『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年8月の注目著者は、ペンシルベニア大学ウォートンスクール教授のピーター・キャペリ氏です。

大学時代から労働問題に関心を抱き、
その道の専門家として活躍する

 ピーター・キャペリ(Peter H. Cappelli)は1956年、ニューヨーク州ユーティカ市に生まれた。現在62歳。ペンシルベニア大学ウォートンスクール(以下ウォートン)のジョージ W. テイラー記念講座教授、および同大学院教育学研究科教授を務める。また、同大学ヒューマン・リソース・センターのディレクターを兼務する。専門は、労働経済学と人的資源管理である。

 キャペリはコーネル大学で労使関係論を専攻した。そして1978年に同校を卒業すると、フルブライト奨学生としてオックスフォード大学ナフィールド・カレッジに留学した。

 オックスフォードでは、高名な経済学者であり、労働経済学の権威である、E. H. フェルプス・ブラウン(Sir Ernest Henry Phelps Brown)に師事している。フェルプス・ブラウンは当時、ロンドン大学名誉教授を務めており、1968年にロンドン・スクール・オブ・エコノミクスを退官後、1969年にオックスフォードのウォドム・カレッジ(Wadham College)の名誉評議員(Honorary Fellow)に就任し、オックスフォードに在住していた。

 キャペリは博士論文を執筆するにあたり、1982年、マサチューセッツ工科大学スーロンスクール・オブ・マネジメントでポスドクプログラムのリサーチアソシエイトに採用された。そこで労使関係論で著名なロバート B. マッカシー(Robert B. Mckersie)の指導を受けて博士論文を執筆し、1983年にオックスフォード大学から労働経済学の学位(D.Phil.)を授与された。

 キャペリの博士論文のタイトルは、“Central government influence on public sector pay.”(公共セクターの賃金交渉における中央政府の影響について)である。なお、マッカシーとは共著で、“Strategic Choice and Industrial Relations Theory,” Industrial Relations, Winter, 1984.と、“Management Strategies and Redesign of Jobs,” Journal of Management Studies, 1987.という2本の論文を著している。

 キャペリは1983年、イリノイ大学大学院産業労使関係研究所の助教授に採用された。1988年から1989年まで労働長官のスタッフを務め、1989年にはカリフォルニア大学バークレイ校ハーススクール・オブ・ビジネスの非常勤准教授も兼任した。その後、1990年からは教育省のプロジェクトとして設けられた「従業員教育の向上のためのナショナル・センター」の共同ディレクターに就任し、1995年にウォートンの教授に就任した。

 ウォートンには、経営管理、アカウンティング、ファイナンスなど10の専門分野別組織(department)があり、約240人の教員がそれぞれの組織に所属している。キャペリはその中で経営管理に属し、その主任教授となった。そして1998年、記念講座であるジョージ W. テイラー経営管理教授に就任した。

 ちなみに、冠名であるジョージ W. テイラーは、労使関係の学問分野の創設に貢献し、40年以上にわたりウォートンの教壇に立った著名教授である。ルーズベルト、トルーマン、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンという5人の大統領の下で労働問題の顧問を務め、多くの労働争議の仲裁を行ったことから「米国仲裁の父」とも称された。キャペリにとって、テイラーの冠講座で教授を務めることは、このうえなく光栄なことであった。

米国労働市場の大きな変化が
企業と従業員の関係を変えた

 キャペリの研究対象は、1980年代は労使関係論が中心であったが、90年代以降は、米国における雇用問題と、企業における人的資源管理である人材マネジメントが主である。その研究の背景には、80年代以降、労使関係から見た米国の雇用状況の劇的な変化があった。

 1980年代初頭、米国の景気は急速に冷え込んでいた。そこで、1981年に大統領に就任したロナルド・レーガンにより、財政支出の増大と減税、通貨供給量によるインフレからの脱却を目指したレーガノミックスが進められた。

