『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年10月の注目著者は、マサチューセッツ工科大学教授のエリック・ブリニョルフソン氏です。

ハーバード大学で応用数学を専攻

 エリック・ブリニョルフソン(Erik Brynjolfsson)は、1962年にデンマークのリソ(Riso)で生まれた。現在57歳。マサチューセッツ州ウエイランド(Wayland)で育ち、マサチューセッツ工科大学(MIT)スーロン・スクール・オブ・マネジメントのシュセル・ファミリー記念講座経営学教授を務める。

 ブリニョルフソンの専門分野は情報科学とデジタル経済である。1999年に設立されたMIT センター・フォー・デジタル・ビジネス(CDB)のディレクターであり、2013年から始まったMITデジタル・エコノミー・イニシアティブのディレクター(IDE)でもある。また、経済学における実証分析に特化した権威ある民間研究組織、全米経済研究所(NBER)のリサーチアソシエイトも務めている。

 ブリニョルフソンは、ハーバード大学で応用数学を専攻し、優秀な成績(Magna cum Laude)で卒業すると、1984年に同大学院で応用数学・意思決定科学の修士号を修得し、1985年からはハーバード大学で講師を務め、1986年にMITに進学した。

 MITでは、1990年9月にPh.D.候補者(PhD candidate)となり、同時に助教授に採用され、翌1991年2月、マネジリアル・エコノミクスのPh.D.を授与された。その後、1995年にMITの准教授となり、2001年には教授に就任した。その間、スタンフォード大学の客員准教授や、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)の上級特別研究員(fellow)も務めている。

デジタル化した経済社会の行く末を考察する

 経済社会の未来を考える重要な視点の一つに、技術革新の影響がある。ブリニョルソンが問題意識を持って取り組んだ研究課題は、デジタルな情報通信技術による技術革新でもたらされる、「ニューエコノミー」ないし「デジタルエコノミー」と呼ばれる情報化社会の変容であった。

 景気が低迷していた1980年代後半の米国では、情報化社会がもたらす経済効果に対して「ソロー・パラドクス」、あるいは「生産性パラドクス」と呼ばれる議論が活発化した。ソロー・パラドクスは、MIT教授であり、のちにノーベル経済学賞を受賞したロバート M. ソロー(Robert M. Solow)が1987年に提起した[注1]。コンピュータなどの情報化投資を積極的に行っても、生産性の向上を統計上には実証できないという、投資と生産性が逆説の関係であることを意味する。

 ブリニョルフソンのMITでの博士論文のテーマは、“Information Technology and the Re-organization of Work: Theory and Evidence”(情報技術と企業組織の変革——理論と実証)であった。それはまさに、IT投資と生産性の相関関係を明らかにする、ソロー・パラドクスへの挑戦であった。同研究の経緯については、のちに書籍として上梓するIntangible Assets, 2004.(邦訳『インタンジブル・アセット』ダイヤモンド社、2004年)の序文に記されている。

 ブリニョルフソンは当時、企業の情報化がいかに経営者の意思決定を失敗に導くのか、生産性パラドクスを証明するような数理モデルを考案していた。

 MITのコンピュータ・サイエンス学部の学部長であったマイケル・ダートウゾス(Michael L Dertouzos)と指導教授のトーマス・マローン(Thomas W. Malone)は、ブリニュルフソンに対して、コンピュータと生産性に関する研究企画書の評価を求めた。ところが、企業経営者にIT投資の意義を尋ねたところIT投資は生産性向上に不可欠であると言い、統計がコンピュータのもたらす価値をまったく示していないことを知る。そうして、それまでの研究を見直すことになった。

 ブリニョルフソンの博士論文は、IT投資が企業規模および垂直統合の事業形態を減少させた一方、企業組織においては日常業務の自動化をもたらしたこと、情報の共有化による意思決定の権限委譲や、それに伴って成果に基づく報酬制度を増加させていることを、実証的に研究した内容である。なお、ブリニョルフソンはのちに、“The Productive Paradox of Information Technology: Review and Assessment.” Communications of the ACM, 1993.(情報技術の生産性パラドクス:検討と評価)を発表している。

