1997年、アップルに復帰したばかりのジョブズは、社内にイノベーティブな空気を取り戻す必要があった。そして、この再生の要にデザインを据えたかった。当時アップルがコンピュータメーカーだったことを考えれば、コンピュータのデザイン経験豊富な、業界で定評のあるデザイナーを探すのが定石だろう。

 ところが、ジョブズはそうしなかった。アイブはアップルに入る前、ロンドンで自分のデザイン事務所を持っていた。その事務所タンジェリンは、住設機器のデザインに携わっていた(トイレや配管の大手アイディールスタンダードなどをクライアントに持っていた)。

 若きデザイナーは1992年にアップルに入社したが、それから1997年まで、彼がデザインした製品はぱっとしなかった。そのため、ジョブズが彼をインダストリアルデザイン担当上級副社長に抜擢したときは、道理に合わない人選に思われた。

 しかし、あとから考えれば、この人選は大正解だった。教訓その1。イノベーターを選ぶときは、過去ではなく未来を見据えよ。

 1997年まで、PCは主にオフィスで使われるものだったが、インターネットの普及とともに新時代が到来した。すなわち、急速に家庭に取り入れられるようになり、家の備品になったのだ。そのため、家のリビングやダイニングに置いても違和感のない機器であることが必要になった。

 もしその目が過去に向いていたら、ジョブズはオフィスコンピュータが得意な、きっと名のあるデザイナーを探しただろう。だが、それで得られるものは、完成度は高いがそれまでと何ら変わりない、ベージュボックスと呼ばれるパソコンだ。

 ジョブズの目は、未来を向いていた。コンピュータが家庭に入るならば、住宅用製品をデザインした経験のある人材を選ぶことは、それほど突拍子もない考えではなかったのだ。

 アイブの指揮下でデザインされた最初の製品は、1998年に発売されたiMac G3だった。それまで業界になかった、まったく新しいデザイン言語を採用し、最も革命的なパソコンの一つと評された。

 半透明のカラープラスチックと卵型の親しみやすい筐体は、味も素っ気もないベージュボックスが支配的だった業界の常識を打ち破るものだった。このスケルトンカラーのプラスチックは、家庭用品(アレッシィのキッチンウェアなど)では1990年代前半にすでに浸透していた。

 教訓その2。イノベーションを担う人材を選ぶときには、この先どんなことが起きるのか、どのような未来が待ち受けているのかを予測し、その未来で成功するために求められる資質を知ることが重要だ。まずこれをやらない限り、適材を見つけ、惹きつけることは期待できない。

 ティム・クックがスティーブ・ジョブズの教訓を我がものにしたならば、アイブの後任に誰を選ぶかによって、アップルが今後どのような世界で戦っていくのか、クックの描くビジョンが明らかになる。

【編注】
正確を期すため、1990年代のアイブの役職名を訂正した。


HBR.org原文:What Jony Ive's Years at Apple Can Teach Us About Creativity and Looking Forward, July 01, 2019, Updated July 02, 2019.

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ロベルト・ベルガンティ(Roberto Verganti)
ミラノ工科大学教授。リーダーシップ論、イノベーション論を専門とする。欧州イノベーション会議(EIC)ボードメンバー。近著に『突破するデザイン』がある。