あなたの役割は、組織や機構やグループ、あるいは家族に属するものだ。ほかの人たちが期待を寄せるのは、あなたの役割である。それは合理的な期待(任務をきっちり果たすこと)もあれば、不合理な期待(全女性を代弁するとか、自分のマイノリティ・グループを代表する、あるいは常にミーティングの議事録をとる、など)もある。

 自分の役割への期待に応えるとともに、こうしたインフォーマルな期待を管理することは、その役割を維持するうえで必要不可欠だ。また、その役割には複数の承認者(直属の上司や顧客など)がいて、それぞれから相反する期待をされる場合もある。あなたが複数の役割を担っていて、それぞれの役割に複数の承認者がいることもある。

 こうしたダイナミックなプロセスは、積極的に管理する必要がある。複数の役割について、きちんとした視点を維持できなければ、組織のダイナミクスを読み誤る可能性が高い。

 ケイト(私がカウンセリングした複数の人をミックスした架空の人物だ)は、自分の役割と自分自身を混同した2つの事例を話してくれた。彼女にとっては、大きく傷ついた苦い思い出だ。ケイトは自分の役割にのめり込みすぎて、その役割に対する批判を、自分個人に対する批判と受け止めてしまった。

 ケイトはアナリストとして、複雑な売上げデータを、同僚たちが理解しやすいように懸命にまとめた。アナリストは、同僚にとって面白くない情報も明らかにしなければならない仕事だ。仲間を落胆させることは避けられない。実際、ケイトの指摘を気に入らないと、同僚たちは反論し、分析手法に疑問を投げかけた。ケイトは、その反応に怒りと不安を覚えた。

 同僚たちの拒否反応は、ケイトのアナリストとしての仕事に対するものであり、ケイト個人とは関係がなかった。上司の前でお粗末な成績を突きつけられたチームは、気まずい思いをし、自己防衛に走り、アナリストをスケープゴートにする。彼らのフィードバックは、ケイトについてではなく、彼ら自身の状態を物語っていた。

 だが、ケイトにはそうは思えなかった。仕事上の役割と自分自身の線引きができなくなっていたからだ。

 ケイトがディレクターに抜擢されて、同僚たちが部下になると、職場の人間関係は激変した。ケイトはハッピーアワーの飲み会に誘われなくなり、かつては気さくな関係だった同僚たちは、用心深い態度を取るようになった気がした。

 これは人々が、ケイトの役割を通じて、ケイトと関わっている証拠だ。ケイトの立場が変わると、同僚たちの職場で彼女が果たす役割が変わり、シニアアナリストとしてのケイトとどう関わるべきか、彼らは悩んだ。ケイト自身も、人間関係の変化を個人的に受け止めて苦しんだ。彼女の新しい役割に反応して、これまでのような気さくに付き合ってくれなくなった同僚たちに怒りを覚えた。

 上司であると同時に友人でいるためにはどうすればいいのか、ケイトは悩んだ。

 当初は友人の役割を強く意識して、何も変わっていないと同僚たちに言い張った。だが、経営サイドの苦労がわかってくると、部下たちが経営に不満を並べるのを聞き流すのは難しくなった。同僚たちの仲間でいたかったけれど、もう人間関係は変わっていたのだ。

 ディレクターとして、ケイトはチームを導く必要があった。同僚との関わり方をめぐってもがくなか、ケイトはキックを見舞われた気がした。

 だが、自分の役割に伴う責任と、それに不可避的に伴う権威のダイナミクスを理解するようになると、ケイトは仕事の役割と自分個人の間に一線を引けるようになった。仕事上の役割と自分を同一視しないことによって、かえってその役割に完全かつハッピーに取り組めるようになった。

 一定のレジリエンスを達成したことで、健全な自意識を保ちつつ、職場でよい働きができるようになったのである。


HBR.org原文:When Your Job Is Your Identity, Professional Failure Hurts More, June 18, 2019.

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ティモシー・オブライエン(Timothy O'Brien)
ハーバード・ケネディ・スクール・ポリティクス・アンド・パブリックポリシー講師。同大学院の「21世紀のリーダーシップ」プログラム長も務める。