 ブリニョルフソンが以降に発表した論文や著書の根幹には、生産性パラドクスに対する問題意識が一貫している。編著者を務めた、Understanding the Digital Economy, with B. Kahin, 2000.(邦訳『ディジタル・エコノミーを制する知恵』東洋経済新報社、2002年)に収録した “Understanding Digital Markets: Review and Assessment”(デジタル市場を理解する:検討と評価)、前掲の『インタンジブル・アセット』、さらにRace Against The Machine, 2011.(邦訳『機械との競争』日経BP、2013年)において、IT投資に関する理論的かつ実証的な分析調査、事例検討を行っている。

アンドリュー・マカフィーとともに

 ブリニョルフソンによる著書や論文の多くが、アンドリュー・マカフィー(Andrew P. McAfee)との共同執筆である。マカフィーは、MITのCDBの首席研究員であり、ブリニョルフソンとともにIDBの共同ディレクターも務めている。

 マカフィーは1967年生まれで、ブリニョルフソンよりも5歳若い。1988年にMITの機械工学の学士課程を終え、同大学院に進学すると、1990年に経営管理と機械工学の修士号を修得した。なお同時期、ブリニョルフソンも同大学院の博士課程に在籍している。

 MITの修士課程を修了すると、HBSの博士課程に進学し、情報技術と経営管理のDBAを授与された。博士論文のテーマは、“The Impact of Enterprise Information Systems on Operational Effectoveness: An Empirical Onvestigation.”(企業情報システムが企業の経営効果に与えるインパクトに関する実証的研究)である。IT投資が生産性に影響を与えるようになるまでの時間軸を考察しており、ブリニョルフソンの研究課題と近似していた。

 マカフィーは1998年、HBSのTOMユニットの助教授に採用された。MBAプログラムでは、情報化時代の経営のあり方を講義した。また研究課題としては、Web 2.0の企業経営の活用と、その効果に関する実証的研究を行った。マカフィーは准教授であったが、2009年にHBSを退職すると、MITのCDB首席研究員に就任した。

 マカフィーが注目を浴びるようになったきかっけは、“Enterprise2.0:  The  Dawn of Emergent Collaboration,” MIT Sloan Management Review, Spring 2006.(エンタープライズ2.0―創造的コラボレーションの夜明け)の発表であった。同論文では、エンタープライズ2.0のデジタル技術を企業が採用することにより、企業内やステークホルダーとの情報共有が進むため、オープンで協働的な環境でビジネスの課題を議論することを可能にし、効率化、生産性の向上、組織革新を促進するため、企業はエンタープライズ2.0を採用すべきだと主張した。

 ブリニョルフソンが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)に最初に寄稿した論文もマカフィーとの共著、“Investing in the IT That Makes a Competitive Difference.” with Andrew McAfee, HBR, July-August 2008.(邦訳「競争力とIT投資の知られざる力学」DHBR2008年9月号)である。同論文では、米国の全業界の上場企業を対象に、1960年代から2005年の間、IT投資が企業間競争にどのような影響を与えたのかを、企業業績との関係性から明らかにしている。

 その調査結果によると、1990年代半ば以降、IT投資の競争力学が働いたことで企業間格差を増幅させた。その結果、一握りの企業がその時々の市場シェアを抑える一社総取りの傾向が強まる一方、業界内における勢力図は絶えず塗り変わっている状況が見られた。また、IT投資の真価を発揮させて成果を導くには、経営陣による効果的な業務改革が不可欠であると主張している。

ビッグデータの企業貢献度を実証する

 ビッグデータの活用がさまざまなメディアで喧伝されるようになったが、実際のところ、それを示す根拠は明示されていなかった。

 ブリニョルフソンは、“Big Data: The Management Revolution.” with Andrew McAfee, HBR, October 2012.(邦訳「ビッグデータで経営はどう変わるか」DHBR2013年2月号)において、ビッグデータの活用が企業業績を向上させる証拠はどこにあるのか、「データを重視する企業は、そうでない企業よりも業績が良い」という仮説の検証を目的とした。そして、MIT、マッキンゼー、ペンシルベニア大学ウォートンスクールと行った共同研究の調査結果をまとめている。

 ビッグデータの活用は、蓄積した知見を引き出して、競争優位性につなげる点はデータベースの活用と同様である。ビッグデータとデータベースとの相違点は、驚異的なデータ量、リアルタイムで鮮度の高い情報の質、購買情報や位置情報だけでない情報の多様性にある。

