『Harvard Business Review』を支える豪華執筆陣の中で、特に注目すべき著者を毎月1人ずつ、首都大学東京名誉教授である森本博行氏と編集部が厳選して、ご紹介します。彼らはいかにして現在の思考にたどり着いたのか。それを体系的に学ぶ機会としてご活用ください。2019年7月の注目著者は、ハーバード・ビジネス・スクール教授のエイミー C. エドモンドソン氏です。

10年間の実務経験を経て
ハーバード大学で教鞭を執る

 エイミー C. エドモンドソン(Amy Claire Edmondson)は1959年、ニューヨーク市に生まれた。当年60歳。ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)では、ノバルティス記念講座教授としてTechnology and Operations Management(TOM)に所属し、リーダーシップと組織学習を専門としている。

 エドモンドソンは、ニューヨークにある小中高一貫の名門女子校、スペンス・スクール(the Spence School)で学んだ。その後、ハーバード大学に進学し、同大学ではエンジニアリングと建築デザインを専攻した。

 1980年にハーバード大学を卒業すると、10年間の実務経験を経てハーバード大学大学院に進学。心理学の修士号を修得したのち、1996年に同大学院の組織行動のPh.D.を授与されると、HBSの助教授として採用された。それから2001年に准教授となり、2006年にはノバルティス記念講座教授に就任した。

 エドモンドソンが37歳でHBSの教員に就任するまでの間には、彼女の人生に多大な影響を与えた3人の人物との出会いがあった。

バックミンスター・フラー、
ラリー・ウイルソンとの出会い

 第一の人物は、リチャード・バックミンスター・フラー(Richard Buckminster Fuller)である。エドモンドソンは、1980年にハーバード大学を卒業すると、フィラデルフィアのバックミンスター・フラー研究所(Buckminster Fuller Institute)に就職しており、それがきっかけである。

 同研究所を主宰するフラーは、数々の著作や講演を通して、人類の生存を持続可能にするために「宇宙船地球号」はいかにあるべきかを唱え続けた。それは、今日におけるSDGs(持続可能な開発目標)の概念に近しいものである。フラーは優れた思想家であると同時に、1967年のモントリオール万博でアメリカ館のジオデシック・ドームを発表したように、建築家としてもその才能を発揮していた。

 エドモンドソンは、フラーの思想や建築哲学に感銘を受け、在学中に手紙を出して、彼の下で働くことを選択した。フラーが1983年に亡くなるまでの3年間、エドモンドソンは研究所のチーフ・エンジニアとして活動した。1984年からはバーモント州バーリントンにあるバーモント大学の非常勤講師となり、その間、エドモンドソンの最初の著作であり、バックミンスター・フラーの構造計算理論を解説した、A Fuller Explanation: The Synergetic of R. Buckminster Fuller, 2009.(未訳)を著している。

 第二の人物は、ラリー・ウイルソン(Larry Wilson)である。1986年、エドモンドソンは、ラリー・ウイルソンが主宰するペコス・リバー・ラーニング・センターのリサーチ・ディレクターとして働き始めた。

 ラリー・ウイルソンは、「人や組織が、そのもてる力を最大限に発揮できるようお手伝いする」ことを掲げて、世界的に著名な研修企業である「ウイルソン・ラーニング(Wilson Learning)」の創業者でもある。ウィルソンは1982年、同社を1600万ドルで売却して得た利益で、ニューメキシコ州サンタフェに2000エーカーの広大な土地を購入すると、ペコス・リバー・ラーニング・センターを創設した。ウイルソンは、組織は学習することによって、大企業組織さえも変革させることができるという信念を持っていた。

 エドモンドソンは、ペコス・リバー・ラーニング・センターに1990年まで在籍したことで、ウイルソンの信念に強い影響を受けた。そして、リーダーはいかに組織に変革をもたらし、組織をイノベーティブな場にすべきか、を問題意識として持つようになった。

 エドモンドソンの著書であるTeaming: How Organizations Learn, Innovate, And Compete In The Knowledge Economy, 2012.(邦訳『チームが機能するとはどういうことか』英治出版、2014年)では、巻頭に“For Larry Wilson, Who Started me on the journey.”(この道を歩むきっかけくれた、ラリー・ウイルソンに捧げる)と記し、「本書を彼に捧げるのは、組織に変化をもたらそうとする彼の情熱によって、私自身の情熱に火がついたからである」[注1]と述べている。