 レーガノミックスは高金利とドル高を招き、その結果、企業による米国国内への民間投資は減退し、米国の双子の赤字(貿易赤字と財政赤字)を増大させることとなる。雇用に目を向けると、外国製品の輸入拡大と規制緩和が、終身的な雇用を前提に社内で人材育成するホワイトカラーの「キャリア型雇用」が終焉を迎え、組織階層のリストラクチャリングと国内工場の閉鎖(レイオフ)、非正規雇用の増大をもたらした。

 こうして、労働者保護と雇用維持を目指した米国の伝統的な雇用政策や雇用慣行は、外国企業との競争に伴う、米国企業の競争力強化とコストの削減圧力により、企業の雇用問題に対する政府介入の規制緩和が進められるなか、大きく様変わりした。

 雇用の大きな変化は、第1に、キャリア型雇用保障の低下と非正規雇用の増大に伴い、従業員の企業に対する忠誠心や士気の減退を招いた。第2に、IT情報関連などの知的産業と他の産業間の雇用格差が拡大した。そして第3に、経済社会が生み出す富が不平等に分配され、その富を求めて能力のある人材(talent)が自由に移動したことで、人材市場が流動化した。その結果、仕事のスキルを伸ばしてキャリアの可能性を広げる責任が、雇用主ではなく従業員みずからに課されるようになった。

 キャペリは、こうした雇用のドラスティックな変化について、Changing at Work, 1997.(未訳)で言及している。同書でキャペリは、政府は、そうした課題を解決するために企業の責任を強化するよりも、個人が高等教育を受けるための資金提供や、学生に企業で技能を学ぶ機会を与えるための助成金を提供すべきである、などの提言を行っている。

人材マネジメントは
組織志向型から市場志向型へ

 米国の雇用情勢が変化するなかでキャペリが注目したのは、ホワイトカラーの内部労働市場が衰退したことで、組織志向型から外部市場志向型の雇用に移り変わった点である。

 1950年代から70年代にかけて、米国企業では、最初に就職した企業に忠誠を誓い、定年を迎えるまで出世の階段をコツコツと上っていくことが当たり前であった。『フォーチュン』誌の編集長であったウィリアム H. ホワイトは、著書The Organization Man, 1956(邦訳『組織のなかの人間 上・下』東京創元社、1959年)の中で、そうしたビジネスパーソンの姿を「組織人」という言葉で表現した。

 この時代、長期的な視点に立った人事制度として、人材育成や定期的なジョブ・ローテーション、幹部候補者教育制度、人材の360度評価などが始まっている。組織志向型の雇用が前提とされ、組織人としてのキャリアは社内で育成することが常識とされていた。

 だが1980年代になると、組織志向型雇用を前提とした人材育成の諸制度が縮小した。一方、ゼネラル・エレクトリック(GE)、IBM、プロクター・アンド・ギャンブル、シアーズ・ローバックなど米国の大企業は、その中でも社内育成制度を従来通り維持し続けた。それにより、GEやIBMのような企業は、1990年代に米国の経済成長を支えた企業にとって有力な「人材供給企業」となり、コア人材の流出防止という新たな課題が生じた。

 キャペリが『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)に最初に寄稿した論文、“A Market-Driven Approach to Retaining Talent,” HBR, January-February 2000.(邦訳「コア人材を引き止める法」DHBR2001年9月号)は、米国企業の雇用が市場志向型に変わったことを前提に読む必要がある。

 キャペリは、社員が生涯で1つの会社にとどまるという概念は存在しないと主張した。人材の流動化を決定するのは労働市場であり、企業は市場の引力に逆らえない「新しい現実」を受け入れなければならない。その前提を理解したうえで、コア人材を引き止める制度として、各企業が採用する6つのプログラムを紹介している。キャペリはさらに、経営者や人事担当者には、「労働力は市場に支配される」という新たな現実を認識し、創造的な人材管理と維持、さらに人材の放出までコントロールする方法を考えた「人材マネジメント(Talent Management)」が必要だと主張した。

