エボラ出血熱はアフリカを中心に猛威を振るい、一度の流行で1万人以上の死者を出すこともある。感染時の致死率は最大で90%に上り、その原因となるエボラウイルスは「人類史上、最も危険なウイルス」と称される。ウイルス学者の高田礼人氏は長年、その感染メカニズムの解明に挑み、世界で初めてエボラウイルス全種に有効な抗体を発見するなど、これまでにいくつもの成果を残してきた。本稿では、高田氏によるエボラ研究の変遷とその成果に加えて、エボラ出血熱の治療薬開発という前人未到の挑戦が語られる。
『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年8月号より、1週間の期間限定で抜粋版をお届けする。

致死率最大90%、
エボラウイルスに挑む

高田礼人(たかだ・あやと)
ウイルス学者、北海道大学教授
1968年、東京都生まれ。1993年、北海道大学獣医学部卒業。1996年、同大獣医学研究科修了・博士(獣医学)。1997年、同大獣医学研究科助手、2000年東京大学医科学研究所助手を経て、2005年より北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター国際疫学部門教授。2007年よりザンビア大学獣医学部客員教授、2009年より米国国立衛生研究所のロッキーマウンテン研究所客員研究員。専門は獣医学、ウイルス学。著書に『ウイルスは悪者か』(亜紀書房、2018年)がある。

編集部(以下色文字):エボラ出血熱の名称はよく知られていますが、日本人にとって身近な存在ではありません。高田先生はなぜ、エボラウイルスの研究を始められたのですか。

高田(以下略):エボラウイルスとの出会いにドラマチックなエピソードがあるわけではなく、まったくの偶然でした。

 私は北海道大学の獣医学部に入学して以来、動物のインフルエンザやワクチンの基礎研究を行ってきました。その後、大学の大先輩である河岡義裕先生が米国テネシー州のセントジュード小児研究病院で研究室を構えていて、ポスドク(博士研究員)を探していると聞いたのがきっかけで、27歳の時に渡米しました。

 河岡先生からは当初、ボルナウイルスというウイルスの研究をすると聞かされていました。ただ、研究を始めようにも材料がなかった。いまでは遺伝子配列がわかればウイルスを合成できますが、その頃はまだウイルスの現物が必要でした。

 そこで、ボルナウイルスを持っている研究者に譲ってほしいと手紙を書いたのですが、断られてしまったのですね。情報を囲い込むべきではないという考え方もありますが、科学研究の世界にも競争があり、その事情は私も理解できます。そうして研究テーマ自体を変えざるをえなくなり、代わりに提案されたのがエボラウイルスでした。

 エボラウイルスの名前は知っていましたし、何でもやるという気持ちで米国に行ったので選り好みはしないつもりでした。もちろん提案されたからというだけでなく、世界規模で甚大な被害をもたらす可能性があり、研究のインパクトも大きい。エボラの研究者が少なく、未解明の部分が非常に多かったのも魅力的でした。偶然でしたが、生涯を賭けて没頭できるテーマに出会うことができました。

 エボラウイルスは、ほかのウイルスと何が違うのでしょうか。特徴を教えてください。

 エボラウイルスやインフルエンザウイルスのように、人にも動物にも寄生する病原体によって引き起こされる病気を「人獣共通感染症」と呼びます。エボラウイルスが原因で発症するエボラ出血熱は、その一つです。

 人獣共通感染症のウイルスは、ふだんは自然宿主と呼ばれる野生動物の細胞の中にいます。たとえば、インフルエンザウイルスの元をたどるとカモなどの野生の水鳥に寄生しているのですが、自然宿主には悪さをしません。自然界で長年、そのような関係が構築されてきたウイルスが、人間の世界にたまたま入ってきたことで病気を引き起こすのです。

 エボラウイルスの場合、その感染経路は主に接触感染です。エボラに感染した人や、動物の血液や排泄物に触れることでエボラ出血熱を発症します。症状が悪化すると全身の皮下や粘膜から出血することが多く、出血熱と呼ばれる由縁は、そこにあります。

 エボラウイルスは非常に危険性が高いので、その取り扱いには厳重な規制が設けられています。研究施設には安全性でレベルが設けられているのですが、最高レベルのBSL(バイオ・セーフティ・レベル)4の施設がなければ研究自体ができません。

 エボラ出血熱は、人獣共通感染症の中でも致死率が非常に高いことが特徴です。BSL4施設での研究が義務付けられている病原体には、ラッサ熱やクリミアコンゴ出血熱、南米出血熱などがありますが、それらの致死率は高くても30~40%です。エボラ出血熱の場合、90%近くが亡くなることもあります。

 致死率の違いはどこから来るのですか。

 ウイルス自体の増殖力の強さや速さ、どういう細胞に感染するか、が影響します。エボラの場合、人体で免疫を担当する細胞にも感染します。簡単に言うと、体の中にウイルスが入ってきた時、抗体(血液などに存在する免疫物質)をつくれと指令を出す細胞に真っ先に感染し、免疫反応を起こしにくくさせてしまうのです。それが致死率を高めている最大の要因です。