 エドモンドソンはそれから、組織を構成する人間心理とは何かと、組織心理学について深い関心を持つようになり、大学に戻って研究したいと考えるようになった。そうして1990年、ハーバード大学大学院心理学研究科修士課程に進学した。

ハックマンの指導で
研究者として歩み出す

 彼女の人生に影響を与えた第三の人物は、ハーバード大学教授であり、社会心理学や組織心理学の研究者として著名な、J. リチャード・ハックマン(J. Richard Hackman)である。

 エドモンドソンは、ハーバード大学大学院で心理学の修士課程を修了したのち、同大学院のアーツ・サイエンス研究科[注2](Graduate School of Arts and Sciences)とHBSとの学際(interfaculty)プログラムとして設置された、組織行動の博士課程に進学した。

 ハックマンは、組織心理学の中でも、チーム活動やリーダーシップの効果、さらに自己管理する組織デザインを研究している。『Harvard Business Review(ハーバード・ビジネス・レビュー)』(以下HBR)編集部は、“Why Teams Don’t Work,” HBR, September 2009.(邦訳「チームワークの嘘」DHBR2009年9月号)と題するインタビューを実施しており、参照されたい。

 ハックマンは、組織心理学の中でもチーム組織を研究対象としていたため、エドモンドソンにもチームを研究の分析単位とするように勧め、研究価値がある対象としていくつかの病院を紹介した。エドモンドソンの研究論文の中で病院組織に関する調査や事例への言及が多いのは、このためである。

 エドモンドソンが組織行動のPh.D.を授与された際の博士論文のタイトルは “Group and Organizational Influences on Team Learning.”(チーム学習におけるグループと組織のもたらす影響について)である。そのときの審査委員長はハックマンであった。

 エドモンドソンの定義によれば、チームとは、いくつかの共通目標を達成するために相互依存している人々のグループである。彼女は、チームの「心理的安全性(psychological safety)」に着目した。「心理的安全性」とは、関連のある考えや感情について気兼ねなく発言できる雰囲気や環境を指す。

 心理的安全性の条件はチームによって異なる。博士論文では、チームでは新たな知識や技術を獲得する目的で学習が行われているが、チームごとの心理的安全性が異なれば、組織内の異なるグループ間で行われるチーム学習の成果も異なるのではないか、という問題意識のもと、グループごとの心理的安全性の違いを測定し、チーム学習の成果に対する数量的な検証を行った。

 なお、心理的安全性を生み出す重要性ついては、近著、The Fearless Organization: Creating Psychological Safety in the Workplace for Learning, Innovation, and Growth, 2018.(未訳)を上梓している。

「学習する組織」をどう実現するか

 エドモンドソンがHBRに最初に寄稿した論文は、“Speeding Up Team Learning,” with Richard Bohmer and Gary P. Pisano, HBR, October 2001.(邦訳「チーム学習を左右するリーダーの条件」DHBR2002年4月号)である。

 今日のチームマネジメントの課題は、メンバー各自が、新たな関連技術をできるだけ素早く取り入れなければならないことにある。そこで企業でイノベーションを生み出すために、あるいは業務の効率化を図るために、タスクチームが結成されることがある。

 同論文では、心臓外科手術を例に挙げている。心臓外科手術の成功は、新しい医療技術の実践の証であると同時に、高度に磨かれ、各機能を受け持つ専門家によるクロスファンクショナル・チームワークの証でもある。手術は、分担された自分の仕事をこなして次の人にバトンタッチするというのではなく、全員が協力し、同時進行で自分の果たすべき作業をしなければならない。

 論文では、あるチームが他のチームよりも新しい手術方法に習熟できた理由は何か、その根拠を調査した。すると、技術の習得過程で意欲的に指導したリーダーが存在すること、リーダーがメンバーの学習意欲を高めるためにチームの課題を明確化したこと、そして、リーダーによる心理的安全性のある環境づくりが大きいこと、がわかった。

“Is Yours a Learning Organization?” with David Garvin and Francesca Gino, HBR, March 2008.(邦訳「『学習する組織』の成熟度診断法」DHBR2008年3月号)は、フランチェスカ・ジーノデイビッド・ガービンを紹介した記事でも触れた論文である。

