏は「トラブルが新たなビジネスをつくる場合もある」と語る。危機管理とトラブルシューティングを見極め、顧客との信頼を構築するために何をすべきなのか。インタビュー全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年12月号に掲載されています。

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個人情報管理の問題を問われたフェイスブック、SNSで炎上したユナイテッド航空の顧客対応、ボーイングの問題隠蔽……企業の不祥事が多発しており、また、CEO個人の不正による退任も後を絶たない。信頼の棄損による影響は一過性のものではなく、場合によっては、ブランドや企業価値を揺るがすものとなりうる。ステークホルダーから信頼される経営について考える。

【特集】信頼される経営
◇企業は信頼をマネジメントせよ(サンドラ J. サッチャーほか)
◇リーダーの信頼性をどう見極めるか(サンドラ J. サッチャーほか)
◇無謀なチャレンジが信頼を損ねる時(ロバート・ハーレー)
◇神経科学が解き明かす信頼のメカニズム(ポール J. ザック)
◇良い謝罪、悪い謝罪(サンドラ J. サッチャーほか)
◇企業を見る目は、ますます厳しくなっていく(松本晃)
◇企業の信頼はガバナンス経営から始まる(冨山和彦)

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