メルカリは2013年に創業したベンチャー企業にもかかわらず、わずか5年で上場を果たすと、いまや国内外で2000人近くの社員を抱える大企業となった。ただ、驚異的な速度で組織と事業を拡大したことにより社内制度、特に人事制度をグローバルレベルで十分に整備し切れていないという課題を抱えていた。メルカリ執行役員CHROの木下達夫氏は、プロクター・アンド・ギャンブルで5年間、ゼネラル・エレクトリックで17年間、一貫して人事畑を歩んできた。本稿では、メルカリを名実ともにグローバル企業として飛躍させるために、木下氏が中心となって実行した、変革の具体的な取り組みを論じる。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年10月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

スタートアップを卒業して
真のグローバル企業を目指す

 2018年12月、私は日本GEを退社し、同年6月にIPO(新規株式公開)を果たしたばかりのメルカリに参画した。そのきっかけとなったのは、その年の夏、知人の紹介で社長の小泉文明と話したことである。

 小泉は、メルカリの社員数が1000人を超えたことで社内制度などの仕組みづくりが優先課題になってきたこと、グローバル化を急速に進めており、日本と米国はもちろん、それ以外の国でもサービスを展開していくこと、すでに約40カ国から人材を獲得し東京オフィスの社員の約2割が外国籍になったことなどを説明し、「数千人の組織規模を前提に、外国籍の社員も含む多様な人材がフェアに評価されて活躍できる人事制度に、アップデートしていきたい」と語った。

 私はそれまで、プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)で5年間、ゼネラル・エレクトリック(GE)で17年間、外資系企業の人事畑を歩んできた。次は世界に挑戦する日本企業を応援したいという気持ちを強く持っており、小泉の話を聞いて自分の経験をメルカリで活かせると考えた。ここで働きたいと思ったもう一つの理由は、急成長したメルカリが組織や人材面で多くの課題を抱えた「課題解決遊園地」であることに、「やりがいがある挑戦の場だ」と感じたからである。 

 私は日本GE時代にも、似たような体験を何度もしてきた。アサインされた複数の事業で組織や業務プロセスを再構築する仕事を任されるなど、新しい職場に出向くと、そこにはいつもカオス(混沌)が広がっていた。

 もちろん、米国に本社を持ち、創業から優に100年を超えて豊富なノウハウが蓄積されているGEと、創業7年目のメルカリでは異なる点も多い。しかし、特に人事に関する仕組みづくりについては、自分がこれまでやってきたことを活かせている場面も多い。

 メルカリが直面した課題は、リアルスタートアップのフェーズを卒業してスケールを目指す企業もぶつかることが多い。創業者の山田進太郎は「車輪の再発明をする必要はない」とよく言っているのだが、まったくのゼロからではなく、GAFAのような先を行く企業が実践した手法を参照したり、あるいはそれを実行してきた人を招き入れたりすることで、それらの課題を解決でき、最短距離でスケールアップを図ることができる。

 本稿では、メルカリが事業規模を拡大するために、特に世界中の多様な人材が活躍できる組織に変え、さらなる成長を実現するための仕組みをつくるために、私と人事のチームが実施した取り組みをご紹介したい。昨今、米国での就労ビザ取得が難しくなったことで、日本で働くことを希望する人は増えている。ただし、言葉や文化の壁を乗り越えて多様な人材を惹き付けるためには、それまでの仕組みを見直すことが必要であった。

ミッションやバリューを
世界標準の制度に落とし込む

 メルカリは創業時から一貫して、私たちのミッション「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」に共感し、3つのバリュー「Go Bold─大胆にやろう」「All for One─全ては成功のために」「Be a Pro─プロフェッショナルであれ」を体現できる人材であるかどうかを大切にしてきた。

 特にメルカリでは、バリューを体現する人材であることを重視している。これは採用はもちろん、育成や人事評価などでも問われ続ける。たとえば人事評価プロセスでは、業務のパフォーマンスとバリューを体現できたかを同等に評価する。仕事のパフォーマンスはみずからの努力で向上させることができるが、プロジェクトそのものが見直しになった場合など、自分の力が及ばないこともある。一方、バリューの体現は自分の意志と行動力がすべてである。バリューを意識した行動を評価してもらえると思えば、社員は安心して難しい課題に挑戦できる。