「学習する組織」は、グローバルな競争の激化、技術革新や顧客ニーズなどの事業環境の急激な変化に対して、社員に事業ビジョンを示し、価値観の研修を充実させ、組織統制的にインセンティブを与えて学習を促すような、従来の組織学習では対応できないのではないか、という問題意識から始まった。

 1990年代初頭のピーター・センゲによる提言から月日を経て、「学習する組織」に革新する必要性について、そのコンセプトは広く理解されるようになった。ただし、著者たちの問題意識は、どのような状態が学習する組織なのか、その定義がいまだに曖昧だったことにある。そこで同論文では具体的に、(1)組織学習を支える心理、(2)学習プロセスと学習行動、(3)学習を増進させるリーダー行動、これらを検証する方法を紹介し、さらに「学習する組織」を増進させるために注意すべき点にも触れている。

「学習する組織」は、労働集約型から知識集約型の組織が台頭する知識経済社会の到来に伴い、継続的な知識の革新に対する組織的な対応を促すことを意図している。だが実務上では、「効率志向の業務執行」が優先され、学習の能力とイノベーション能力が抑えられているのではないか。

 そうした問題意識をもとに執筆されたのが、“The Competitive Imperative of Learning,” HBR, July-August 2008.(邦訳「『恐怖』は学習意欲を阻害する」DHBR2008年8月号)である。同論文では、企業は「効率志向の業務執行」から「学習志向の業務執行」への転換が求められているが、そのためには心理的安全性が保証される環境が必須であることを主張している。

 失敗から学習することは組織学習の常識となり、多くの組織が事後の分析や検証に多くの時間を費やしている。にもかかわらず、なぜ改革につながっていないのか。

“Strategies for Learning from Failure,” HBR, April 2011.(邦訳「失敗に学ぶ経営」DHBR2011年7月号)では、その要因は、失敗に学ぶという心理的安全性を企業文化として醸成できていないからではないか、と指摘する。

 組織で生じる失敗の多くは、前もって答えを知ることのできない「知的な失敗」であることが多い。そのためエドモンドソンは、企業には、失敗を受け入れさせるリーダーシップと、失敗は避けられないものとして受け止める企業文化が求められているという。

チームから「チーミング」へ

 エドモンドソンは、“Teamwork on the Fly,” HBR, April 2012.(邦訳「グローバル時代の『超』チーム戦略」DHBR2012年9月号)において、彼女が「チーミング(teaming)」と呼ぶ組織戦略について述べている。

 チーミングはもともと、エドガー・シャインが「チームよりもこれからはチーミング」であると提唱した言葉である。エドモンドソンの定義によれば、チーミングとは、複雑で不確実性の高い状況でもっとうまい仕事のやり方を考え出しながら、協働して課題を片づける方法である。市場での競争が激化し、顧客ニーズの予測しにくい今日の事業環境では、メンバーを固定するのではなく、組織内外の分野の異なるメンバーで結成される創発的なチームワークである「チーミング」が必要とされる、と主張する。

 そうしたチームは、目的が達成された時点、あるいは新しいビジネスチャンスが生まれた時点で解散する。チーミングには結果的に、さまざまな障害を乗り越えることが求められ、リスクも伴う。同論文では、チーミングを有効に行うための方法について検討している。また書籍として、前述のTeaming(『チームが機能するとはどういうことか』)を上梓している。

 エドモンドソンは、チーミングが成功した事例として、2010年8月にチリのサンホセ鉱山で起きた落盤事故を挙げ、事故発生から70日後に作業員全員を生還させたケースに注目した。“Leadership Lessons from the Chilean Mine Rescue.” with Faaiza Rashid, HBR, July-August 2013.(邦訳「チリ落盤事故の奇跡:33人を生還させたリーダーシップ」DHBR2014年8月号)では、生存のために限られた時間の中で技術的な難題を解決するために、さまざまな専門分野や業界、国籍を超えた創発的なチーミングと、そのリーダーシップについて検証した。

 救出チームのリーダーが取り組んだ課題は、企業のリーダーが直面する課題と類似している。複雑かつ急激に変化する事業環境下において、企業のリーダーは、チームに命令を下して指揮統率することと、メンバーの自主性を促して新しいアイデアの創出やイノベーションを促進することを同時に行う必要がある。すなわち、「統率しつつ自主性を促す」という二面性を持つ。

