成功が成功を呼ぶ?

 これまでの常識では、勝利か敗北かを自分で選べるのなら、勝利を選べば間違いないはずだった。

 たしかに、キャリアの初期で成功すると、評価や名声が高まったり、さまざまな有形の資源を獲得できたりする結果、将来さらに成功を収めやすくなると、多くの研究が結論づけている。この現象は、新約聖書の「マタイの福音書」の一節にちなんで「マタイ効果」と呼ばれる。そこには、「金持ちはますます金持ちになり、貧乏人はますます貧乏になる」という趣旨のことが書かれている。

 しかし、敗北を経験した人こそ、将来に成功する場合もある。そのような現象を生む一つの要因が、「スクリーニング効果」だ。

 先々に大きな成功を手にする資質が乏しい人たちは、早い段階で失敗すると、その時点で諦めて挑戦をやめてしまう。その結果、失敗にくじけず挑戦をし続ける人だけが残れば、失敗を味わった人たちは勝利しか経験していない人たちより、大きな成功を収める確率が高くなる可能性があるのだ。

 ほかの要因も考えられる。人は敗北を通じて、ほかでは得ることができない貴重な経験ができる。古くは哲学者のニーチェも、「死にさえしなければ、困難は人を強くする」と述べている。シリコンバレーには「失敗を祝う文化」があるし、ジョン・ロバーツ連邦最高裁判所長官は最近、子どもの学校の卒業式での祝辞で「みなさんの不運を祈る」と語っている。

 でも、ニーチェの言葉を信じてよいのか。本当に、失敗や逆境を乗り越えれば、自分を負かした人たちをいつか追い抜けるのか。

失敗の代償と恩恵――私たちの研究

 キャリアの初期に挫折を経験することは、将来の成功にどのように影響するのか――それを明らかにするために、私たちは1990~2005年に米国国立衛生研究所(NIH)に提出された「R01助成金」の申請をすべて調べた。これは、NIHによる研究者個人向けの助成金としては、最も標準的なものである。

 私たちが着目したのは、助成金を僅差で獲得した若手科学者と、僅差で獲得できなかった若手科学者だ。助成金の申請は、審査委員会の審査を経てスコアをつけられる。そして、スコアの高い申請から順に採択され、支給総額が所定の金額に達した段階で採択が打ち切られる。つまり、スコアがある水準より高い申請はすべて支給対象となり、それよりも低い申請はすべて対象外になる。

 したがって、誰が辛うじて助成金を受給し、誰が僅差で受給を逃したかを明確に特定できる。私たちの調査対象の中にいた辛勝組は561人、惜敗組は623人だった。

 私たちの研究では、助成金の採択ライン前後の人たちを調査対象にしたため、辛勝組と惜敗組の両グループの間に統計上の違いはほとんどない。助成金の採否が決まる前の研究業績、人口統計上の属性、そして粘り強さや忍耐力などの目に見えない資質も、ほぼ同じと言っていい。すなわち、助成金申請の成否は、運で決まった面が大きかった。

 しかし、それが両者にもたらした違いは大きかった。僅差の勝者が5年間にわたり平均130万ドルの助成金を受け取ったのに対し、僅差の敗者はまったく助成金を得られなかった。

 私たちは、これらの科学者たちの研究活動を、その後10年間追跡調査した(活動をやめてしまった研究者は除く)。具体的には、獲得した助成金の金額、論文の掲載数、論文の引用件数などを調べた。

 すると、初期にNIHやその他の機関から受給した助成金の金額は、惜敗組のほうが少なかった。この点は、マタイ効果に関するこれまでの研究通りだ。「金持ち」がより多くの金を手にしたのである。しかし、10年の間に発表した論文の数は、惜敗組のほうが多かった。そればかりか、学問的業績の影響力も惜敗組のほうがはるかに大きかった。

 この現象は、前述の「スクリーニング効果」で説明できる面もある。2つのグループは脱落率が異なる。僅差で助成金を受給しそびれる経験を1回重ねるたびに、NIHとそれ以降二度と関わらなくなる確率が10%ずつ高まっていくのだ。

 つまり、研究助成金の獲得で惜敗を経験した科学者は、アカデミズムの世界を去ってしまうケースが少なくない。この点は、キャリアの初期で挫折することがいかに大きなダメージをもたらすかを浮き彫りにしていると言えるだろう。科学者のキャリアは、それほどまでに脆弱なものなのだ。

 それでも、私たちの研究によれば、初期の挫折を乗り越えて、長い目で見れば辛勝組を凌駕する業績を残す人たちもいたのである。

 この発見が持つ意味は大きい。科学者としてキャリアを築きたいと考えている研究者が2人いるとしよう。1人があと一歩で助成金を受給できず、もう1人が辛うじて助成金を受給できた場合、のちに影響力の大きな論文を執筆する可能性が高いのは、前者ということになるからだ。

 2つのグループにパフォーマンスの差が生まれるのは、なぜなのか。辛勝組は脱落率が低いため、パフォーマンスの悪い人が多く含まれているということなのか。

 私たちの研究によると、パフォーマンスの差は、そうした「スクリーニング効果」だけでは説明がつかない。私たちは、辛勝組でも惜敗組と同等の脱落率でスクリーニングがなされた状況を想定して、パフォーマンスの悪い人たちのデータを辛勝組から除外してみた。

 すると、たしかに辛勝組のパフォーマンスはある程度改善したが、惜敗組には追いつかなかった。私たちの研究結果は、「死にさえしなければ、困難は人を強くする」というニーチェの言葉を、実証的なデータにより裏づけたものと言える。