 この論文は、Managing the Market-driven Workforce, 2001.(邦訳『雇用の未来』日本経済新聞社、2001年)として上梓している。

 1990年代に突入すると、人材マネジメントの状況は、人材の需要を予測できず、需要への対応策も計画できない「無策」だった、とキャペリは言う。“Talent Management for the Twenty-First Century,” with Monika Hamori, HBR, January 2008.(邦訳「人材マネジメント 失われた半世紀」DHBR2008年6月号)の中で、企業には、不確実性を考慮した人材マネジメントへの抜本的改革が不可欠である、とキャペリは主張した。

 同論文では、製造業のサプライチェーン・マネジメント(SCM)におけるジャスト・イン・タイムの考え方を援用した「オンデマンド人材マネジメント」を提言している。この新たなフレームワークは、不確実性という一筋縄ではいかない課題の解決により適した、市場志向型のマネジメント手法である。それは同時に、経済や産業社会の進歩、技術革新によるスキルの高度化に求められるマネジメント能力を備えた人材は、企業組織で育成すべきか、それとも企業以外にその役割を求めるべきかという、新たな課題へと繋がっていった。

 キャペリはその後、この論文の主題をまとめた書籍として、Talent on Demand, 2008.(邦訳『ジャスト・イン・タイムの人材戦略』日本経済新聞出版社、2010)を上梓した。

米国経営者のキャリアパスと、
経営課題に対する認識の変化

 前述の通り、1980年代以降、ビジネスマンのキャリアパスは市場志向型雇用へと大きく転換した。

 では、米国の「フォーチュン100」にリストアップされるような、経営者の一つの頂上を極めた人物は、いかなるキャリアパスを経てそこに到達したのか。その調査をまとめた論文が、“New Road to the Top.” with Monika Hamori, HBR, January 2005.(邦訳「『フォーチュン100』経営者のキャリア・パス」DHBR2006年1月号)である。キャペリはこの論文で、1980年と2001年の20年間に見られた変化をまとめている。

 さらに、“Who’s Got Those Top Jobs?” with Monika Hamori and Rocio Bonet, HBR, March 2014.(邦訳「2014年版『フォーチュン100』経営者のキャリア・パス」DHBR2015年5月号)では、前回の調査に2011年の結果を加えて、調査対象期間の30年間で経営者の属性として最も際立った特徴である、(1)生え抜きか否かの経歴、(2)MBA取得者か否かの学歴、(3)経営者のダイバーシティ(多様性)の状況、(4)経営者に至るキャリアパス、という4項目の変化を詳細に検討した。

 生え抜きか否か、を見ると、現在の会社でキャリアをスタートさせた経営者は、1980年に53%、2001年は45%、2011年には31%と減少傾向を示したが、現在の会社での勤続年数を見ると2011年には増えていた。その理由としては、2001年のドットコム・バブル崩壊と2008年のリーマンショックという2つの経済危機を経験したことで転職傾向が弱まっているからではないか、と推測している。

 経営者の学歴は、MBAなどの学位取得者の割合は、2011年は65%、2001年は62%であったが、1980年は46%であり、80年代以降の人材教育の場が、特にアイビーリーグのビジネススクールに移転していることが顕著であった。経営者のダイバーシティについては、女性経営者の割合の増加に見られるように、その傾向は高まっている。特に金融、医療サービス、小売り分野では、他の業界よりも顕著であった。

 2011年の調査で特に興味深かったことは、CEOや会長は出世コースを歩んできたものの、現在のポジションに至るまでにかなりの時間を要していたことである。外部から採用された人材であっても、バイスプレジデントなど経営幹部としては下層に所属することでより多くの職務を経験し、ゼネラルマネジャーとして役割の遂行に必要な社内の人脈を構築し、昇進に伴い権限と責任の拡大を経験するなど、MBAでは学ぶことのできない人材教育が行われていることがわかった。

