『DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー』2019年6月号特集に関連したイベント「データドリブン経営の未来」を開催。アップルのエンジニアとして音声AI「Siri」の開発に従事した、パロアルトインサイトCTOの長谷川貴久氏、大阪ガスのビジネスアナリシスセンター所長を務め、現在は滋賀大学データサイエンス学部教授の河本薫氏が、データ経営の推進と人材育成のコツを伝授した。2019年7月12日、東京・ビービット本社にて開催。(構成/富岡修、写真/編集部)

データ活用に最も積極的な企業、ネットフリックス

「GAFAもすごいですが、現在、データ活用に最も積極的な企業はネットフリックスかもしれない」。パロアルトインサイトCTOの長谷川貴久氏はそう言いながら、自身が加入しているネットフリックスのトップ画面をスクリーンに映し出した。

長谷川貴久(はせがわ・たかひさ)
パロアルトインサイトCTO。シリコンバレーのアップル本社でSiriのデータサイエンティストとして、様々な機械学習のモデルを実装。パロアルトインサイトでは、クライアント企業向けに機械学習のモデル構築と実装に加え、アプリ開発やクラウドインフラの設計などを行なっている。ジョージア工科大学コンピュータサイエンス修士、ハーバードビジネススクールMBA。AWS認定ソリューションアーキテクト。DHBR2018年11月号「音声AIがパートナーになる時」。iPhone開発秘話『THE ONE DEVICEザ・ワン・デバイス』解説。

「画面に表示されている視聴コンテンツやサムネール画像は、誰一人として同じではない。住んでいる国、性別や年齢、家族構成、これまで視聴したコンテンツや時間などの履歴を分析し、視聴者の好みなどをAIが判断して表示している」(長谷川氏)。 

 世界で1億5000万人以上の会員数を誇るネットフリックスは、膨大な会員データはもちろん、コンテンツの作者やジャンルなどの基本情報から、映像のフレーム単位ごとに映っている人物や物体、字幕などといった「メタデータ」をデータベースに日々保存・更新しているという。それによって、例えば、古い映画で撮影カメラが映り込んでいる映像をAIが特定して削除するなどして業務の自動化を図っている。

「データ活用の極め付きは、視聴データの分析結果をダイレクトに反映したコンテンツを作り、ヒットさせたこと」(長谷川氏)。同社の強みはオリジナルコンテンツにあるが、視聴データの分析をもとに、作品のジャンルやストーリー、俳優などを決めて作っている。これまでも視聴者の声をストーリーの一部に反映したり、マーケティングに役立てたりすることはあるが、データを全面的に活用してコンテンツを作る方法は珍しい。

 データを活用する姿勢は、企業経営でも徹底している。同社は売上の1割弱をクラウドインフラへの投資やデータベースの構築などに充てている。ちなみに、2019年第1四半期の売上は45億ドル(約5000億円)であり、その規模の大きさが窺い知れる。また、全従業員の給与データを公開し、誰もが閲覧可能できるなどオープンな風土でも知られている。

 ただ、データ偏重による歪みも出ている。ある作品のプロモーション方法について、「ABテスト」を行った結果、主演女優を露出させない方がクリック数が多かったため、そのとおりに展開したところ、外された主演女優が激怒した、というエピソードもある。当然、その女優の他の作品まで放映できなくなる恐れもあり、権利を扱う部署から大ブーイングが出たという。

 また、炎上することも少なくない。とある女性におススメされる画面が、同じ人種の俳優が出ている場面ばかりというのが、嗜好を勝手に限定しているとの怒りを買ったのである。長谷川氏は、「データによる判断は万能ではない。とりわけ人間の感情やコンテクスト(文脈)などを考慮した判断は苦手だ」と言葉を添えた。 

 データドリブン経営を進める上で悩ましいテーマが、経営者の直感と、データ分析に基づいた判断のどちらを優先するかだ。長谷川氏は「経営者の直感とデータの判断が違っていれば、直感に従うべき」と主張する。

 長谷川氏をそう確信させたのは、データ経営の先端を走るアマゾン・ドット・コム経営者のジェフ・ベゾスのエピソードだという。今でこそ普及しているプライム会員だが、検討段階ではデータ分析やそれに基づく有識者の判断では「導入しない方がいい」との意見が大多数を占めたが、ベゾスは自らの判断を信じて始めたという。「良質なデータが意思決定の重要なパーツであることは疑いがないが、頼りすぎてもダメ。そもそもデータだけで判断できる仕事はAIに奪われていくだろう。70%ぐらいのデータを基に、残り30%は勇気をもって直感で判断することが大切だ」(長谷川氏)。