 エボラウイルスは人の全身の細胞で増殖する性質を持ち、かつ瞬く間に増えます。免疫システムが誘導されれば死に至る前にやっつけられますが、エボラの場合は増える一方になるのです。さらに、感染した細胞が過剰に産生するさまざまな物質によって、体の恒常性が破綻します。

 日本ではエボラ出血熱の発症例はありませんが、感染者の入国が疑われたり、テロに悪用されるリスクなどが指摘されたりはしています。しかし、日本がエボラの研究に積極的な印象はありません。なぜでしょうか。

 日本に長らく、BSL4施設がなかったことが一つの理由だと思います。正確には、1980年代、国立感染症研究所と理化学研究所バイオリソースセンターにBSL4として動かせる施設をつくったものの、近隣住民の反対で稼動できない状態が続いていました。

 先進国の多くはBSL4施設を保有しています。米国や欧州だけでなく、中国、韓国、台湾などのアジア諸国も最低1つは持っているので、日本は遅れているのが現状です。

 エボラウイルスが、いつ、どんな経路で国内に持ち込まれるかわからないため、日本にもBSL4の施設が必要だという提言を出したのですが、省庁の担当者はすぐに代わりますし、どこの省庁がお金を出すかなどの話がまとまらず、時間だけが過ぎていきました。日本国内でエボラ出血熱の患者が発生したら、法律を犯さなければ何もできない状態だったのです。

 その状況が動いたのは2014年、西アフリカでエボラ出血熱のアウトブレイクが起き、アフリカから帰国した人たちに、エボラ出血熱の初期症状である発熱が見られてからです。結果的に、その人たちはエボラに感染していたわけではありませんでしたが、日本もエボラの脅威にさらされる可能性が周知されるきっかけになりました。

 そして、このままでは取り返しのつかない自体になりかねないと、厚生労働省と国立感染症研究所が住民の方々と話し合い、2016年、同研究所の施設がBSL4に認定されました。長崎大学も現在、BSL4施設の建設を進めています。

 研究者がエボラ出血熱のアウトブレイクを望んでいるとは思いませんが、社会が危機を実感できないとエボラ根絶に向けた研究が進まない現状に対して、葛藤はありませんか。

 その葛藤をいつも覚えながら研究を進めています。私たちは感染症で亡くなる人が出ないように研究をしていますから、アウトブレイクなど絶対に起きてほしくありません。でも、それが起きた時に研究資金が援助されて、研究が進むことも事実です。

 私たちがその環境の中で意識しているのは、自分たちの研究姿勢が時代に左右されないよう、一歩ずつ着実に前進するスタイルを崩さないことです。資金提供があれば高い試薬を買うこともありますが、お金がない状態でもコンスタントに研究できる体制を維持しています。常に準備は怠らず、いざという時はすぐに動ける体制をつくっておくことが大切だと思っています。

世界で初めて
エボラウイルス全種に有効な抗体を発見

 高田先生は、研究自体に大きな制約があるエボラの研究に、どう着手されたのですか。

 米国の研究室には、河岡先生が知人から譲り受けたエボラの遺伝子が1種類だけあったので、それを使いました。遺伝子1つだけでも、やれることはいろいろあります。細胞に遺伝子を注入し、どんなタンパク質ができるのかを調べるところから始めました。

 また当時、研究室の近くにあったテネシー大学医学部が、VSV(水疱性口炎ウイルス)というウイルスを使って、人工的にウイルスをつくるリバースジェネティクスという技術を確立していました。私たちはその技術を用いて「偽エボラウイルス」(シェードタイプウイルス)の開発に成功しました。

 そもそも、仮にエボラウイルスが手に入ったとしても、BSL4施設以外では研究できません。この偽エボラウイルスを使うことで、安全性レベルがそこまで高くない、通常の施設でも研究できるようになり、その結果、エボラウイルスが細胞に侵入する過程を解析できるようになりました。米国には1年間滞在して日本に帰国しましたが、日本では偽エボラウイルスを使って研究しています。

 偽エボラウイルスを活用した研究は、どんな成果につながったのでしょうか。

 私たちは当初から、エボラの抗体療法に注目していました。そして偽ウイルスを使って研究を進めた結果、エボラウイルスにも抗体療法が有効であることを証明できました。

 エボラウイルスの抗体医薬をつくるための実験は、以前から行われてきました。しかし、細胞への侵入過程を阻害する「中和抗体」をうまくつくることができませんでした。そのため、エボラには抗体医薬が効かないのではないかともいわれていたのですね。

 私たちはその仮説に疑問があり、偽エボラウイルスを使って抗体の研究を進めてきました。マウスにエボラウイルスの抗体をつくらせて、その抗体を一個ずつ調べたところ、中和抗体を見つけることができましたが、同時に、感染を増強する抗体も見つかりました。つまり、エボラウイルスに感染して中和抗体がつくられても、感染増強抗体がその働きを相殺していることがわかったのです。