 キャペリは米国だけでなく、急成長しつつあるインド企業にも着目した。そして、欧米とインド企業のビジネスリーダーとの相違点を比較検証し、“Leadership Lessons from India.” with Harbir Singh, Jitendra V. Singh and Michael Useem, HBR, March 2010.(邦訳「インド vs. 欧米のリーダーシップ」DHBR2010年5月号)を寄稿した。

 この論文では、インドの大手上場企業98社のトップマネジメントに対して、経営に関する価値観のヒアリング調査を行い、インド企業から得たデータとニューヨーク証券取引所が行った米国企業の調査データなどと比較した。そこで判明した決定的な違いは、リーダーとして最も重視しなければならない経営課題に対する認識であった。

 米国のCEOは、政府の規制当局、取締役会、株主など、外部からの要求に注意を払い、株主価値を最優先課題とするのに対して、インドのリーダーは、戦略プランニングの役割を果たすことを最も重視し、長期志向に立って、人材育成とインセンティブ、組織構造のデザイン、組織文化の醸成を重視することを課題に挙げた。インドのビジネスリーダーには、インド市場が急成長する一方、依然としてインド自体は貧困社会であり、医療制度や教育制度が不十分であるため、企業は人材の能力開発と福利厚生に努め、さらに社会的責任を果たさなければならない、という強い意識があった。

 本論文は、The India Way, 2010.(邦訳『インド・ウェイ 飛躍の経営』英治出版、2011年)として書籍化された。ちなみにキャペリは、中国企業のビジネスリーダーについても調査しており、Fortune Makers, 2017.(邦訳『チャイナ・ウエイ』英治出版、2019年)も上梓している。

現代の人材マネジメントには
新たな制度が求められている

 現代的な人事部が組織化されるようになったのは、人事制度を確立し、人材を育成し、それを維持する必要性に迫られた1950年代であった。

 1950年代から70年代、生え抜きの人材が経営陣になる割合は90%であった。しかし、それから状況が変わって、その割合は30%程度になったことが示すように、多くの企業はエクゼクティブ紹介企業を通して経営陣の補充をするようになり、人事部が自社の人材育成計画立案に割く時間も少なくなった。さらに、通常業務に追加される形で、それまで人事部の業務であった採用から育成、業績評価や報酬の決定までが、現場のマネジメントに任されるようになった。

 なぜ、人事部が嫌われる存在になったのか。この問いに対するキャペリの答えは、“Why We Love to Hate HR...and What HR Can Do About It,” HBR, July-August 2015.(邦訳「なぜ人事部は嫌われるのか」DHBR2015年12月号)で示されている。

 キャペリによると、彼らの役割が、業務に追われるマネジメントに対して、煩雑な人事手続きや就業規則の遵守させることが中心になったことで、人事部は煙たがれるようになったという。そして、人事部がその存在価値を示すためには、企業が必要とする長期的視点に立ち、専門能力やスキルを持つ人材の確保、人材育成、各種規制への対応、組織文化の醸成、従業員の忠誠心や士気に関する問題の対応など、経営戦略を支える役割を担う「新しい人事部」の姿を提言している。

 人事部が現場のマネジメントに課してきた制度の一つに、従業員に対する年次の業績評価制度がある。“The Performance Management Revolution,” HBR, October 2016.(邦訳「年度末の人事査定はもういらない」DHBR2017年4月号)では、年次の業績評価を廃止する企業が増えている現状を踏まえ、業績評価の本質とは何かを問うている。

 これまで年度ごとに行われてきた業績評価は、過去の仕事における個人の成果に対しる評価をもとに、報酬や昇進、あるいは叱責に重点が置かれていた。その問題は、組織の長期的な存続に不可欠な、将来に向けての能力開発という視点が希薄なことにある。

 キャペリが業績評価の廃止を促す理由としては、第1に、人材マネジメントの効果を高めなければならないという競争上の圧力によって、年次の業績評価に手間をかけるよりも、部下に対して日常的かつ臨機応変に業績の確認とフィードバックをすることで、効果的なコーチングを行うべきだ、と考える企業が増えたことがある。従業員の不満要因の一つとなっている制度でもあり、人材マネジメントの観点から、優秀な人材の流出を防ぎ、つなぎ止めるためにも廃止が望まれていた。