 この調査では、米国の株式公開企業330社を対象に、組織や技術のマネジメントに関する業績データの分析、経営幹部への聞き取りを実施した。各業界で上位3分の1を占めるデータ重視企業は、平均すると競合他社を生産性で5%、収益性で6%上回っていることが判明した。

 同論文ではまた、ビッグデータを効果的に活用するために、まず業務改革に取り組むことが求められるとし、そのためには、第1に経営陣のリーダーシップ、第2に大量の情報を扱うデータ・サイエンティスト、第3にテクノロジー、第4に意思決定を権限委譲した柔軟な組織構造、第5に直感だけで行動する性癖と決別する企業文化の醸成、これらが必要であると提言している。

機械との競争ではなく、
機械との共存は可能なのか

 2011年7月、米国経済はリーマンショックから抜け出したような好景気を迎え、雇用統計では新規雇用の創出が報告された。しかし、労働人口に占める雇用機会は過去最低の水準にとどまっており、依然として最悪の状況が続いていた。

 企業が成長して利益を生み出し、経済社会が好景気を謳歌することになれば、企業はさらなる成長を目指して、設備投資を行い、雇用の機会が増大するはずであった。だが、米国企業は大不況から抜け出し、企業業績が復活して設備投資を行ったものの、雇用を手控えたままであった。

 ブリニョルフソンとマカフィーは、MITのCDBを研究拠点として、研究者と学生から成る「デジタルフロンティア・チーム」を編成し、情報技術と経済社会に何が起きているのか、情報技術が雇用にどのような影響を与えているのかを、データや事例を集めて検討した。そして、前掲の『機械との競争』を当初は電子ブックとして自費出版した。

 二人は、コンピュータによる業務の代替が雇用の機会を奪うことを認めつつも、X軸にスキルを、Y軸に雇用需要を取ってその関係性を描くと、「U字曲線」になり、スキルの中間層だけが需要減となる二極化現象となっていることに注目した。これは、スキルの上位層と下位層には業務を代替できない部分があり、そこに新たな人間の価値を見出せる可能性があることを示していた。

 同書のタイトルは「機械との競争」となっているが、ブリニョルフソンらは、機械と競争するのではなく、機械と共存するために、組織革新と人的資本投資を行う必要性を主張したのである。

 ブリニョルフソンらは、The Second Machine Age, with Andrew McAfee, 2014.(邦訳『ザ・セカンド・マシン・エイジ』日経BP、2015年)において、前著『機械との競争』の議論を発展させ、技術進歩による経済的影響を明らかにすることを目指した。

 HBRに掲載された、“The Great Decoupling.” with Andrew McAfee and Anand P. Raman, HBR, June 2015.(邦訳「機械は我々を幸福にするのか」DHBR2015年11月号)は、「セカンド・マシン・エイジ」の主旨を説明する目的で、HBR編集部がブリニョルフソンとマカフィーに行ったインタビューである。

 ブリニョルフソンらは、蒸気エンジンや電動モーターの関連技術から波及した動力革命を「第1の機械時代」とすると、コンピュータ技術を基盤とするデジタル革命を「第2の機械時代」(セカンド・マシン・エイジ)と呼んだ。第2の機械時代の特徴は、指数関数的高性能化、大量の情報のデジタル化、組み合わせ型イノベーションの増加という3つに加え、地球上の多くの人がデジタル・ネットワークを介してつながっていることにある。

 第二次世界大戦後に順調な成長を遂げた米国経済は、1980年代以降、所得の中央値の伸びが停滞した。そして2000年代を迎えると、GDPと生産性の上昇が経済的豊かさを示した好景気の局面でも、所得と雇用の伸びが連動しない「グレート・デカプリング」に陥ってしまったと、ブリニョルフソンは指摘する。またマカフィーは、第2の機械時代は、スキルの需要が二極化し、スキルの中間層の空洞化で所得の中央値が減少してしまったことを指摘し、それが第1の機械時代とは異なる展開をもたらし、労働需要が拡大しないまま物資的に繁栄する不条理な状況にある、と言う。

