なぜ資本主義は信頼を失っているのか

 資本主義に対する信頼失墜は、政府と民主主義に対する信頼低下と同時に起きている。

 多くの人は政府を、「現実をわかっていない」とか「非効率的」とか「腐敗している」と思っている。長年行われてきた調査によると、米国民の政府に対する信頼は、史上最低に近い水準にある。2018年のある調査では、18~29歳の米国人の3分の2近くが、米国の民主主義の将来を懸念している。

 政府が機能不全に陥っているという見方は、もっと民間部門が社会問題を解決すべきだという動きにつながっている。幅広い企業目標を推進してきたことで知られるユニリーバのポール・ポールマン前CEOは、「低炭素で、もっとインクルーシヴな経営へのシフトを牽引する英雄的CEOのチーム」を探し始めた。「政治家が行動を起こさない以上」、民間セクターの英雄主義は不可欠だと、ポールマンはいう。

 だが、社会問題の解決を大企業に任せる前に、「なぜ政府が機能不全に見えるのか」、そして「なぜ政治家が行動を起こさないのか」を問う必要がある。その部分的な答えは、株価など、通常ビジネススクールで教えられている資本主義の成功の尺度は、政府を弱体化するか迂回するインセンティブを生む可能性があることだ。

 たとえば、経営目標を達成するために、経営者は課税を避けようとし、公共部門から優秀な人材を引き抜き、莫大な補助金を得るべくロビー活動を展開するだろう。また市場のパワーを維持し、不正行為や無謀な慣行をとがめられないようにするために、政策立案者や一般市民を混乱させるといった手段を取る可能性もある。

 法規制をつくるうえで企業と経営者の影響力が高まっているということは、一握りの人にのみ恩恵をもたらし、多くの人には不利な形にゲームのルールを変える可能性もある。それが経済格差を悪化させたり、資本主義システムが腐敗しているという感覚を生み出したりするのかもしれない。

 2007~2009年の出来事は、「自由市場資本主義」の重大な危機を示したものであり、そのよい例だ。

 この危機は、避けることのできない天災とは大きく異なり、企業統治(コーポレートガバナンス)と、政府による政策の両方の欠陥を明らかにした。市場参加者間の激しい利益相反と情報の非対称が、無駄な投資、不要なリスクの蓄積、そして多数の人へのダメージへとつながった。既存のルールはお粗末な設計で逆効果をもたらし、事実上、無謀な活動に褒美を与え、システムの脆弱性を悪化させた。

 あの危機からの10年間にいくつかの有用な措置がとられたが、政策立案者らは、大幅な改善を行うチャンスを逃してきた間違った主張が相変わらず政策に大きな影響を与えており、歪みが依然として存在する(それは多くの人にとって問題が複雑だったせいもある)。

 機能不全に陥ったガバナンスと不十分な説明責任は、金融業界に限ったことではない。医療用麻薬オピオイドの依存リスクを最小限に抑えたマーケティングや、自動車の排ガス試験の組織的なごまかしマネーロンダリングなど、企業が長年政府の監視の目をくぐって、社会に害を与えてきた例は無数にある。

 ボーイングセラノス(DNA検査の詐欺が発覚)、エキファックス(1億人以上の重要個人情報が流出)、フェイスブックなどのスキャンダルを見るといい。もっとひどいのは、企業や株主が支払う巨額の罰金が、未来の不正行為を抑止する役割をほとんど果たしていないらしいことだ。企業が社会に害を与えても、政府がその責任を問わないのだから、システムが不正に歪められているとか、不公平に見えたとしても無理もない。