昨今、統合報告書を公表する企業が増えている。決算報告で発表するPL(損益計算書)、BS(貸借対照表)などの財務報告に加え、社会貢献活動など非財務の多様な活動と成果を明文化し、従業員や地域住民などのステークホルダーに対して公表するものだ。統合報告書の導入を推進するWICI(The World Intellectual Capital/Assets Initiative)ジャパン会長の昆政彦氏に、その意義や課題などを伺った(聞き手:大坪亮・DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集長、構成・撮影:嶺竜一・フリーランスライター)。


――企業の価値を測るものとして、財務以外の基準も注目されるようになってきています。企業の社会的な責任や行動、評価基準について、CSR、CSV、ESGといった考え方も次々と出てきています。どのような背景があるのでしょうか。

昆 政彦(こん・まさひこ)
WICIジャパン会長スリーエム ジャパン代表取締役 副社長執行役員。シカゴ大学経営大学院MBA修了。早稲田大学大学院博士(学術)取得。早稲田大学大学院客員教授。

 財務報告書だけでは企業の本当の企業価値を表すことができなくなってきています。企業は、社会の課題を解決してゆく責任があり、そのアプローチと成果も社会に示すことが求められている背景があると思います。

 ただ、考え方や報告方法が複数存在するということが、混乱を生んでいるという事実があります。

 最初に出てきたのはCSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任)です。本来は、企業の法的責任や倫理的責任から経済的責任までを含んだ概念でしたが、実際には企業は利益を経費として社会に還元するべきだ、という考えに狭められていきました。

 一方で、企業が生み出した利益を事業と全く関係のない分野のみに還元することが、果たして社会的に効果的か、という疑問も生まれました。例えば、自動車会社が生み出した利益を財団に寄付して音楽家を支援することで、本当に良い成果を出せるのかどうか、ということです。音楽家育成自体は、社会価値向上には必要なことで否定するものではありません。しかし、その行為を経済的責任との対立軸に打ち立てることは、正しいアプローチではありません。両方とも大切な行為なのです。対立軸に立て戦わせるのではなく、両立させるにはどうすべきかを考えるバランス議論へ進化しています。

 社会には、プライベートとパブリックの概念があり、一方で、所有と存在の概念があります。プライベートは所有概念の下で組み立てられる世界で、パブリックは存在を基軸概念にしています。パブリックは、社会の参加者全員であり、欧米では特定の個人よりも社会全体のフレームで物事を見ていきます。日本では、パブリックの概念が弱く、プライベートがパブリックを包括しているような印象すらあります。

――お金を出すだけという社会貢献活動に疑問が出てきたわけですね。

 はい、WICIのビジョンにも掲げておりますが、企業は金融財産以外にも、能力のある従業員であったり、技術開発力であったり、知的資産を有しています。これらの資産や能力を生かして社会に貢献する考え方としてCSV(Creating Shared Value:共有価値の創造)が考案されました。ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ポーター教授が提唱した概念です。企業は、経済価値の創造活動と社会価値の創造、具体的には社会課題の解決などを、事業活動で両立させることが必要という考え方です。

 例えば、自動車会社は自動車の生産・販売で利益を得ることが事業活動ですが、さらに自動車事業によって社会課題の解決にどう貢献するのかを考えるべきだ、というものです。できるだけ環境に負荷をかけない自動車を作ったり、シェアリングエコノミーを主導して社会全体で自動車の有効活用を推進したりして、企業と社会で共有される価値を生み出すべきだという発想です。もともと便利であったり、移動の快適性であったりという価値を提供するために、磨いてきた自動車の開発・製造から販売チャネル構築の仕組みがあり、それを使って新たな社会価値創造や問題解決を組み合わせていくことで社会貢献へ繋げるとの概念です。

――社会貢献につながる事業活動を考えるべきだということですね。

 ただし、それは評価が難しい面があります。そのため、そうした企業の社会的活動を企業に対しても公表することを要請するとともに、外部から評価するべきだという考え方が欧州から生まれました。それが、ESG(Environment:環境、Social:社会、Governance:企業統治)です。ESGは、経営遂行上必ず考慮して、基盤を設定すべきカテゴリを示した考え方です。

 ESG投資は、環境を悪化させずに事業を行っているか、事業によって社会に貢献しているか、ガバナンスをきちんとしているかなど、事業領域別に複数の指標によって評価し、それを投資家の投資基準の中に取り入れるというものです。ESGカテゴリにおける企業経営を行っている企業への投資を誘導し、投資を呼び込みたい企業にはESG管理への意識を高める循環を狙ったものです。

――日本では、日本の公的年金を運用するGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が2017年にESG指数連動の運用を始めたことで注目を集めています。第三者機関が事業カテゴリごとの指標で、環境、社会、ガバナンスに対して評価し、点数の高い企業に優先的に投資します。

 ESGは、あくまでカテゴリを示した概念です。実際に、ESGの管理項目をしっかり取り入れていても、それが、新たな社会的価値創出や社会課題の解決にどの様に結び付くのかの説明は十分ではありません。投資家にアピールする意味でも、企業も自らの多様な価値を社会に対して公表していかなくてはならないとの機運が高まりました。そこで、非財務の活動を含めて、企業が自社の持っている価値を統合して公表するレポート方式の統一化が求められたのです。

 IIRC(International Integrated Reporting Council:国際統合報告評議会)という組織が欧州で設立され、2013年12月に統合報告書のフレームワークが公表されました。統合報告書は、企業情報を伝えるためのフレームワーク、レポート形式を示したものです。

 企業はこれまでPL、BSといった「財務資本」のみを公開してきましたが、統合報告書ではこれに、「製造資本」「知的資本」「人的資本」「社会・関係資本」「自然資本」という、財務諸表には計上されない5つの資本を加え、合わせて「6つの資本」を記載することで、企業が持つ総合的な価値をまとめ、公開するレポート形式です。そして、簡潔性、戦略的焦点と将来志向、情報の結合性、 資本及び資本間の相互関係に焦点を当てるとともに、組織における統合思考を取り入れたものです。社会資本を使いながら、ビジネスモデルを展開し最終的に社会に対してどのような良い変化を起こしていくのかの全体の流れを示すことが求められています。