 第2の機械時代、デジタル技術のおかげで世界は豊かで裕福になるかもしれない。しかし、全員がその恩恵にあずかることはなく、格差が広がる。それをとどめるのは技術の進歩ではなく、多くの人を繁栄から締め出さないようにする私たち個人、組織、社会、つまり人間にあると、両氏は主張した。

機械の時代からAIの時代へ

 第1の機械時代は、蒸気エンジンや電動モーターという汎用技術を利用した。第2の機械時代では、「機械学習(machine learning)」により自律的に作業処理能力を最適化する人工知能(AI)を基盤とした汎用技術を利用することになるのだろうか。

 “The Business of Artificial Intelligence.” with Andrew McAfee, HBR.org, August 2017.(邦訳「人工知能が汎用技術になる日」DHBR2018年1月号)では、第1にAIの可能性と実務に与える影響、第2にAI導入の障壁を論じている。

 AIに関する近年の最も大きな進歩は、「知覚(perception)」と「認知(cognition)」、さらに「画像認識(image recognition)」の能力である。それらを活用した機械学習システムが特定の作業分野で働き始めているが、知識や能力は人間ほど一般化できていない。

 MITのデイビッド・オーター教授(David H. Autor)が、マイケル・ポランニー(Michael Polanyi)の「人間は言葉で表せる以上のことを知っている」を引用して「ポランニー・パラドックス(Polanyi’s Paradox)」と名付けた[注2]ように、人間はさまざまな領域に浅くて広い知識を持つという点で、機械とは異なる思考機能がある。機械に知性を与えるには暗黙知を付与する必要があるが、それができないことに根本的な限界があるとされてきた。

 だがブリニョルフソンは、ニューラル・ネットワークを利用した「ディープ・ラーニング」のアルゴリズムによる機械学習システムの進歩が、人間の限界を克服する可能性がある、と指摘する。機械学習によるイノベーションは、企業および経済社会全体に直接的なメリットをもたらすだけでなく、第1の機械時代の蒸気エンジンや電動モーターがそうであったように、補完的なイノベーションを次々と次々と生み出すことになるとも言っている。

 ブリニョルフソンは最後に、AIによって切り開かれた新しい世界で競争優位を獲得し、成功を収める企業は、そのチャンスに敏感に気づき、積極的に試行するする企業であり、経営幹部はAIを汎用技術として使いこなさなければならないと主張した。

 なお、ブリニョルフソンとマカフィーが2017年に上梓した、Machine, Platform, Crowd(邦訳『プラットフォームの経済学』日経BP、2018年)では、第2の機械時代における3つのデジタル革命の「機械」「プラットフォーム」「クラウド」が、創造的破壊を起こし、人間と企業の未来をどのように変貌させるのかについて、著書や論文で主張してきた内容をより詳細に論じている。

 ブリニョルフソンは、アイスランド系米国人である。アイスランドを母国とする父のアリ・ブリニョルフソンは、国連の国際食品照射技術施設のディレクターなどを務め、食品照射から食品の安全性保護を行う研究者であった。

 父は、アイスランドのアークレイリ(Akureyri)で生まれ、1948年にアイスランドの大学を卒業すると、デンマークのコペンハーゲン大学で原子物理学を専攻し、1954年にPh.D.を授与された。その間、戦争中にパリからコペンハーゲンに逃れてきていたフランス人である、母のマルグリットと1950年に結婚している。

 父は国際志向の研究者であり、アイスランド大学やドイツのゲッティンゲン大学の研究員を務め、1957年からデンマーク政府の放射線研究施設長を務めていた。だが、1965年にマサチューセッツ州ナティックにあった米国陸軍放射線施設の所長として迎えられたことで、米国に渡った。ブリニョルフソン一家はその後、米国で市民権を得た。

 ブリニョルフソンは、ハーバード大学とMITで世界最高峰の教育を受けることになった。もしも父がアイスランドに留まっていたら、どうであったのか。人生の不思議な巡り合わせがあり、そのことへの感謝の気持ちがブリニョルフソンにあった。著書『機械との競争』の巻頭では、両親であるアリとマルグリットに対する感謝の言葉が記されている。

[注1]“We’d better watch out,” New York Times Book Review, July 12, 1987.
[注2]“Polanyi’s Paradox and the Shape of Employment Growth.” NBER Working Paper Series, Cambridge, MA: National Bureau of Economic Research, pp. 1–48.