 メルカリでは四半期に一度、その時期に活躍した社員を表彰する制度がある。そこでは3つのバリューそれぞれを冠とした賞もあるが、2019年1~3月期の「Go Bold賞」は、ローンチしなかったサービスの担当者に贈られた。サービスを世に出すかどうかは経営判断だが、そこに挑戦する姿勢そのものが素晴らしいことであり、社員のロールモデルであると高く評価した結果である。

 なぜメルカリでは、ミッションやバリューを重視するのか。小泉はよく、プロダクトへの愛情に依存する組織運営に対して危機感を示す。どれほど優れた商品やサービスを提供していても、そこにはライフサイクルがある。売上げや評判が好調な時であれば、「プロダクト愛」の深さはよい方向に働く。しかし、それが安定したり下降したりしてくると、社員の意欲を維持することも難しくなる。

 だが、商品やサービスではなく、より根源的なミッションやバリューに共感して働いているのであれば、社員のモチベーションはプロダクトのライフサイクルに左右されることはなく、挑戦し続けることができる。もちろん、メルカリの社員はプロダクト愛が浅いわけではない。それだけでなく、組織の方向性そのものに共感できる人物であることを大事にしてきたということである。

 ただ、山田をはじめとする創業メンバーたちとミッションやバリューを身近で共有できた社員とは異なり、組織規模も事業規模も拡大してからメルカリに入社した人たちと経営陣との間には、物理的にも心理的にも距離が開き始めていた。そして一般に、組織と事業の拡大に伴って部門単位での分業化が進むと、マネジャーやメンバーは自部門に最適化した判断を下しがちになる(囲み「経営戦略と人事戦略を一体化させる」を参照)。

 メルカリは「Trust & Openness」のカルチャーを重要視しており、経営陣と社員とが対話を重ねることで、組織づくりにおける考え方のような暗黙知を共有してきた歴史がある。だが、いまや組織の約半数は社歴1年未満の人たちで構成されている。また外国籍社員の割合も急増する中で、ミッションやバリューといったハイコンテクストなメッセージを理解することは、これまで以上に難しくなっていた。

 国籍を超えてメルカリの全社員がカルチャーを理解するためにも、これからメルカリで働きたいと思ってくれる人たちのためにも、経営陣が創業から大切にしてきたミッションやバリューをより具体的な文章や制度に落とし込み、組織や人材に関する考え方を可視化することが不可欠であった。そこで、次の2つの施策を実施した。

経営戦略と人事戦略を一体化させる

 私がメルカリに参画してすぐ実施したことに、HRBP(Human Resources Busi-ness Partner:組織担当人事)制の導入がある。

 メルカリの人事部門はそれまで、採用や評価など機能別の体制を取っていた。しかし、リアルベンチャーを卒業して次のフェーズを目指す中で、経営戦略と人事戦略をより一体化させる必要があった。経営陣と人事の距離を縮めながらも、人事と現場とが遠い存在にならないことも求められた。そこで導入したのが、HRBP制である。

 HRBPはグローバル企業では一般的に見られる役職である。私自身、P&GやGEで担当していた。

 HRBPに任命された人は専任の担当部門を持ち、担当役員やマネジャーなどの部門長と密な議論を重ねながら、部門ごとに抱える組織運営や人材に関する課題を共有し、人事の視点からソリューションを提供する役割を果たす。部門長の右腕として、現場のニーズを汲み上げていくのが仕事である。

 メルカリには現在、約15人のHRBPがいる。メルカリ、メルペイ、US(米国)という3つの大きな事業別のくくりの中で、それぞれについてエンジニアリング部門担当、コーポレート部門担当などのHRBPが存在する。それは完全な縦割りではなく、メルカリのエンジニアリング部門担当HRBPとメルペイのエンジニアリング部門担当HRBPのように、課題やその解決策を共有しやすいHRBP同士は常に連携を取っている。

 メルカリのHRBPは、担当する組織の評価決定会議の進行役を務め、公平な評価や昇給案となるよう働きかけている。また人員計画や配置にも関わり、人材開発会議で議論に挙がったポテンシャル人材が登用される機会はないかと、部門長やマネジャーと議論を重ねている。さらにEXサーベイにおいて、担当する組織が抱える個別課題の解決を部門長・マネジャーとともに推進している(人材開発会議とEXサーベイについては、囲み「従業員体験(EX)を最大化する」を参照)。