 第2の理由は、今日、事業環境の急速な変化への対応や迅速なイノベーションが企業の競争優位の源泉となっているためである。プロジェクトは短期化し、かつ状況が途中で変化することもあるので、年間サイクルで個人の成果を評価する時代は終わった、という認識がある。

 第3に、個人をランク分けしたり業績評価したりといった、個人の成果を重視することをやめると、チームワークや組織間のコラボレーションを醸成しやすくなる、というメリットが知られるようになったことも、廃止の理由として挙げられている。

 ただし、業績評価を廃止することに課題がないわけではない。キャペリは、年次の業績評価は、上司と部下が個人の将来に関するキャリアや能力開発について話し合う場であり、組織の目標と個人の目標との整合性を合わせる機会でもあるという。そして、人材マネジメントとして、今後どのような形でそれを補完すべきかが検討されるべきである、と指摘した。

 製品開発の分野でアジャイル(俊敏さ)が求められているように、人事分野においても、ルールと制度に基づく手法から、組織メンバーのフィードバックに基づく簡潔で迅速な手法による、これまでにない俊敏さ求められようになった。たとえば前述の通り、年次の業績評価が廃止される傾向にある。

 キャペリは、“The New Rules of Talent Management,” with Anna Tavis, Diane Gherson, Lisa Burrell, Dominic Barton, Dennis Carey and Ram Charan, HBR, March-April 2018.(邦訳「アジャイル化する人事」DHBR2018年7月号)において、主な人事活動である業績評価、コーチング、チーム活動、報酬、人材募集と採用、学習と能力開発について、具体的な企業事例を挙げながら、人材マネジメントの変革の必要性を提言している。

 人事の変革を実現するには、情報システムなどをはじめ、多数の業務プロセスを変更しなければならない。キャペリは同論文で、マネジメントの重点対象を個人からチームへ切り替えることや、人事部としてITの専門性の強化や人事業務を改革する際の課題についても述べている。

不確実な時代における
人材マネジメントのあり方を考える

 キャペリが最近、HBRに寄稿した論文、“Your Approach to Hiring is All Wrong,” with Dane E. Holmes, HBR, May- June 2019.(未訳)は、タイトルを直訳すると「あなたたちの採用アプローチは何もかも間違っている」となるように、現代の採用活動に関する問題点を提起している。

 ソーシャルメディアが発達したことで、求職サイトに限らず、個人の属性などの個人情報を容易に検索できる時代となり、採用候補者を俊敏に特定してリストアップすることが容易になった。同時に、採用活動を専門的に行う人材紹介企業に多額な費用を支払い、アウトソーシングすることが一般化している。

 ここでの問題は、こうした多額な費用を投じた採用が、企業にとって、あるいは求職者にとって、本当に満足いく雇用を生み出す結果となっているのか、である。キャペリは現代の採用活動のあり方について、そう疑問を投げかけている。

 前掲の『ジャスト・イン・タイムの人材戦略』の「日本語版への序文」の中で、キャペリは以下のように述べている。

「大半の日本企業あるいは他国の企業全般が直面している新たな課題は、『企業の将来に対する不確実性の増加』である。5年後にどのようなビジネスを展開しているのか、その結果、社員に求めるコンピテンシーがどのようなものになるかは未知数である。企業にとっては、新しい競争相手や市場の出現をもたらすグローバル競争だけが唯一重要な変化、あるいは不確実性の源泉ではない。いまや労働力にも同様な不確実性が内在する」

 昨今、人工知能(AI)などの技術進歩によって、その存在自体が危ぶまれる産業や職種が話題となっている。キャペリは、不確実性の時代において、これまでとは違った切り口で人材マネジメントを考えることの必要性を強く訴えている。