『モモ』の警鐘

 働き方改革の背景には、日本人の働き方の問題があります。問題の一端を示す数値が、労働生産性の世界比較です。

 OECD(経済協力開発機構)の2017年のデータによれば、日本は加盟36カ国中、時間あたりの労働生産性20位、就業者1人あたりの労働生産性21位と、劣位にあります。両数値とも、主要先進7カ国では最下位です。

 ちなみに平均年間労働時間はOECD内で17位。加盟国平均より短い時間となりますが、この数値は短時間労働になりがちな非正規雇用者を含み、その比率が増えることで日本の値は下がっています。

 時間あたりの生産性は、付加価値/就業者の労働時間総合計、で算出されます。そこで日本企業では今、即効性のある生産性向上策として、分母の労働時間を短縮することに注力しています。労働時間の管理の徹底、残業縮小に向けてのマネジメント、ITや外部リソースのさらなる活用などが推進されています。

 それは必要なことですが、同時に、分子の付加価値を高めることも重要です。付加価値をより多く上げれば、生産性は高まります。そのために有効なのが、労働者の創造性アップです。

 これは先進国に共通する課題で、ハーバード・ビジネス・レビュー(HBR)も近年、関連論文が多くなっています。例えば、デザイン思考。ロジカル思考で効率性を数%高める日常的な改善だけでなく、既存事業を顧客視点から見直して付加価値を数十%高めるという類のものです。前号の特集「ムーンショット」の思考法は、0→1や1→10といった数百%の飛躍のための創造論です。

 この延長線の視点で言えば、創造性アップには、「やらされ感」ではなく、従業員の仕事へのモチベーションが自発的に高くなることが有効であり、今号の特集はその前提条件を整えるものとなります。卑近な例で言えば、土日はしっかり休み、リフレッシュして月曜日に仕事に就くことが創造性を高め、生産性を向上させるという考え方です。

 時間と仕事と幸福の関係を編集部で議論した際、ミヒャエル・エンデ著『モモ』(岩波書店)が話題になりました。

 米国HBRがロジカルに論じるテーマを、ドイツの作家はワクワクするストーリーで著しています。効率を追求する中、いつの間にか思考を停止して、あくせくと非創造的な仕事を続けてしまう現代人に警鐘を鳴らしています。

 その主張は、今号の表紙イメージを否定するかのように、「時間は(お金とは違い)貯蓄できない。今をきちんと生きることが大切」と私には受け止められました。OECDのデータに示される通り、日本人や米国人とは違い、休暇のとり方がうまい欧州人の考え方を、今号のDHBRと比較しながら、お盆休みに読まれてみてはいかがでしょうか。

 このテーマを考えた時、個人的に思い浮かべた日本の小説が『たった一人の反乱』(丸谷才一著、講談社)です。

 作品の後半で、登場人物が、近代市民社会と芸術の関係について話します。労働時間や金利を計る道具としての時計が近代の象徴であり、腕時計は人々を市民社会に縛る手錠だと表現します。これに抗うのが芸術家であり、時間に縛られて創造性は発揮されない……と話を要約してしまうのは野暮ですが、幅広い知識をもとに物語を紡ぐ丸谷氏らしい痛快小説です。

 今号のテーマを、『モモ』とはまた違った視点で考えることができる、お勧めの1冊です(編集長・大坪亮)。