 HRBPのように部門を代表しながら、全社の人事施策を理解し、それを部門の個別課題の解決に落とし込める存在がいることは、現場を巻き込んだ戦略的な組織上の意思決定や人事施策の実行を可能にする。部門長も現場のメンバーたちも、その動きを尊重する文化ができ上がりつつあると感じている。

囲み「従業員体験(EX)を最大化する」は本誌掲載

(1)カルチャードックの作成

 2019年5月、私たちは「Mercari Cul-ture Doc」(メルカリ・カルチャードック)をリリースした。これは、メルカリの組織や人に対する考え方を整理したうえで、日本語と英語で明文化し、全社員が共有することを目的としたものだ。ネットフリックスのカルチャーデックを参考に2019年2月から作成に取り掛かり、毎週のように人事とマネジャー、そして人事と経営陣で直接ミーティングを行い、彼らの想いを言葉にした。

 たとえば人事面については、メルカリが求める人材の要件、採用、評価・報酬、育成など、一つひとつのトピックに対する会社の行動指針が綴られている。その内容に目新しいことはない。経営陣の頭の中にあったものを、より浸透しやすくなるように見える化したものである。なぜこの制度が実施されているのか、その裏にはどのような考え方があるのか──あらゆる制度の根底にある思想までが共有されてこそ、現場への権限委譲をスムーズに実現し、意思決定のスピードアップを図ることができると考えた。

 カルチャードックの中でも特徴的な項目として、たとえば社内業務の言語教育の推進を明文化したことが挙げられる。メルカリの東京オフィスでは現在、全体の約2割、エンジニアリング部門では約4割が外国籍の社員であり、チームによっては半数を超える。その結果、日本語を中心としたやり取りではコミュニケーションに齟齬が生じるようになっていた。そこで、カルチャードックに「英語は『道具』として使いこなせる状態にしていき、世界中で愛されるメルカリを目指す」と明記して、メルカリの文化を構築するうえで、言語教育を重要な取り組みとして定めた。

 言語教育の方針を明文化することには、母語以外の言語を学ぶことに馴染めない社員が退職するリスクが高まるという意見が上がるなど、社内でも議論があった。だが、メルカリのミッションは「新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る」である。このミッションを実現するためには、社内外で多国籍のタレントと協働することが不可欠であり、そのためには双方が歩み寄る必要がある。また、外国籍の社員に安心して働いてもらうためにも、会社の言語教育の方針を明示することは重要だった。そうして最終的には、全経営陣の理解を得ることができた。

 カルチャードックのように自社の企業文化を深掘りする際に重要なのは、そこに記された内容をお題目に終わらせず、具体的な目標と位置付けて投資をすることだ。ミッションやバリューを具体化したものである以上、それを形にすることは不可欠である。

 言語教育について言えば、各業務における英語・日本語の必要性を見極めることから始めた。言語施策を進めるとはいえ、全部門の社員が必ず身につけなければならないものではない。英語に関しては、1年後に英語が必要なポジション、2年後に、3年後に、と3つに分類し、たとえば1年後をリミットに設定された部署の社員は「P1」(Priority 1)とした。そして、P1の中で本人のコミットメントを確認できた社員には、勤務時間中に英語を勉強することを認め、自己学習などをサポートする制度を採用した。

 さらにいま、カルチャードックを社外に公開するための準備を行っている。メルカリがミッションやバリューを実現するために何をやっているかを示すことは、いま働いている社員に対するメッセージに留まらず、これから働きたいと思っている人たちにも有効だからだ。特にグローバル化の推進に関わる具体的な取り組みは、外国籍の人たちが日本で働くうえでの安心感にもつながる。