 落盤事故への対応では、作業員たちの生存と位置確認などを行う17日間の捜査段階と、52日間の救出段階があった。リーダーはその間、作業員を生還させるために、(1)目標の設定、(2)協力者の確保、(3)実行、という3つタスクを同時進行で実践しなければならなかった。

 リーダーは、状況が変化して1つのタスクが変更されると、残りの2つも変更する必要がある。そのためには、ダイナミックで反復的なプロセスへと移行しなければならない。同様のことは、企業においても日常的に求められる。リーダーは「統率しつつ自主性を促す」ために、片方向のプロセスを反復的なプロセスへ転換させなければならない、とエドモンドソンは提言する。

業界や組織の境界を越えた
コラボレーションを実現するために

 企業は従来、自社の系列企業や協力会社など、業界内のエコシステム内で協働してきた。新たなイノベーション生み出すことの困難性が増すにつれて、既存の業界を超えたビジネス・エコシステムの形成が求められる。チリの落盤事故の救出チームのような「業際型チーム」のコラボレーションは、その成功例の一つである。

 エドモンドソンは、“Wicked Problem Solvers: Lesson from Successful Cross-industry Teams,” HBR, June 2016.(邦訳「業界を超えたチームで成功する法」DHBR2016年12月号)において、多様なチームメンバーが業界や組織の境界を越えて相互に理解し合い、それぞれの見識を生産的に共有するコラボレーションとリーダーシップのあり方を検証した。なかでもリーダーシップについては、具体的に4つの梃子(てこ)を提唱した(下図参照)。

図:リーダーシップの「4つの梃子」

“Cross-Silo Leadership,” with Tizianan Casciaro and Sujin Jang, HBR, May-June 2019.(邦訳「組織の境界を超え協働を促すリーダーシップ」DHBR2019年7月号)では、組織の境界を越えた「水平方向のコラボレーション」の必要性と、その課題を確認した。なお、組織内の多様な暗黙知を形式知として結びつけることは、たとえば野中郁次郎が提唱した「知識創造企業」ように、企業がイノベーションを創発して、永続的に価値を創造するための必勝法でもある。

 水平方向のコラボレーションには、従来の業界構造や公式に定められた組織構造を壊す方法があるが、そこには文化的な限界やリスクという課題が存在する。そうした課題の解決にまず必要なのは、複数のセクターや部門、分野における経験と人間関係を有して非公式なつなぎ役を担う、協働に長けた「文化の仲介者」となる人材の育成である、とする。調査によって、多様性のあるチームに文化の仲介者が一人いるチームは、そうでないチームよりも業績が高いことが示されている。

エドモンドソンの人生を変えた
第4の人物との出会い

 エドモンドソンは、バックミンスター・フラー研究所を辞めた1985年、ニューヨークの有名なデザイン・オフィスであるエドウィン・シュロスバーグのデザイナーと結婚した。ただ、その結婚は、エドモンドソンが1986年からニューメキシコ州サンタフェで仕事をするようになったこともあり、長く続くことはなかった。

 前述の通り、大学院の指導教授であるハックマンは、チーム組織を研究対象としてエドモンドソンに多くの病院を紹介した。そのときに知り合ったのが、現在の夫であるジョージ Q. デイリー(George Quentin Daley)である。

 デイリーは現在、ハーバード・メディカル・スクールの学長を務め、生物化学および分子薬理学では著名な教育研究者である。同氏はハーバード大学を優秀な成績(magna cum laude)で卒業後、マサチューセッツ工科大学(MIT)の博士課程に進学し、分子生物学のPh.D.を授与された。その後、ハーバード・メディカル・スクールを卒業して、医学博士(M.D.)を取得した。

 エドモンドソンとデイリーは、1995年に結婚した。当時、エドモンドソンは36歳でハーバード大学の博士課程に在籍する学生であり、デイリーはボストンにあるマサチューセッツ総合病院で内科の主任医師を務めていた。デイリーは結婚後、MITのバイオメディカル研究所に移り、エドモンドソンはHBSの教員に採用されると、夫唱婦随で教育研究者としての道を歩み始めることとなった。

[注1]『チームが機能するとはどういうことか』「謝辞」より引用。
[注2]国際基督教大学大学院(ICU)では、邦訳を「アーツ・サイエンス研究科」としており、その名称を引用。