 そこからは中和抗体と感染増強抗体のバランスに着目し、中和抗体を治療に活かす方法を検討しました。他の研究グループが中和抗体1種類をサルに打って治療効果を確かめましたが、これはまったく効きませんでした。そこで1種類がダメなら2種類混ぜて打ってみたところ、効きめが確認できました。そうして、エボラウイルスにも抗体療法が有効であるという事実を最初に示すことができたのです。

 エボラ出血熱には有効な治療法や予防法がないといわれていた中、地道な研究によって大きな前進が見られたわけですね。

 そうですね。抗体医薬の有効性を証明できたことは、その実用化に向けた第一歩です。

 複数の研究グループから抗体治療に関する研究成果が発表されたのち、米国の研究チームが3種類の抗体を混ぜて打ってみたところ、さらなる治療効果が示されました。その研究チームはベンチャー企業と連携し、抗体を大量に生産する技術を使ってエボラの抗体カクテルをつくったのですが、2014年に西アフリカでエボラのアウトブレイクが起きた時には、その抗体カクテルが使われています。

 私たちはそれからも、抗体の研究を進めてきました。エボラウイルスと一口に表現されますが、A型インフルエンザに「香港型」「ソ連型」という違いがあるように、エボラウイルスも現在のところ5種類あることがわかっています。そして香港型の抗体がソ連型に効かないように、ザイール種のエボラウイルスに有効な抗体はスーダン種に効きません。

 それぞれの種に有効な抗体をベースにワクチンや治療薬を開発する道もあります。しかし、現地では各種のエボラウイルスが猛威を振るう中、住民全員に全種類のワクチンを打つことは現実的ではありません。また、いつ、どこで、どの種類のエボラウイルスが出てくるのかも予測がつきません。

 すべてのエボラウイルスに有効な抗体を見つけなければ、エボラ出血熱の根本的な解決は見えてこない。それが大きな課題でした。

 私たちは長年、その抗体の発見を目指していました。なかなか成果は出ませんでしたが、きっと見つかるはずだと信じることができたのは、インフルエンザウイルスの研究で得た知見があったからです。インフルエンザウイルスには型を問わずに効く抗体が発見されており、エボラウイルスにも同様の可能性を見出していました。

 そうして2015年、ついに5種類すべてに有効な抗体を発見することができました。学生からその成果を聞いた時は、思わず声を上げましたよ。それは世界で初めての発見となり、論文にまとめて発表しています。その後さらに、その抗体と同様の作用を持つ化合物も発見し、そこからエボラ出血熱の治療薬開発という希望が見え始めました。

 高田先生の研究成果の一つとして、エボラウイルスの感染を判断する診断キットの開発も評価されています。どのような意義があるのでしょうか。

 エボラウイルスに感染しているかどうかの確定診断はそれまで、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法が用いられていました。それ自体は有効なのですが、診断を実施するには特別な機器や、冷蔵保存が求められる高額な試薬が必要で、結果が出るまでに時間もかかっていました。

 感染症の拡大を防ぐうえで最も有効なのは、いち早く第1例を見つけることです。ただ、エボラウイルスが発生する場所の多くはアフリカの田舎で、現地のクリニックにPCR法を行う設備などありません。患者が不調を訴えてやって来ても、これは何の病気なのかと迷っているうちに感染がどんどん広がり、1例目を追うことはできなくなるのですね。アフリカの田舎のクリニックで1例目を見つけるためには、簡易な診断キットがどうしても必要だったのです。

 私たちが日本の企業との共同開発に成功した診断キットには、イムノクロマト法というインフルエンザの診断キットと同じ原理を使っています。電気は不要で、室温保存でき、特別な機器もいらないので誰でも扱うことができます。

 この診断キットはWHO(世界保健機関)に承認されているわけではないため、大手を振って使うことは難しいのですが、共同開発した企業の取り組みにより、試験的にコンゴ民主共和国に無償提供したところ、エボラ出血熱が発生した際に役立ちました。もっとほしいという要望があり、すでに1万回分ほど送っています。現在、この診断キットを世界中に供給するために、医薬品として承認してもらう申請準備をしています。

 感染の1例目を見つける理由は、感染拡大を防ぐためだけではありません。その感染者がどんな動物と接触したのか、そこまではわからないとしても、感染者の生活環境を調べることで、エボラウイルスの自然宿主にたどり着く可能性が飛躍的に高まります。自然宿主の特定には、ウイルスの分布域や伝播経路を明らかにするという重要な意味があります。それは、エボラ出血熱を根絶するための大きな一歩となるのです。

高田氏は子どもの頃から研究者になることを夢見ていた。「プロの研究者になるためには、科学者として好奇心を満たすだけでなく、自分以外の人のために働くという意識を共存させる必要があります」と語る。エボラ出血熱の根絶という壮大な目標に突き進む高田氏の仕事観、目標実現への道筋が語られるインタビュー全文は、『DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー』2019年8月号に掲載されています。

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