(2)「Diversity & Inclusion」の推進

 メルカリを世界中の多様な人材が活躍できる組織に進化させるために行ったもう一つの施策が、「Diversity & Inclusion」(D&I)の推進である。

 メルカリのD&I施策の特徴として、「ボトムアップで構築し、トップダウンで支援する」という考え方が挙げられる。どのようなバックグラウンドを持つ人にとっても働きやすい会社にしたいと、「ダイバーシティ部」をボランティアで立ち上げた4人のメンバーから社内のD&I活動が始まったのは、ボトムアップの象徴だ。その動きに呼応するように、経営陣らがD&Iをメルカリのカルチャーにまで昇華させる必要があると感じていた。

 D&Iが全社的な取り組みであることを示すためにまず、経営陣と議論を繰り返しながら、D&Iをメルカリの基本方針とするステートメントを作成した。最終的には、「あらゆるバックグラウンドを持つメンバーにフェアなチャンスを提供する」「多様なメンバーがポテンシャルを発揮し成長するための、学びの文化を創造する」「誰もが心地よく帰属意識を持ちながら働けるように、信頼し合える組織を整える」という3つに集約し、これらのステートメントをホームページ上で公開している。

 メルカリのD&Iチームは、グローバル化を推進する20人程度のグループの中にある。その中の2人を中心としたボトムアップの取り組みとして、D&Iをどう推進するかという方針の設定、それに合わせた戦略と具体的な活動プランを作成してもらった。その内容は経営陣からも承認を受け、全社員で共有するに至っている。

 ここでも単なるメッセージで終わらせず、実際の取り組みが不可欠である。ただし、これはステートメントにも明文化しているのだが、男女の雇用比率を均等化するなど、定量的な数値目標はあえて設置していない。それをやってしまうと数値の達成自体が目的になってしまい、私たちが目指すべきD&Iの姿とかけ離れてしまうリスクがあるからだ。

 D&Iの推進を見える化するためにさまざまな施策を実行しているが、新オフィスにはその思想を全面的に反映している。

 たとえば、「Wellness Room」という多目的室を設けた。ウェルビーイングを向上させるという目的にかなえば、用途を制限しない。礼拝を行ったり、育児中の女性が搾乳を行ったりすることができる。それ以外にも、体格の大きい人や、車椅子の社員が使いやすいように自動昇降タイプのデスクを導入したり、社員の交流を促進するためにミーティングエリアに工夫を施したりしている。

 また2019年7月から、日本人も外国籍の社員もより働きやすくなるよう、新たな休暇制度を導入した。一つが「Sick Leave」である。風邪や病気などで休む場合、これまでは有給休暇を充てる必要があったが、欧米をはじめとするグローバル企業のように、病気の際に別途取得できる休暇である。社員が安心して有給休暇を取得できるように始めた。もう一つが、「リラックス休暇」の導入である。長期休暇を取得したいタイミングや期間はさまざまである。多様なバックグラウンドを持つ社員一人ひとりの事情に合わせて休暇を取得できるよう、取得時期の自由度を高めることにした。

 カルチャードックと同様に、D&Iの推進に関する目に見える取り組みは、外国籍の人たちにメルカリで働きたいと思ってもらう重要な動機につながると考えている。後述するが、メルカリではオウンドメディアなどを通じて社員の生の声を積極的に発信し、採用候補者を引き付ける重要な機会につなげている。

木下氏は世界標準の環境を整備したうえで、グローバルな人材獲得競争を勝ち抜くための施策を実行しました。その具体的な取り組みが記された本稿全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年10月号に掲載されています。

◆最新号 好評発売中◆
『戦略採用』
売り手市場や、エンジニア不足が騒がれる中、既存の方針のままでは思うような採用ができなくなってきている。それゆえ、エージェントやテクノロジーを頼みとする企業も増えており、採用コストは増大する一方である。人的資源が競争力の源泉であることには変わりがない。だが何のための投資なのか、どのような成果を想定しているのか。戦略的観点から、シビアに再考すべき時である。

【特集】戦略採用
◇間違いだらけの人材採用(ピーター・キャペリ)
◇ゴールドマン・サックスはなぜ面接手法を変えたのか(デーン E. ホームズ)
◇職能部門も明確な戦略を持つべきである(ロジャー L. マーティンほか)
◇ソフトバンクの採用は変わり続ける(源田泰之)
◇メルカリが挑む世界中の多様な人材が活躍できる組織づくり(木下達夫)


ご購入はこちら!
[Amazon.co.jp] [楽天ブックス] [e-hon]