アベノミクス以降、「稼ぐ力」を強化することに成功した日本企業だが、イノベーション創出に向けた、将来への投資には及び腰だ。一橋大学イノベーション研究センターが実施した調査からは、研究開発費や設備投資といった「潜在力」で、日本企業は欧米企業や中国企業に劣後していることが明らかになった。日本企業がイノベーションを創出するための課題やポイントは何か。デジタル技術の進展は、イノベーション創出にどう資するのか。一橋大学イノベーション研究センター長の青島矢一氏に伺った。

日本の強みとされてきた「すり合わせ能力」が発揮できなくなった

――イノベーションを指向しながら、日本から革新的なサービスや製品が生まれなくなったと言われて久しくなりますが、その要因は何ですか。

青島 矢一(あおしまやいち)
一橋大学経営管理研究科経営管理専攻 教授
一橋大学イノベーション研究センター長

1987年、一橋大学商学部卒業。1996年、マサチューセッツ工科大学スローン経営大学院博士課程修了。経営学博士。一橋大学イノベーション研究センター教授、一橋大学商学研究科教授などを経て、2018年4月より現職。

 1990年代ぐらいまでは、日本はそれなりにイノベーションを起こしてきたと言われていますが、そのときに日本が強みとしていたものが、あまり活かされなくなったことが大きいでしょう。

 かつて日本企業には2つの強みがありました。1つは、「すり合わせ」の能力。どちらかというと、ハードウエアをベースにして、部品や材料をすり合わせる力です。それを内部に持っているだけではなくて、サプライチェーン全体を通じて同期化させることが可能でした。もう1つは、不確実性の高い段階から長期的に投資を行うことです。材料・素材産業では、50年ぐらいかけて新素材の開発を行う企業もあり、普通の会社だとなかなか手をつけられないような不確実性の高い段階でも、イノベーションに資源を投入してきました。

 しかしながら、ハードウエアのインテグレーション自身が持つ価値が低下し、ソフトウエアやアルゴリズムの価値が重要視されるようになり、すり合わせの強みを発揮する機会が圧倒的に減っています。ハードウエアの世界では、一定の「境界」を設けて、そのなかでインテグレートするわけですが、技術革新によってソフトウエアが進歩すると、製品という境界はあまり意味を持たなくなり、いろいろな機能が自由につなぎ合わされて、さまざまなサービスが、ユーザーが使用する段階でつくられるようになります。そこで重要になるのは、多様な人々とどのようにつながって、新しいサービスを生み出すかです。

 2点目の長期投資については、「日経・一橋大イノベーション指数」の調査でも明らかになったのですが、日本企業はイノベーション指数を構成する3要素のうち、「価値創出力」はそれなりの成績をあげているのですが、「潜在力」、たとえば研究開発費や設備投資の5年増加率といった項目が弱いという結果でした。一方、中国企業は圧倒的に「潜在力」が強く、それに比べて、日本企業の投資意欲は弱まっていると言えます。企業の内部留保は過去最高を更新中ですが、資金はあっても、リスクを取って成長の芽に投資をすることが難しくなっていることも大きな問題です。

――かつては不確実性の高い領域に長期投資ができたのに、それができなくなったのは何故ですか。

 利益を求めて合理的な経営を突き詰めていくと、イノベーションに投資するのは難しくなります。イノベーションというのは、非合理で非論理的に見える場合が多くあります。そういう状況のなかでも、どうやって辛抱強く、リスクを負っていくか。それは経営者の手腕にかかっていると言えます。

 言うまでもありませんが、企業活動には、合理的な経営をして利益を出す側面と、長期的に発展するために、定期的に逸脱のようなイノベーションを起こしていく側面、昨今は社会との調和を保つCSR(企業の社会的責任)やCSV(共有価値の創造)といった3つの側面があり、これらをうまくバランスさせながら経営を行っていきますが、どれか1つが強くなると、ほかの2つと折り合いがつかなくなるというわけです。